また、君と笑顔で会える日まで。
友達
天馬紗希side
いじめが始まったのは中学2年生の時だった。
当時中のよかった友達三人と定番の恋バナに花を咲かせていた時、「紗希って好きな人いるの?」と聞かれた。
まだ誰かを好きとかそう言う感情がよくわかっていなかった私は「いないよ」と正直に答えた。
それがきっと三人の癪に触ったのかもしれない。
自分達は好きな人の名前を挙げたのに、私が答えなかったから。
隠し事をしていると思われたのかもしれない。
いや、そうではないのかもしれない。
あれが決定打になっただけでもしかしたら以前から三人は私を嫌っていて私をグループから追放するきっかけを探っていたのかもしれない。
そもそも三人とは趣味も性格も合わなかった。
それでも、女子はどこかのグループに入り群れなくてはいけない。
三人は常に誰かをやり玉にあげ悪口を言い、ターゲットを決め手は無視するのが常だった。
あの当時、私は三人に無理をして合わせることしかできなかった。
けれど、女の友情なんて壊れる時は本当に一瞬だ。
翌日、三人に挨拶をしても誰も返事をしてくれなかった。
その翌日には、私のあらぬ噂がクラス中に広がり口をきいてくれなくなり、さらにそのまた翌日には、部活動の友達にも私が嫌われているという話が広がった。
嫌われている人と友達でいると言うことは、自分も嫌われ者ということ。
そういう感覚をみんな持ち合わせていて、嫌われものの私はすぐにみんなから距離をとられ、誰も言葉を交わしてくれなくなり、あっという間に一人ぼっちになった。
あんなに必死になって友達ごっこをしていても、結果はこれだ。
ひとりぼっちでいることは苦しかった。
でも、それ以上に苦しいのはひとりぼっちでいる人だと他の生徒や他学年の生徒に知られてそういう目で見られることだった。
あの頃、私は毎日どうやったら楽になれるのかばかり考えていた。
きっと、死ねば楽になる。学校の屋上から飛び降りれば間違いなく死ぬことができるはずだ。
でも、死ねなかった。死ななかったのではなく、死ねなかったのだ。
私には私を大切に思ってくれる両親の存在があったから。
両親は私を愛してくれている。わたしがいじめを苦に死んでしまえばきっと両親は自責の念に駆られるだろう。
「どうして気づいてあげられなかったんだろう」
「どうして話を聞いてあげられなかったんだろう」
と。
いじめを苦にしながらも命を絶つまでに至らなかったのはわたしにはみだほんの少しだけ心に余裕があったからだ。
すぐに屋上から飛び降りることなく、両親の気持ちを考えるほんのちょっとだけの余裕が……。
──そう。あの日が来るまでは。
「ハァハァハァ……」
トイレの個室に飛び込み、鍵をかけると洋式のトイレに腰掛けた。
過去の辛い記憶が蘇り過呼吸寸前になってしまった。
できるだけゆっくひと深呼吸を繰り返すと徐々に気持ちが落ち着いてきた。
スカートをぎゅっと力いっぱい握りしめる。手のひらには大粒の汗をかいている。
この高校を選んだのは私をいじめた三人と同じ高校に入学したくなかったからだ。
三人はそこそこ勉強ができた。だから、その子たちよりもさらに上の高校を目指そうと思った。
ランクを落とすことは頭の中になかった。
高校に入れば同じレベルの人間と友達になれるだろう。
頭のいい子が揃う学校に入学すればいじめなどという卑劣な行為をする人間もいないはずだという安易な考えがあったのだ。
でも、結果はどうだ。この学校にもいじめっ子になりうる生徒はたくさんいるし、げんにいじめられている子もいる。
弱肉強食とはよく言ったものだ。
私はまたこの学校でもいじめられてしまうんだろうか。
また、あんな思いを味わうのだろうか。また、あんな──。
「っうぅ……」
口から震えた声が漏れて慌てて両手で口を覆った。
同時に目尻が熱くなり、自然と涙が零れた。
辛かったあの日々はもう過去の記憶なのに。
