期末テストで一番になれなかったら死ぬ
「どうだった?」

 空き教室に戻ると、そこではいつかのように鹿島くんが腕を組んで経っていた。

「鹿島くん、立って待ってたの? 暇なの?」

「ずっと立ってたわけじゃない! 終わる時間は聞いてただろう! ……で、結果は?」

「全部書けたよ。多分、九割はできてると思う」

 私の答えに鹿島くんはほっと息をつき、それから胸を張った。

「ま、当然だな。追追試くらいできてくれないと困る」

「本当、お世話になりました」

 私が素直にお礼を言うと、鹿島くんは面食らったような顔をして「ああ」とだけ答え、自分の席に戻っていった。

 私も、その背中を追っていつもの席に着いた。鹿島くんの隣の、いつもの席。

 夏休みは残すところ後十日。授業が始まれば、私と鹿島くんは別々の教室に登校することになる。

 そもそも、補習はもう終わったのだ。追追試の結果が出るのは二学期になってからだけど、補習自体は今日までということになっている。

 いつもの空き教室。いつもの席。

 それも今日まで、いや、さっきまでの話だ。

 遠く微かに聞こえる運動部の掛け声。吹奏楽の音合わせ。ツクツクボウシの声。

 補習が始まった頃は、ミンミンゼミが鳴いていた。

 吉祥寺図書館では、夕立の雨音をガラス越しに聞いた。

 思い出すのはどうしてか音ばかりで、形を残さない音たちは、そのとき受けた印象だけを私の中に残している。

「……明日からは」

 と、急に鹿島くんが口を開いた。

「また学校が開く。ちゃんと朝から来いよ」

 それは、許しの言葉だった。これから先の時間をくれる言葉だった。

「……もう補習終わったんですけど」

 心にもない強がりを言うのは否定されたいがためで、自分がこんなにも誰かに甘える人間だということに、私は自分で軽く衝撃を受けたけれど……それもまあいいかと、今は思えた。

「君、どうせ追追試の三教科以外もボロボロだろう? 二学期が始まる前に、少しでも取り戻さないとまた赤点だぞ?」

「そしたらまた一緒に補習だね」

「そうなる前に何とかするんだ!」

 鹿島くんはそう私を叱った後、大袈裟にため息を吐いた。

 そのわざとらしいリアクションに少し笑ってから、私はしっかりと自分の意志を伝えた。

「明日、またカフェオレ買ってくるね、鹿島先生」

「……まずは、今日の自己採点と復習からだ。同じ間違いをしないようにな」

「はーい」

 回答をメモした問題用紙と教科書を取り出す。

 明日も明後日も早起きしてお弁当を作らないといけないし、季帆さんを納得させるための『学校に行く理由』を考えないといけないし、また勉強で頭を使わないといけない。

 大変で忙しい毎日がまだ続く。

 思わず、笑ってしまいそうになるのを堪えるのが大変だった。



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