期末テストで一番になれなかったら死ぬ
「鶴ちゃーん」

 職員室から出ると、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。

 よく聞き慣れた声と口調だ。

 声のする方を見れば、廊下の向こうの曲がり角から、ひらひらと小さな手が私を呼んでいる。

「ありがと、安曇」

「ナイスな放送だったでしょ?」
 と、安曇は両手の親指を立てて見せた。

 事前に放送を頼んでいたわけではない。ただ放送の内容が悪趣味だったから、これは安曇のいたずらではないかと予感があっただけだ。

 何はさておき、早々に階段を上っておく。いつまでも職員室前の廊下に立っている訳にはいかない。

 階段を上っていく生徒が多い。学食からか校庭からか、ともかく教室に戻るのだろう。昼休みはもう終わりに近い。

「鶴ちゃん、お昼は食べれたの? 昼休みすぐに来いって言われてたよね」

「ちゃんとゆっくりいただきました」

「先生待たせて? それじゃ怒られるよ!」

 斜め後ろで安曇が笑う。

「安曇は一階で何してたの? 職員室に用事?」

 私はいつも学食の隅でお弁当を食べ、そのまま『アイスト』をするか昼寝をするかして過ごす。一方の安曇はいつも教室で仲のよいグループと食べている。彼女が昼休みに何をしているのか、私は知らない。

「私は……ちょっと保健室にね!」

 安曇は少し考えながらそう答えた。

「大丈夫? 体調悪いの?」

「ううん。雑用だよ、どうでもいい用事」

 彼女の口調は、柔らかいながらもそれ以上の追求を拒むようなものだった。

 だから私は「ならいいけど」とだけ返事をした。

 二年生の教室が並ぶ三階、その廊下を歩いていると、嫌でも目に入る物がある。

 一学期中間テストの順位表だ。

 何も廊下に貼り出さなくてもいいと思う。掲示されるのは一位から三十位までだし、私のように興味を欠片も持たない生徒だっているのだから。

 我が井の高は、一応進学校である。そんな学校としては、順位表に関係のない生徒などいないといいたいのだろう。下位の生徒は、自分の名が掲げられるのを目指せ、励みにしろ、とそう仰りたいのだろう。

 各教科ごとの成績が並び、最後に一際大きく総合点の順位が張り出されている。

 ふと、他意なく、何の気なしに、一位のところに目をやってしまう。

 『一位 二年二組 鹿島(かしま)怜央(れお)』。

 誰かは知らない。どうでもいい。

 ただ、かつて一度は私の名前がそこにあり、それを喜ぶ私がいたというだけ。それだけの意味ない感傷だ。

「鶴ちゃん」

 不意に安曇が私を呼んだ。

「んー?」

 私は気のない返事をしながら、ゆっくりと掲示板から目を離した。

「先生に順位のこと言われたの?」

「ん? もしかして話聞いてたの?」

 安曇は「ううん」と首を振った。

「今順位表見てたから」

 無駄に鋭い子だ。よく人のことを見ている。

「こんなところに貼ってあったら、嫌でも見ちゃうでしょう」

「そだねぇ」

 と、安曇も順位表を見た。その掲示の、一位の辺りを。

「……嫌な物見たら、気分悪くなっちゃった」

 私が足を止めると、少し前で安曇も立ち止まった。

「私保健室行くから、先生によろしく」

「えーまた? 出席足りるの?」

 笑い混じりに安曇が言う。

「そんなにはサボってないから平気よ、平気」

 踵を返して歩きだすと、背中から安曇の声が追いかけてきた。

「今日、放課後暇ー? 暇なら遊び行こうよ!」

 背中越しに「はーいはい」と手を振りながら、私はその場を後にした。



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