中学は卒業したし、私をいじめていたあの子たちとはもう二度と関わらないと心に決めたはずなのにどうしていまだに私はあの当時のことを思い出しては信じられないほどに感情を揺さぶられてしまうんだろう。
こうやって涙を流す日もあれば,髪の毛をかきむしってしまう日もある。大声で「あぁぁぁーーー!!」と意味なく叫んでしまうことだってある。
だけどきっと、今の彼女たちの頭の中に私の存在なんて一ミリもないだろう。
自分達がしたことを忘れ、今も楽しく生きているはずだ。
まさか私が過去のことを思い出してトイレで震えて泣いていることなんて想像もつかないはずだ。
でも、それぐらいのことだ。人をいじめるということは。いじめられるということは。
それだけのことをしたという自覚を彼女たちに持ってほしい。
そしてあわよくば、もう二度とそんなことをしないでもらいたい。
いじめられてひどく心を傷つけられるのは、私だけで充分だ。
【キーンコーンカーンコーン】
天井のスピーカーから休み時間の終わりを告げるくぐもったチャイムの音が鳴り響く。
私は鬱々とした気持ちでトイレの扉を開けた。
その瞬間、ハッとした。
声も出せずに目を大きく開ける私に「ごめん!」と突然目の前に現れた人物はパチンっと両手を合わせた。
まるで親に怒られた子供みたいに必死な様子でぎゅっと目を瞑っているのが望月穂波であることに気づき、私はその場で固まった。
どうして彼女がここに?私を追いかけてきた?それとも、ここで待っていた?
私の泣き声……聞いた?
「あたし、さっき余計なこと言ったよね。ごめん。マジで反省する!」
今度は綺麗に腰を折って私に頭を下げる。
彼女の長いベージュアッシュ色の髪がトイレの床に触れてしまわないかひやひやとする。
必死になって謝る彼女に面食らいながら私は答えた。
「ちがうよ、望月さんのせいじゃないよ。それに、ぜんぜんきにしてないから」
「……気にしてない?」
「うん」
「全然?それ、本当に?」
「……うん」
「いやいやいや、それはダメ。絶対ダメでしょ!」
彼女は突然顔を持ち上げめ私にグイッと近づけた。
「自分の親がつけてくれた名前を他人にとやかく言われたら、気にしないとダメだよ!」
「へ?」
「紗希って、いい名前だよ。優しいイメージのさきさきにぴったりの名前だってあたしは思うよ!」
「う、うん……」
「ムカついたら言い返しちゃっていいんだって。人間みんな対等なんだから。ねっ!?」
それができるのはきっと、彼女だからだ。
この世の中には言える人間といえない人間の二通りに分けられる。
彼女は前者で、私はもちろん、後者だ。
私は困ったように下を向いて苦笑いを浮かべた。
「でさ」
「うん」
「今、なんの話してたんだっけ?」
穂波ちゃんはヘヘッと恥ずかしそうに笑った。
カラーコンタクトをしているんだろうか。
人工的な茶色い瞳の彼女から目が離せない。
「私もわからなくなっちゃった」
「あはは!だよね〜!って、やばいやばい!早く教室戻んなきゃ!!」
穂波ちゃんが私の手を掴んで引っ張った、と思ったら「はっ!?」と言って手を離した。
そして、自分の手のひらを見てからちらりと遠慮がちに私に視線を向ける。
「手、洗ってなかったよね?」
ね?の部分で首を傾げる穂波ちゃん。
「あっ、用は足してないから汚くはないと思うんだけど……」
「え、おしっこしてにいのに、なんのためにといれに?えっ、えっ」
穂波ちゃんは困惑したような表情を浮かべて眉間に皺を寄せている。
天真爛漫な彼女にはきっと思いもよらないんだろう。
トイレで一人涙を流す人間がいるということを。
「それは──」
「へへー、なんてねぇ〜!たまにはトイレにこもりたくなる気分の時もあるよね。わかるわかる!」
「……望月さんにとそういうこと、あるの?」
「あるよ。ありまくり!」
そういって笑った彼女にはなんの悩みもなさそうで、私は心の中で「絶対ないな」と思った。
