期末テストで一番になれなかったら死ぬ
「他にもあるぞ。君、選択問題は得意な方か?」
「うーん。得意も苦手もない、かな」
迷うことは多いけれど、分からなくても勘で選べば点をもらえるチャンスはある。どちらかといえばお得な問題だと思う。
「僕は特に選択問題が苦手で、昔から大嫌いなんだ」
「ええ……。選択問題が嫌いとかある?」
「あれは運任せというか、精神的なダメージが大きくてな。……見直しの時に『やっぱりこっちの方が正しそう』と選び直したときに限って、最初に選んだ方が正解だったりするんだ」
「あー。それは、あるね」
「僕なんかそんなのばっかりだ」
と、鹿島くんは遠い目をした。
どれだけ勘が悪いのだろう。可哀相だけど、少し興味が湧いてくる。
「だから僕は決めているんだ。後悔しない選択肢を選ぶ、とな!」
「後悔しない選択肢って何……? 気持ちの問題?」
ぐっと拳を握った鹿島くんだったが、言っていることは意味が分からなかった。
「細かい話は問題を解きながらするから後だ。他に大事なのは、テストに臨むときの精神状態だ。準備はすればするほど自分へのプレッシャーにもなる。かけた労力の分だけ、結果への期待値が高まるのは当然だ」
「それは分かるかも。『これだけ頑張ったんだから、できなかったらヤバい』って思ってると緊張しちゃって……。『あんま頑張ってないし、できたらラッキー』って思ってるときの方が逆によくできる気がする」
「できなかったときのことを考えてたら、そっちに引っ張られるのは当たり前だな」
「なるほど。それならいっそ頑張らない方が……」
「そしたらできるわけないだろ! 努力するのは大前提だ。結果を期待するのもな。それでも心落ち着けるようにするのが大事なんだ」
「どうするの? 山で滝に打たれて精神鍛えるとか?」
「そんな暇あったら勉強しろ。ただ、テスト開始直前の朝とか前日夜の詰め込みはやめておけ。プレッシャーが高まるだけだし、山なんてどうせ外れる可能性の方が高い」
「直前に見たところが出ないっていうのは分かってるんだけど、何もしないでいるのも落ち着かないのよね」
「確かに何もしないのは却って辛い。だから、テストの直前にはいつも通りのことするんだ。そしていつも通りの精神状態に自分を持っていく。そのためには『いつも通り』の習慣を身につけることが大事になる。所謂ルーティーンってやつだが、聞いたことはないか?」
「言葉だけは聞いたことあるかも」
「スポーツ選手がよくやるやつだ。野球だったらバッターボックスに入るとき必ず右足から入るとか、サッカーだったらグラウンドに入るとき祈りを捧げるとかだな」
「ああ、はいはい」
スポーツ中継は殆ど観ないけど、確かにそうした場面はニュースで観たことがある。
「例えば僕だったらこの空き教室に来るのもルーティーンの一つだ。毎日一度はこの教室に来るようにしている。時間に余裕のある放課後だったら、ここで勉強もしている」
「いつも通りの習慣を、意識してつくってるの?」
「そういうことだ。この空き教室に来るのはもう習慣になっている。ここで勉強しているとき、僕はもう何も感じていない。テスト前の緊張しているときでも、この空き教室に来ればいつも通りの精神状態になるわけだ」
「条件反射を自分で設定してるのね。パブロフの犬みたいな。……でも、テストの度にここまで来るの大変じゃない? 学外で模試受けるときとか使えないし」
「そうだな。やっぱり君は勘がいい。場所の習慣づけは有効だが、いつも使えるとは限らない。だから僕はもう一つ、物の習慣づけも用意している」
と言いながら、鹿島くんは自席に戻り、分厚い辞書の表紙に触れた。毎日机においている紙の国語辞書だ。
「こいつだ。学校に来たら図書室に寄って、参考図書の棚からこいつを借りる。手許に置いて、勉強を始めるときには必ず表紙に触れる。で、テストのときには教室に持っていくわけだ。どこでも触れれば脳は錯覚する。『今からはいつも通り問題を解く時間だ』とな」
「それでいつも紙の辞書置いてたのね。電子辞書が嫌いなのかと思ってた」
「実際紙の方が好きだぞ? 自分にとって自然な行動じゃないと、落ち着くためのルーティーンにはならないからな」
「なるほど。……じゃあ、私だったらこれかな」
スマホを取り出し、ゲームを起動する。
「またそうやってサボろうとする!」
非難めいた言葉に、慌てて「違う違う!」と弁解する。
「遊んだりしないって! 起動して顔見るだけだよ。いつもやってることだから、これが一番自然なの」
「顔を見る?」
しかめっ面のまま首を傾げる鹿島くん。
「うん。『アイドリング・ストップ!』って知らない? 『アイスト』。スマホのゲームで、ほら、こないだちょっと見たでしょ。結構流行ってると思うんだけど」
「いや、あのときは本当に一瞬見ただけだったから……。どんなゲームなんだ?」
そう言って鹿島くんは身を乗り出し、私のスマホを覗き込んできた。
「え、鹿島くん、ちょっと!」
近い! 顔が近いって!
