期末テストで一番になれなかったら死ぬ
 中間テストを受けた三日間の記憶は殆どない。

 毎日学校に行き、全教科のテストを受けたことは間違いない。試験中は集中を切らさず、目の前のことに全力を注いでいたことも間違いない。というか他のことを考えていられるような脳の余裕はなかった。

 初日は学校から帰ってすぐ横になった。私が登校している間に、希帆さんはリビングに布団を敷いておいてくれた。制服を脱いで、借りていたマフラーを返し、温かいお風呂に浸かり、風邪薬を飲んで布団に入ると、意識はあっという間に飛んで消えた。

 目が覚めてまず感じたのはお出汁の香りだった。希帆さんがつくってくれた雑炊には唐辛子が入っていて、詰まった鼻と苦味を感じていた喉に心地よかった。

 夜は、翌日のテスト範囲の確認をして、ノートを一通り見返すだけにした。寝る前には希帆さんが練ったココアを飲んだ。小学生の頃、時々お父さんがつくってくれたものだった。ココアのおかげで朝までは深く深くぐっすり眠った。

 二日目には熱も下がっていたけれど、相変わらず頭はぼんやりしていた。テストが始まればそれだけに集中していられるけれど、始まるまでが寧ろきつかった。テストまでに何をすればいいのか考えがまとまらず、焦りが浮かんだ。

 鹿島くんから借りっぱしになっている箴言メモのことを思い出したのは、三日目のことだった。

 『身体的ルーティーンが精神の安定をもたらす』。

 以前鹿島くんは言っていた。テスト直前には詰め込み勉強をするより、いつも通りに過ごせと。

 だから、私もギリギリになっての悪あがきは止め、テスト前にはルーティーンを果たすことだけに集中することにした。

 朝は早めに登校し、空き教室に寄り道した。そして教室に戻ってからは『アイスト』を起動し、レネに会いに行った。

 『何で私、こんなにできないんだろう』と涙を流しながらも。決してペンを置こうとはしないレネ。その姿を見ていると心が沸き立った。

 以前は感じていたレネとの距離が縮まったような気がした。泣くまで勉強したことのある人間にしか分からない絆。そんなものを感じた。

 そうしてテスト前にスマホを見ていると、安曇から声をかけられた。

「余裕だね」

 机の前に立った安曇は、そう言って私を見下ろした。

「もうやることやったからね」

 私の強がりに、安曇は眉を動かした。

「最近は勉強してたの?」

「うん。泣くほどやってた」

 私の答えに、安曇は「今更」と、顔を背けた。

「……鹿島くんはどうしてるの?」

 安曇は、口を開いて何かを言いかけたけれど、すぐに止めた。そして暫く黙りこくった後、ようやく答えた。

「怜央は、来てないよ」

「そんなに良くないの?」

「身体の方は落ち着いてるよ」

「要は気持ちの問題ね」

「もうしばらく、何もしてない。……誰かさんもお見舞い来ないし」

「病室から追い出しておいてそれ?」

 と、そのとき教室に試験監督の先生が入って来たため、話は打ち切りとなった。

 その後も何度か安曇とはすれ違ったけれど、向こうにもこちらにも言うべきことはもうなかった。



 三日間の中間テストが終わると、急に気が抜けた。

 家に帰る頃には意識が朦朧としていて、制服を着替える余裕もなくベッドに倒れ込み、気がついたらもう真夜中で、明らかに熱はぶり返していた。

 木曜と金曜はもう学校に行く気力もなかったので、希帆さんに欠席の連絡をしてもらい、ずっと横になっていた。

 希帆さんは心配そうにしていたけれど、流石にそうそう幾日も会社を休んでもらうのも気が引けたので、私は一人で平気だと希帆さんを送り出した。

 金曜の夜には熱も引き、土曜には起き上がれるようになったので、土日にはずっと中間テストの振り返りをした。

 自己採点の結果は、惨憺たるものだった。

 翌週の水曜日。

 事前の予告通り、全教科の採点と集計が終わったとホームルームで告知があった。午後にはテストの成績表が配られ、廊下には順位表が張り出された。

 各教科の順位と、全教科を合計した総合順位。

 自己採点からの予想通り、成績は振るわなかった。

 総合順位は学年で八位。

 足りない。こんな成績では、とても足りない。

 あれだけやっても、まだ上に七人もいる。

 よく知らない人が七人もいて、鹿島くんは、更にその上をいくのだ。

 私は自分の頭脳と、取り戻せない一年を呪った。




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