いじめが始まったのは中学2年生の時だった。
当時中のよかった友達三人と定番の恋バナに花を咲かせていた時、「紗希って好きな人いるの?」と聞かれた。
まだ誰かを好きとかそう言う感情がよくわかっていなかった私は「いないよ」と正直に答えた。
それがきっと三人の癪に触ったのかもしれない。
自分達は好きな人の名前を挙げたのに、私が答えなかったから。
隠し事をしていると思われたのかもしれない。
いや、そうではないのかもしれない。
あれが決定打になっただけでもしかしたら以前から三人は私を嫌っていて私をグループから追放するきっかけを探っていたのかもしれない。
そもそも三人とは趣味も性格も合わなかった。
それでも、女子はどこかのグループに入り群れなくてはいけない。
三人は常に誰かをやり玉にあげ悪口を言い、ターゲットを決め手は無視するのが常だった。
あの当時、私は三人に無理をして合わせることしかできなかった。
けれど、女の友情なんて壊れる時は本当に一瞬だ。
翌日、三人に挨拶をしても誰も返事をしてくれなかった。
その翌日には、私のあらぬ噂がクラス中に広がり口をきいてくれなくなり、さらにそのまた翌日には、部活動の友達にも私が嫌われているという話が広がった。
嫌われている人と友達でいると言うことは、自分も嫌われ者ということ。
そういう感覚をみんな持ち合わせていて、嫌われものの私はすぐにみんなから距離をとられ、誰も言葉を交わしてくれなくなり、あっという間に一人ぼっちになった。
あんなに必死になって友達ごっこをしていても、結果はこれだ。
ひとりぼっちでいることは苦しかった。
でも、それ以上に苦しいのはひとりぼっちでいる人だと他の生徒や他学年の生徒に知られてそういう目で見られることだった。
あの頃、私は毎日どうやったら楽になれるのかばかり考えていた。
きっと、死ねば楽になる。学校の屋上から飛び降りれば間違いなく死ぬことができるはずだ。
でも、死ねなかった。死ななかったのではなく、死ねなかったのだ。
私には私を大切に思ってくれる両親の存在があったから。
両親は私を愛してくれている。わたしがいじめを苦に死んでしまえばきっと両親は自責の念に駆られるだろう。
「どうして気づいてあげられなかったんだろう」
「どうして話を聞いてあげられなかったんだろう」
と。
いじめを苦にしながらも命を絶つまでに至らなかったのはわたしにはみだほんの少しだけ心に余裕があったからだ。
すぐに屋上から飛び降りることなく、両親の気持ちを考えるほんのちょっとだけの余裕が……。
──そう。あの日が来るまでは。
「ハァハァハァ……」
トイレの個室に飛び込み、鍵をかけると洋式のトイレに腰掛けた。
過去の辛い記憶が蘇り過呼吸寸前になってしまった。
できるだけゆっくひと深呼吸を繰り返すと徐々に気持ちが落ち着いてきた。
スカートをぎゅっと力いっぱい握りしめる。手のひらには大粒の汗をかいている。
この高校を選んだのは私をいじめた三人と同じ高校に入学したくなかったからだ。
三人はそこそこ勉強ができた。だから、その子たちよりもさらに上の高校を目指そうと思った。
ランクを落とすことは頭の中になかった。
高校に入れば同じレベルの人間と友達になれるだろう。
頭のいい子が揃う学校に入学すればいじめなどという卑劣な行為をする人間もいないはずだという安易な考えがあったのだ。
でも、結果はどうだ。この学校にもいじめっ子になりうる生徒はたくさんいるし、げんにいじめられている子もいる。
弱肉強食とはよく言ったものだ。
私はまたこの学校でもいじめられてしまうんだろうか。
また、あんな思いを味わうのだろうか。また、あんな──。
「っうぅ……」
口から震えた声が漏れて慌てて両手で口を覆った。
同時に目尻が熱くなり、自然と涙が零れた。
辛かったあの日々はもう過去の記憶なのに。
