サイコな本部長の偏愛事情(加筆修正中)
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ASJの社屋内を俯いて歩く。
前を歩く財前さんの背中に隠れるように歩いているけれど、噂の張本人が二人で歩いているから好奇な視線が……。
ターミナル内を通過して駐車場へと向かう際にエレベーターを使用しなければならないが、十七時近くになりターミナル内も駐車場も混雑している。
その流れにのまれる感じにエレベーターに乗り込もうとした、その時。
「足下、お気をつけ下さい」
エレベーターの扉を手で押さえながら、財前さんはキャリーを転がしているお客様に優しく声掛けした。
「すみません、ありがとうございます」
「彩葉、どした?」
「えっ?……あ、すみませんっ」
彼の背後にいた私に先にエレベーターに乗るように合図する。
それも『彩葉』だって。
ごく自然に発せられた自分の名前に、思わずどきんと胸が高鳴ってしまった。
こういうさりげない優しさ。
本当にジェントルマンだし、大人の男の人だと改めて実感する。
退社してても、空港内では彼は常に『本部長』だ。
寿司詰め状態のエレベーター内。
他の人がいるからまだ何とか冷静でいられるけど、二人だけだったら……。
ダメだ。
完全に彼を意識してしまっている自分がいる。
「申し訳ありません」
「っ……」
エレベーターを先に降りる彼が無言で私の手を取り、ご迷惑にならないように通る場所を確保してくれた。
ヤバい、これは感動だ。
こんなこと、元彼ですらして貰ったことがない。
これが、先輩が言う『三十代の男』の『コクのある旨味』なのだろう。
初めてでもないのに、触れられる部分がじんじんと熱を帯びてゆく。