期末テストで一番になれなかったら死ぬ
病室を出た安曇は、「こっち」と私を促し、休憩室へと連れて行った。
机に向かいわせに座る。安曇は難しい顔をして机を睨んでいたが、不意にため息をついて言った。
「鶴ちゃん、あの言い方はどうなの?」
病室では激昂しているように見えたが、ここでも安曇は落ち着いて見えた。
「……正直、ちょっとやりすぎた感はしてるわ」
「ちょっとじゃないってー」
と、安曇は苦笑いすら浮かべて見せた。
少し呆れたようではあるが、怒りを覚えているわけではないようだ。
言い方に呆れているということは、私の言った内容については理解しているし否定もしていないということか。
鹿島くんに気力を取り戻してもらうため挑発するという私の意図は伝わっているということだ。
だとしたら、鹿島くんが入院入院して以来の安曇の態度、私に対してきつくあたっていたのは……。
「ねえ、安曇。私への態度、あれも挑発だったの?」
私を突き放し、鹿島くんから引き離したのは、『私を』奮起させ、更にその先、鹿島くんにまで連鎖を繋げるためだったのか。
「……相変わらず、察しがよすぎるんだよ、鶴ちゃんは。ま、それもなくはないよ」
「他にもあるの?」
「んー? ただ単にむかついてただけだよ。できるのにやらない人って、むかつくでしょ」
と、安曇は鼻で笑った。
「それを言うなら、安曇だって」
安曇が「ん?」と顔を上げる。
「鹿島くんを挑発するなら、安曇がやればよかったのよ」
「……それができれば、苦労はしないよ」
「安曇だって成績そんなに悪くないでしょう。本気出したら対抗できるんじゃない?」
「無理だよ。私はね、対抗するポジションじゃないの」
「ポジション?」
「うん。私は怜央の隣りにいるだけ。真っ向から勝負するのは他の人に任せてるから」
安曇はそう言って首を振った。
「そんなふうに決めつけるのは何で?」
「……ま、いっか。教えてあげてもいいよ。鶴ちゃん、怜央のこと好きだし」
「それ関係ある?」
「あんまない」
「喧嘩売ってるの?」
「ううん。八つ当たり」
少し黙った後、安曇は口を開いた。
「……もう昔話だよ。小学校の頃ね、私陸上クラブだったの」
「ちょっと意外。安曇がスポーツって」
「似合わない? 身体動かすのは好きなんだよ。走るのも結構早かったし。で、怜央の方は昔から身体弱くて運動も止められてたのね」
「まあ、そうよね」
「五年生のときかな。体育の授業で運動会の練習したんだけど、そのときだけは男女合同でやってたのね。二人ずつ五十メートル走やったんだけど、ちょうど私と怜央が同じ組になっちゃって」
「じゃあ、圧勝?」
「ううん。ギリギリで私の勝ち」
「手を抜いたの?」
「……ほら、怜央って負けず嫌いっていうかプライド高いとこあるから、皆の前でぶっ千切ったら、その、可哀想だと思って」
「ああ、それがバレちゃったんだ」
「先回りして分からないでよ。ま、その通りなんだけど」
「怒った?」
安曇は「ううん」と首を横に振った。
「傷ついたって顔をして、『もうやめてくれ』って。……そこで怒ってくれてたら、まだ何か違ったかもね」
それで安曇は、本当に『やめちゃった』んだ。
張り合うのを。
向き合うのを。
「ま、それだけの話」
と、安曇は席を立った。
「それで安曇も陸上止めたのね?」
後を追い、休憩室を出て行く背中に問う。
「中学まではやってたよ、陸上。本当に好きなんだよ、身体動かすの」
「じゃあ、何で今はやってないの」
「……陸上止めたのは、もう二年前かな」
二年前。
ああ、そうか。二年前といえば、鹿島くんが宣告を受けたときだ。
あなたの余命は残り二年、と。
「鹿島くんの側にいるため?」
安曇は振り返りもせず、少しだけ肩を竦めて見せるだけだったが、それは明白な肯定だった。
「安曇、待って」
病室へと向かおうとする安曇を、エレベータの前で呼び止める。
「どうしたの?」
振り返った安曇は、何らの表情をも浮かべていなかった。
ただ、疲れていた。
「私、帰るね。病室には寄らない」
「そう?」
「うん、勉強しなきゃだし」
エレベータの『下りる』ボタンを押すと、ドアはすぐに開いた。
「ねえ、安曇」
エレベータに乗りながら、呼びかける。
「安曇はこのままでいいの?」
安曇が小さく首を傾げる。
「どうしろって言うの?」
「張り合わなくていいの?」
『開く』ボタンを押しながら、そう問う。
「いいんだよ。張り合うのは鶴ちゃんの役目。一緒に居るのが私の役目。怜央は鶴ちゃんに夢中だけど、側にいられるのは私だから」
「……それって」
ボタンを離す。
「身体が近いだけでしょう」
エレベータのドアが閉じていく。
