期末テストで一番になれなかったら死ぬ
第六章 その傷は絆になる
学年八位。
とても張り合えるような順位ではない。
それでも私は来なくてはいけなかった。
ここに。鹿島くんのところに。
病室のドアを開けるときは、いつも心の準備が必要になる。
毎日の不安と疲れを持ち込まないようにするため。昂奮を収め、落ち着いた笑顔を用意するため。そして、ドアの向こうの光景に覚悟を決めるため。
今日はそれに加え、更なるプレッシャーを私は抱えている。
ノックをする。
「どうぞ」と声が返ってくる。
ドアを開くと、予想通り鹿島くんの側には安曇がいた。
「君か。久しぶりだな。うん、今度は本当に久しぶりだ」と、鹿島くんは頷いた。
その隣で安曇は思いっきりのしかめっ面を私に向けた。
うるさい。分かってる。あんなことを言っていても、結局私には来て欲しくないんでしょう? 分かってるよ。
「そういえば聞いたぞ。中間テストでは十位以内に入ったんだってな。ほら、君はやればできるんだ」
鹿島くんは得意気にそう言った。
その笑顔に苛立ちを覚える。鹿島くんはその程度で満足なの? 八位だよ、八位。鹿島くん、受けてれば一位だったでしょう? 何、私だったらその程度でも上出来? ふざけないで。上から目線もいい加減にしてよ。これでも昔は一位だったんだから。知ってるでしょう? 鹿島くんより上だったんだよ? 私は、この程度じゃない!
と、心の中で尊大な羞恥心が爆発する。
そうはいってもね、正直この順位は出来すぎだった感もある。一年以上ずっとサボって、高々一ヶ月の勉強だけで学年最下位レベルから八位だよ? ちょっとした奇跡でしょう。もう一度やれと言われても、できると即答できる? 私にはできないな。況してや、更に順位を上げるなんてできる? 十位くらいまでは皆同じくらいの点数で団子になっているけれど、そこから先、最上位は集団を突き放した点数を取っている。その一番上にいる鹿島くんに、私は追いつける? 笑わせないでよ。無理に決まってるでしょう!
と、今度は臆病な自尊心が悲鳴を上げる。
今日の私は、そんな本心を押し隠す責務を負っている。
不審に思われない程度に深く息を吸い、吐く。
「……鹿島くん、私が怖い?」
私の言葉に、鹿島くんも安曇も、ぽかんと口を開けた。
できる限りに静かな声で、可能な限り鷹揚な口調で、当然だと言わんばかりの態度で。
私は、鹿島くんを励ましに来たのではない。
私は、喧嘩を売りに来たのだ。
「今回はちょっとだけやる気出したんだけど、直前に風邪引いちゃったのよね。順位一桁まではそれでも余裕でしたけど? 鹿島くんが勉強教えてくれたしね」
軽く頭を下げて「どうも、ありがとう」と礼を言う。
「でも、もう要らない」
私にできる限りの冷たい声音で、そう告げる。
「逃げるような人に教わることなんてないから」
鹿島くんが目を見開く。安曇が眉を顰める。
「どうせ期末も受けないんでしょ? じゃあ、私トップになっちゃうね」
「……鶴ちゃん、何言ってるの?」
安曇が何か言っている。当然無視だけど。
「私そろそろ本気だすよ? そしたら鹿島くん、また二番だね」
鼻で笑い、目を細め、顎を上げ、ベッドの上の病人を目いっぱいに見下ろす。
彼は口を閉じ、強く、強く、私を睨んだ。
「ねえ、鹿島くん」
息を吸い込む。
言わないと。今日は、これを言いに来たのだから。
「一番になれなかったら死ぬ?」
「ちょっと鶴ちゃん!」
安曇が立ち上がり、詰め寄ってくる。
「私は死んでもいいよ。どうせ勝つし。順位表の一番右、返してもらうね。あそこ、本当なら私の指定席で、」
「もう! いいから!」
安曇に押され、病室のドアへ向かう。
