期末テストで一番になれなかったら死ぬ
 電車に乗って暫く経つ頃、雨が降り出した。

 家に帰るまでは保つかなと思っていたが、間に合わなかった。

 傘は持っていない。駅ビルで買って帰ろうか。でも駅から家までなんて十分足らず。そのためだけに傘を買うのは馬鹿らしい。

 もっと早く帰っていれば。いや、最初から行かなければ。

 そうすればこんな気持ちにはならなかったのに。

 後悔したところでもう遅い。何もかも今更だ。

 『お母さんだった人』。そう呼んだときの、前の母の表情を思い出す。

 あの人に持ち帰られたくなくて、結局アイスコーヒーはかけなかった。

 でも、考えてみれば、テーブルに置いたお札はあの人が持って帰ることになる。あれは私のものではない。夏休みに希帆さんからもらった一万円札だ。それを置いてきてしまった。

 それに……私のかけた言葉はあの人の中に残ってしまう。

 きっとあの言葉は、前の母を傷つけた。

 当然だ。そのために発した言葉なのだから。

 でもきっと、その傷は絆になる。

 あの人が残した煙草の臭いと同じにだ。

 音は消える。臭いも消える。

 でも、傷は消えない。

 私の中に傷が今もあるように、きっとお母さん、いや、前の母の中にも残るだろう。

 車窓を伝う雨滴を見ながら考えているうちに、鹿島くんに会いたくなった。

 『一番になれなかったら死ぬ?』。

 私の言葉が、傷になって残っているか。

 それを、確かめたくて。



 井の頭線三鷹台駅で降りて、そこからの道を歩いた。

 くじら山病院は、駅からだと徒歩二十分ほどかかる位置にある。いつもはバスで通っていたので歩いたことはないが、スマホの地図でルートは調べた。

 暫くして、傘を買えばよかったかなと後悔した。最初は降っているか降っていないかくらいの小降りだったのに、次第に雨脚は強くなっていった。駅前にはコンビニもあったのに、住宅街の狭い道に入ってからは、お店らしいものが殆どなくなってしまっていた。

 病院に着いた頃には、髪も服も結構な濡れ具合になっていたようだった。自分ではよく分からなかったけれど、受付のお姉さんが驚いていたから、ちょっと可怪しいレベルで濡れていたのだろう。

 エレベータに乗り、廊下を歩き、病室の前にたどり着いたところで、思わずへたり込みそうになった。

 『面会謝絶』。

 札にはそう書かれていた。



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