目を見開いた安曇の顔は、すぐに見えなくなった。
机に向かいわせに座る。安曇は難しい顔をして机を睨んでいたが、不意にため息をついて言った。
「鶴ちゃん、あの言い方はどうなの?」
病室では激昂しているように見えたが、ここでも安曇は落ち着いて見えた。
「……正直、ちょっとやりすぎた感はしてるわ」
「ちょっとじゃないってー」
と、安曇は苦笑いすら浮かべて見せた。
少し呆れたようではあるが、怒りを覚えているわけではないようだ。
言い方に呆れているということは、私の言った内容については理解しているし否定もしていないということか。
鹿島くんに気力を取り戻してもらうため挑発するという私の意図は伝わっているということだ。
だとしたら、鹿島くんが入院入院して以来の安曇の態度、私に対してきつくあたっていたのは……。
「ねえ、安曇。私への態度、あれも挑発だったの?」
私を突き放し、鹿島くんから引き離したのは、『私を』奮起させ、更にその先、鹿島くんにまで連鎖を繋げるためだったのか。
「……相変わらず、察しがよすぎるんだよ、鶴ちゃんは。ま、それもなくはないよ」
「他にもあるの?」
「んー? ただ単にむかついてただけだよ。できるのにやらない人って、むかつくでしょ」
と、安曇は鼻で笑った。
「それを言うなら、安曇だって」
安曇が「ん?」と顔を上げる。
「鹿島くんを挑発するなら、安曇がやればよかったのよ」
「……それができれば、苦労はしないよ」
「安曇だって成績そんなに悪くないでしょう。本気出したら対抗できるんじゃない?」
「無理だよ。私はね、対抗するポジションじゃないの」
「ポジション?」
「うん。私は怜央の隣りにいるだけ。真っ向から勝負するのは他の人に任せてるから」
安曇はそう言って首を振った。
「そんなふうに決めつけるのは何で?」
「……ま、いっか。教えてあげてもいいよ。鶴ちゃん、怜央のこと好きだし」
「それ関係ある?」
「あんまない」
「喧嘩売ってるの?」
「ううん。八つ当たり」
少し黙った後、安曇は口を開いた。
「……もう昔話だよ。小学校の頃ね、私陸上クラブだったの」
「ちょっと意外。安曇がスポーツって」
「似合わない? 身体動かすのは好きなんだよ。走るのも結構早かったし。で、怜央の方は昔から身体弱くて運動も止められてたのね」
「まあ、そうよね」
「五年生のときかな。体育の授業で運動会の練習したんだけど、そのときだけは男女合同でやってたのね。二人ずつ五十メートル走やったんだけど、ちょうど私と怜央が同じ組になっちゃって」
「じゃあ、圧勝?」
「ううん。ギリギリで私の勝ち」
「手を抜いたの?」
「……ほら、怜央って負けず嫌いっていうかプライド高いとこあるから、皆の前でぶっ千切ったら、その、可哀想だと思って」
「ああ、それがバレちゃったんだ」
「先回りして分からないでよ。ま、その通りなんだけど」
「怒った?」
安曇は「ううん」と首を横に振った。
「傷ついたって顔をして、『もうやめてくれ』って。……そこで怒ってくれてたら、まだ何か違ったかもね」
それで安曇は、本当に『やめちゃった』んだ。
張り合うのを。
向き合うのを。
「ま、それだけの話」
と、安曇は席を立った。
「それで安曇も陸上止めたのね?」
後を追い、休憩室を出て行く背中に問う。
「中学まではやってたよ、陸上。本当に好きなんだよ、身体動かすの」
「じゃあ、何で今はやってないの」
「……陸上止めたのは、もう二年前かな」
二年前。
ああ、そうか。二年前といえば、鹿島くんが宣告を受けたときだ。
あなたの余命は残り二年、と。
「鹿島くんの側にいるため?」
安曇は振り返りもせず、少しだけ肩を竦めて見せるだけだったが、それは明白な肯定だった。
「安曇、待って」
病室へと向かおうとする安曇を、エレベータの前で呼び止める。
「どうしたの?」
振り返った安曇は、何らの表情をも浮かべていなかった。
ただ、疲れていた。
「私、帰るね。病室には寄らない」
「そう?」
「うん、勉強しなきゃだし」
エレベータの『下りる』ボタンを押すと、ドアはすぐに開いた。
「ねえ、安曇」
エレベータに乗りながら、呼びかける。
「安曇はこのままでいいの?」
安曇が小さく首を傾げる。
「どうしろって言うの?」
「張り合わなくていいの?」
『開く』ボタンを押しながら、そう問う。
「いいんだよ。張り合うのは鶴ちゃんの役目。一緒に居るのが私の役目。怜央は鶴ちゃんに夢中だけど、側にいられるのは私だから」
「……それって」
ボタンを離す。
「身体が近いだけでしょう」
エレベータのドアが閉じていく。
目を見開いた安曇の顔は、すぐに見えなくなった。