「何だ、今はやってないのか?」
すぐそこにある鹿島くんの横顔が、疑問符を浮かべる。
でも今はそれどころじゃない。ゲームどころの話じゃない。私の息が頬にかからないかと、そればかりが気になる。
「ちょっと待って、今起動するから!」
上半身を傾け、とにかく距離をとる。鹿島くん、結構距離感を気にしない人なのだろうか。意外な気もするけど、よくよく考えてみると、そういう隙のある所というか懐の広さが、人に好かれる所以なのかもしれないとも思えてくる。
「えっとね、『アイスト』はアイドルを育てるゲームなの。候補生から何人か選んでユニットを組んでライブするんだけど……」
あらましを説明しながら画面を操作していく。
「ライブは音ゲーでね、降ってくるノーツに合わせてタップするの」
私がライブを見せると、鹿島くんは「ああ」と頷いた。
「これなら知っている。ゲームセンターやテレビゲームでよくあるやつだ。しかし、まさかケータイでできるとは」
「ケータイじゃなくてスマホよ。鹿島くん、何時代の人?」
「仕方ないだろ。こういうのは疎いんだ」
と、鹿島くんは口を尖らせた。
「……画面もきれいだし、3Dもぬるぬる動くんだな」
近い近い! 再び覗き込んできた鹿島くんに気を取られ、ミスを連発する。
それでも何とかライブを成功させ、ほっと一息。伊達にやり込んでいる訳じゃない。スコアはボロボロだけど、クリアはクリアだ。
「ああ、この経験値でアイドルが成長する訳か」
「そうそう。鹿島くんもゲーム自体はやったことあるのね」
「もうかなり前だけどな。それもひまりがやってるのを見てたのが殆どだ」
「……興味あるなら『アイスト』やったら? 気晴らしになるよ。短い時間でできるから勉強の邪魔にもならないと思う」
「いや」と、鹿島くんは首を振った。
「ケータイは持ってないからな」
「ああ……」
先ほどの会話から、もしかしてとは思っていた。でもまさか本当に持っていないとは。
「じゃあ、連絡とれないね」
と、言った瞬間気が付いた。
これでは私が連絡をとりたがっているみたいだ!
それは少しまずい……気がする。
しかし、鹿島くんは「確かに困るんだよな」と、私の予想に反する言葉を呟いた。
困る? 連絡がとれなくて困る? 何が困るというんだろう。どこか遊びに行くとか?
まさか。鹿島くんに限ってそれはない。
じゃあ一体何が……。
「うーん。得意も苦手もない、かな」
迷うことは多いけれど、分からなくても勘で選べば点をもらえるチャンスはある。どちらかといえばお得な問題だと思う。
「僕は特に選択問題が苦手で、昔から大嫌いなんだ」
「ええ……。選択問題が嫌いとかある?」
「あれは運任せというか、精神的なダメージが大きくてな。……見直しの時に『やっぱりこっちの方が正しそう』と選び直したときに限って、最初に選んだ方が正解だったりするんだ」
「あー。それは、あるね」
「僕なんかそんなのばっかりだ」
と、鹿島くんは遠い目をした。
どれだけ勘が悪いのだろう。可哀相だけど、少し興味が湧いてくる。
「だから僕は決めているんだ。後悔しない選択肢を選ぶ、とな!」
「後悔しない選択肢って何……? 気持ちの問題?」
ぐっと拳を握った鹿島くんだったが、言っていることは意味が分からなかった。
「細かい話は問題を解きながらするから後だ。他に大事なのは、テストに臨むときの精神状態だ。準備はすればするほど自分へのプレッシャーにもなる。かけた労力の分だけ、結果への期待値が高まるのは当然だ」
「それは分かるかも。『これだけ頑張ったんだから、できなかったらヤバい』って思ってると緊張しちゃって……。『あんま頑張ってないし、できたらラッキー』って思ってるときの方が逆によくできる気がする」
「できなかったときのことを考えてたら、そっちに引っ張られるのは当たり前だな」
「なるほど。それならいっそ頑張らない方が……」
「そしたらできるわけないだろ! 努力するのは大前提だ。結果を期待するのもな。それでも心落ち着けるようにするのが大事なんだ」
「どうするの? 山で滝に打たれて精神鍛えるとか?」
「そんな暇あったら勉強しろ。ただ、テスト開始直前の朝とか前日夜の詰め込みはやめておけ。プレッシャーが高まるだけだし、山なんてどうせ外れる可能性の方が高い」
「直前に見たところが出ないっていうのは分かってるんだけど、何もしないでいるのも落ち着かないのよね」
「確かに何もしないのは却って辛い。だから、テストの直前にはいつも通りのことするんだ。そしていつも通りの精神状態に自分を持っていく。そのためには『いつも通り』の習慣を身につけることが大事になる。所謂ルーティーンってやつだが、聞いたことはないか?」
「言葉だけは聞いたことあるかも」