中学は卒業したし、私をいじめていたあの子たちとはもう二度と関わらないと心に決めたはずなのにどうしていまだに私はあの当時のことを思い出しては信じられないほどに感情を揺さぶられてしまうんだろう。
こうやって涙を流す日もあれば,髪の毛をかきむしってしまう日もある。大声で「あぁぁぁーーー!!」と意味なく叫んでしまうことだってある。
だけどきっと、今の彼女たちの頭の中に私の存在なんて一ミリもないだろう。
自分達がしたことを忘れ、今も楽しく生きているはずだ。
まさか私が過去のことを思い出してトイレで震えて泣いていることなんて想像もつかないはずだ。
でも、それぐらいのことだ。人をいじめるということは。いじめられるということは。
それだけのことをしたという自覚を彼女たちに持ってほしい。
そしてあわよくば、もう二度とそんなことをしないでもらいたい。
いじめられてひどく心を傷つけられるのは、私だけで充分だ。
【キーンコーンカーンコーン】
天井のスピーカーから休み時間の終わりを告げるくぐもったチャイムの音が鳴り響く。
私は鬱々とした気持ちでトイレの扉を開けた。
その瞬間、ハッとした。
声も出せずに目を大きく開ける私に「ごめん!」と突然目の前に現れた人物はパチンっと両手を合わせた。
まるで親に怒られた子供みたいに必死な様子でぎゅっと目を瞑っているのが望月穂波であることに気づき、私はその場で固まった。
どうして彼女がここに?私を追いかけてきた?それとも、ここで待っていた?
私の泣き声……聞いた?
「あたし、さっき余計なこと言ったよね。ごめん。マジで反省する!」
今度は綺麗に腰を折って私に頭を下げる。
彼女の長いベージュアッシュ色の髪がトイレの床に触れてしまわないかひやひやとする。
必死になって謝る彼女に面食らいながら私は答えた。
「ちがうよ、望月さんのせいじゃないよ。それに、ぜんぜんきにしてないから」
「……気にしてない?」
「うん」
「全然?それ、本当に?」
「……うん」
「いやいやいや、それはダメ。絶対ダメでしょ!」
彼女は突然顔を持ち上げめ私にグイッと近づけた。
「自分の親がつけてくれた名前を他人にとやかく言われたら、気にしないとダメだよ!」
「へ?」
「紗希って、いい名前だよ。優しいイメージのさきさきにぴったりの名前だってあたしは思うよ!」
「う、うん……」
「ムカついたら言い返しちゃっていいんだって。人間みんな対等なんだから。ねっ!?」
それができるのはきっと、彼女だからだ。
この世の中には言える人間といえない人間の二通りに分けられる。
彼女は前者で、私はもちろん、後者だ。
私は困ったように下を向いて苦笑いを浮かべた。
「でさ」
「うん」
「今、なんの話してたんだっけ?」
穂波ちゃんはヘヘッと恥ずかしそうに笑った。
カラーコンタクトをしているんだろうか。
人工的な茶色い瞳の彼女から目が離せない。
「私もわからなくなっちゃった」
「あはは!だよね〜!って、やばいやばい!早く教室戻んなきゃ!!」
穂波ちゃんが私の手を掴んで引っ張った、と思ったら「はっ!?」と言って手を離した。
そして、自分の手のひらを見てからちらりと遠慮がちに私に視線を向ける。
「手、洗ってなかったよね?」
ね?の部分で首を傾げる穂波ちゃん。
「あっ、用は足してないから汚くはないと思うんだけど……」
「え、おしっこしてにいのに、なんのためにといれに?えっ、えっ」
穂波ちゃんは困惑したような表情を浮かべて眉間に皺を寄せている。
天真爛漫な彼女にはきっと思いもよらないんだろう。
トイレで一人涙を流す人間がいるということを。
「それは──」
「へへー、なんてねぇ〜!たまにはトイレにこもりたくなる気分の時もあるよね。わかるわかる!」
「……望月さんにとそういうこと、あるの?」
「あるよ。ありまくり!」
そういって笑った彼女にはなんの悩みもなさそうで、私は心の中で「絶対ないな」と思った。