部屋を出る寸前、最後に見た鹿島くんの目には、熱い刃が宿っていた。
とても張り合えるような順位ではない。
それでも私は来なくてはいけなかった。
ここに。鹿島くんのところに。
病室のドアを開けるときは、いつも心の準備が必要になる。
毎日の不安と疲れを持ち込まないようにするため。昂奮を収め、落ち着いた笑顔を用意するため。そして、ドアの向こうの光景に覚悟を決めるため。
今日はそれに加え、更なるプレッシャーを私は抱えている。
ノックをする。
「どうぞ」と声が返ってくる。
ドアを開くと、予想通り鹿島くんの側には安曇がいた。
「君か。久しぶりだな。うん、今度は本当に久しぶりだ」と、鹿島くんは頷いた。
その隣で安曇は思いっきりのしかめっ面を私に向けた。
うるさい。分かってる。あんなことを言っていても、結局私には来て欲しくないんでしょう? 分かってるよ。
「そういえば聞いたぞ。中間テストでは十位以内に入ったんだってな。ほら、君はやればできるんだ」
鹿島くんは得意気にそう言った。
その笑顔に苛立ちを覚える。鹿島くんはその程度で満足なの? 八位だよ、八位。鹿島くん、受けてれば一位だったでしょう? 何、私だったらその程度でも上出来? ふざけないで。上から目線もいい加減にしてよ。これでも昔は一位だったんだから。知ってるでしょう? 鹿島くんより上だったんだよ? 私は、この程度じゃない!
と、心の中で尊大な羞恥心が爆発する。
そうはいってもね、正直この順位は出来すぎだった感もある。一年以上ずっとサボって、高々一ヶ月の勉強だけで学年最下位レベルから八位だよ? ちょっとした奇跡でしょう。もう一度やれと言われても、できると即答できる? 私にはできないな。況してや、更に順位を上げるなんてできる? 十位くらいまでは皆同じくらいの点数で団子になっているけれど、そこから先、最上位は集団を突き放した点数を取っている。その一番上にいる鹿島くんに、私は追いつける? 笑わせないでよ。無理に決まってるでしょう!
と、今度は臆病な自尊心が悲鳴を上げる。
今日の私は、そんな本心を押し隠す責務を負っている。
不審に思われない程度に深く息を吸い、吐く。
「……鹿島くん、私が怖い?」
私の言葉に、鹿島くんも安曇も、ぽかんと口を開けた。
できる限りに静かな声で、可能な限り鷹揚な口調で、当然だと言わんばかりの態度で。
私は、鹿島くんを励ましに来たのではない。
私は、喧嘩を売りに来たのだ。
「今回はちょっとだけやる気出したんだけど、直前に風邪引いちゃったのよね。順位一桁まではそれでも余裕でしたけど? 鹿島くんが勉強教えてくれたしね」
軽く頭を下げて「どうも、ありがとう」と礼を言う。
「でも、もう要らない」
私にできる限りの冷たい声音で、そう告げる。
「逃げるような人に教わることなんてないから」
鹿島くんが目を見開く。安曇が眉を顰める。
「どうせ期末も受けないんでしょ? じゃあ、私トップになっちゃうね」
「……鶴ちゃん、何言ってるの?」
安曇が何か言っている。当然無視だけど。
「私そろそろ本気だすよ? そしたら鹿島くん、また二番だね」
鼻で笑い、目を細め、顎を上げ、ベッドの上の病人を目いっぱいに見下ろす。
彼は口を閉じ、強く、強く、私を睨んだ。
「ねえ、鹿島くん」
息を吸い込む。
言わないと。今日は、これを言いに来たのだから。
「一番になれなかったら死ぬ?」
「ちょっと鶴ちゃん!」
安曇が立ち上がり、詰め寄ってくる。
「私は死んでもいいよ。どうせ勝つし。順位表の一番右、返してもらうね。あそこ、本当なら私の指定席で、」
「もう! いいから!」
安曇に押され、病室のドアへ向かう。
部屋を出る寸前、最後に見た鹿島くんの目には、熱い刃が宿っていた。