隠された王女~王太子の溺愛と騎士からの執愛~
第九章
 馬車はカタンと音を立てて止まった。イリダルはクレアの喉元に短剣を突き付けたまま、アルベティーナに馬車を降りるように言う。
 外側から馬車の扉が開けられた。
「あなたは……」
 馬車の外側にいたのは、元外交大臣であり、ウォルシュ侯爵の息子であるドロテオ・ウォルシュ。父親であるウォルシュ侯爵が騎士団に捕らえられたことから、外交大臣を辞したと聞いている。
「お久しぶりですね。アルベティーナ嬢。いや、アルベティーナ様。どうか、私の手を」
 爬虫類を思わせるギロリとした目つき。びっちりと後ろに撫でつけられている黒い髪。仕事で顔を合わせるたびに、アルベティーナは無意識に嫌悪感を抱いていた。無意識であったが、なぜそのような感情を抱いたのか、今になって理解した。
 だが、クレアを人質として取られている以上、彼らの言葉に従うしかない。
 軽く息を呑んでから、ドロテオの手に自身の手を重ねた。
「やはり。前王によく似ていらっしゃる」
 彼に手を引かれながら、アルベティーナは目の前の屋敷へと向かう。歩きながらも、彼らに気づかれぬよう鋭く周囲を観察する。
 ここは郊外の屋敷のようだ。周囲を青々とした木々に囲まれている。目を凝らせば、遠くに湖が見えた。
 残念ながらアルベティーナの知らない場所。馬車に乗っていたのは、二時間程。たったそれだけの時間で、このように自然豊かな緑の深い場所に着くとも思っていなかった。
< 198 / 231 >

この作品をシェア

pagetop