「スポーツ選手がよくやるやつだ。野球だったらバッターボックスに入るとき必ず右足から入るとか、サッカーだったらグラウンドに入るとき祈りを捧げるとかだな」
「ああ、はいはい」
スポーツ中継は殆ど観ないけど、確かにそうした場面はニュースで観たことがある。
「例えば僕だったらこの空き教室に来るのもルーティーンの一つだ。毎日一度はこの教室に来るようにしている。時間に余裕のある放課後だったら、ここで勉強もしている」
「いつも通りの習慣を、意識してつくってるの?」
「そういうことだ。この空き教室に来るのはもう習慣になっている。ここで勉強しているとき、僕はもう何も感じていない。テスト前の緊張しているときでも、この空き教室に来ればいつも通りの精神状態になるわけだ」
「条件反射を自分で設定してるのね。パブロフの犬みたいな。……でも、テストの度にここまで来るの大変じゃない? 学外で模試受けるときとか使えないし」
「そうだな。やっぱり君は勘がいい。場所の習慣づけは有効だが、いつも使えるとは限らない。だから僕はもう一つ、物の習慣づけも用意している」
と言いながら、鹿島くんは自席に戻り、分厚い辞書の表紙に触れた。毎日机においている紙の国語辞書だ。
「こいつだ。学校に来たら図書室に寄って、参考図書の棚からこいつを借りる。手許に置いて、勉強を始めるときには必ず表紙に触れる。で、テストのときには教室に持っていくわけだ。どこでも触れれば脳は錯覚する。『今からはいつも通り問題を解く時間だ』とな」
「それでいつも紙の辞書置いてたのね。電子辞書が嫌いなのかと思ってた」
「実際紙の方が好きだぞ? 自分にとって自然な行動じゃないと、落ち着くためのルーティーンにはならないからな」
「なるほど。……じゃあ、私だったらこれかな」
スマホを取り出し、ゲームを起動する。
「またそうやってサボろうとする!」
非難めいた言葉に、慌てて「違う違う!」と弁解する。
「遊んだりしないって! 起動して顔見るだけだよ。いつもやってることだから、これが一番自然なの」
「顔を見る?」
しかめっ面のまま首を傾げる鹿島くん。
「うん。『アイドリング・ストップ!』って知らない? 『アイスト』。スマホのゲームで、ほら、こないだちょっと見たでしょ。結構流行ってると思うんだけど」
「いや、あのときは本当に一瞬見ただけだったから……。どんなゲームなんだ?」
そう言って鹿島くんは身を乗り出し、私のスマホを覗き込んできた。
「え、鹿島くん、ちょっと!」
近い! 顔が近いって!
「何だ、今はやってないのか?」
すぐそこにある鹿島くんの横顔が、疑問符を浮かべる。
でも今はそれどころじゃない。ゲームどころの話じゃない。私の息が頬にかからないかと、そればかりが気になる。
「ちょっと待って、今起動するから!」
上半身を傾け、とにかく距離をとる。鹿島くん、結構距離感を気にしない人なのだろうか。意外な気もするけど、よくよく考えてみると、そういう隙のある所というか懐の広さが、人に好かれる所以なのかもしれないとも思えてくる。
「えっとね、『アイスト』はアイドルを育てるゲームなの。候補生から何人か選んでユニットを組んでライブするんだけど……」
あらましを説明しながら画面を操作していく。
「ライブは音ゲーでね、降ってくるノーツに合わせてタップするの」
私がライブを見せると、鹿島くんは「ああ」と頷いた。
「これなら知っている。ゲームセンターやテレビゲームでよくあるやつだ。しかし、まさかケータイでできるとは」
「ケータイじゃなくてスマホよ。鹿島くん、何時代の人?」
「仕方ないだろ。こういうのは疎いんだ」
と、鹿島くんは口を尖らせた。
「……画面もきれいだし、3Dもぬるぬる動くんだな」
近い近い! 再び覗き込んできた鹿島くんに気を取られ、ミスを連発する。
それでも何とかライブを成功させ、ほっと一息。伊達にやり込んでいる訳じゃない。スコアはボロボロだけど、クリアはクリアだ。
「ああ、この経験値でアイドルが成長する訳か」
「そうそう。鹿島くんもゲーム自体はやったことあるのね」
「もうかなり前だけどな。それもひまりがやってるのを見てたのが殆どだ」
「……興味あるなら『アイスト』やったら? 気晴らしになるよ。短い時間でできるから勉強の邪魔にもならないと思う」
「いや」と、鹿島くんは首を振った。
「ケータイは持ってないからな」
「ああ……」
先ほどの会話から、もしかしてとは思っていた。でもまさか本当に持っていないとは。
「じゃあ、連絡とれないね」
と、言った瞬間気が付いた。
これでは私が連絡をとりたがっているみたいだ!
それは少しまずい……気がする。
しかし、鹿島くんは「確かに困るんだよな」と、私の予想に反する言葉を呟いた。
困る? 連絡がとれなくて困る? 何が困るというんだろう。どこか遊びに行くとか?
まさか。鹿島くんに限ってそれはない。
じゃあ一体何が……。