期末テストで一番になれなかったら死ぬ
放課後は、約束どおり安曇と吉祥寺へ遊びに行った。
吉祥寺は学生の街で、お手頃なカフェや食堂、ラーメン屋で溢れている。街行く人々の中でも、大学生らしい若者や制服姿の中高生が目立つ。私たちと同じ井の高の生徒も珍しくない。吉祥寺は学校から電車で一駅であり、井の高生にとっては寄り道の定番なのだ。
今日は東急裏の小洒落たラーメン屋に並んだ。期間限定の魚介豚骨豆乳タピオカ紅茶ラーメンを食べに行くためだ。肝心の見た目は悪くなかった。スープに浮かぶネギは田んぼに生えた稲のようで、タピオカは言うまでもなくカエルの卵。安曇は喜んで何枚も写真を撮っていた。なお、味の方は一刻も早く期間を限定しないとお店が潰れると思わせるものだった。
食後はサンロードのカフェに腰を落ち着けた。チェーンのカフェは、安いし分煙がしっかりしているしで、安定感抜群だ。二階窓際、外に向かった席に安曇と並んで座っている。
ラテを頼むと田んぼを思い出しそうだったので、私はアイスコーヒーにした。安曇はここでもタピオカだった。前世はヘビなのかもしれない。
「さっきのはツイッターに上げるの?」
隣でスマホをいじっている安曇に尋ねる。
「うん。これはインスタじゃなくて、ツイッター案件だね。鶴ちゃん分かってる!」
安曇はネタによってSNSを使い分けているらしい。以前言っていた。『イケてる私はインスタグラム、抜けてる私はツイッター』と。
窓から外を見る。二階席からは商店街が見渡せる。
行き交う人々には二種類いる。目的地のある人と、ない人。それは見ればすぐ分かる。
私たちはいつも時間を持て余している。放課後の長い時間、そして卒業までの長すぎる時間。その時間をいかに潰すか。いかに空費するか。それが私と安曇のテーマになっている。
国語の教科書に載っていた中島敦の『山月記』。そこに出てくる、虎になってしまったガリ勉超エリート。彼が語った言葉を、私は今も覚えている。曰く、『人生は何事をも爲さぬには餘りに長いが、何事かを爲すには餘りに短い』。時間は遣いきるのも大変なのだ。
とはいうものの、だ。時間が有限であるのもまた事実。
私もスマホを取り出し、『アイドリング・ストップ!』を起動する。定期的にスタミナを消化しておかないと、勿体なくて仕方ない。
「……あ」
すっかり忘れていた。今レネは補習中でライブができないのだということを。
再びライブをするためには、一通りイベントを読み進める必要がある。読み飛ばすこともできるにはできるが……レネと共に歩む者として、彼女の苦難をスキップするのはどうにも申し訳ない。
仕方ない。今のうちにイベントを読み進めようかと思ったその時、
「ねーね、鶴ちゃん」
と、スマホを見たままの安曇が声をかけてきた。
「さっきさー、保健室で誰かに会わなかった?」
思わず息を詰まらせる。
動揺を悟られぬようスマホには目を遣ったまま「んんっ」と小さく咳をする。
「何で?」
私が質問で返すと、安曇は小さく笑った。
「あ、やっぱり会った?」
違和感がよぎる。
何故安曇はそんな訊き方をしたのか? 『誰かに会った』なんて、確信を持ったうえで後は事実を確かめるだけみたいな訊き方を? 外で見ていた? 私の後をつけて?
違う。
青木先生を釣り出す放送をかける前、安曇は一階にいた。保健室に用があったと言った。
三階の廊下で安曇と別れた後、私が保健室に入ったとき、彼はベッドで横になっていた。
「安曇、鹿島くんと仲いいの?」
カップを持ったまま、安曇が目を見開く。
「……うーん。鶴ちゃんに彼氏や友だちができないのは、察しがよすぎるからだよね!」
「お褒めにあずかり光栄だわ」
「あの子、怜央って昔から体弱いんだー」
窓の外を見ながら安曇が呟いた。
「付き合い長いの?」
「幼稚園からずっとだよ、ずーっと」
「幼なじみね」
「かーもね」
安曇がカップを振る。ころんと氷の音
少し黙った後、安曇は「ね」と私の方を見た。
「鶴ちゃんはさ、何で彼氏つくらないの?」
そしてとんでもないことを尋ねてきた。
窓の外を見て、呼吸を整える。
「……男の方が寿命短いからよ」
「そうなの?」
「平均寿命でいえばね」
「先立たれるのは嫌?」
「いついなくなるかって考えながら生きてくなんてね」
それだけ応えて、私はストローをくわえた。
よくそんな個人の根幹に直結するようなことを訊けるなと思ったが、冷静に考えてみると、その質問ほ高校生の間では多分『おはよう』と同じくらい日常的な挨拶で、それを尋ねるのに一大決心が必要だなどと思っているのは私くらいのものだと気がついた。
何で彼氏つくらないの?
私は、あの人にそれを訊けずにいる。
吉祥寺は学生の街で、お手頃なカフェや食堂、ラーメン屋で溢れている。街行く人々の中でも、大学生らしい若者や制服姿の中高生が目立つ。私たちと同じ井の高の生徒も珍しくない。吉祥寺は学校から電車で一駅であり、井の高生にとっては寄り道の定番なのだ。
今日は東急裏の小洒落たラーメン屋に並んだ。期間限定の魚介豚骨豆乳タピオカ紅茶ラーメンを食べに行くためだ。肝心の見た目は悪くなかった。スープに浮かぶネギは田んぼに生えた稲のようで、タピオカは言うまでもなくカエルの卵。安曇は喜んで何枚も写真を撮っていた。なお、味の方は一刻も早く期間を限定しないとお店が潰れると思わせるものだった。
食後はサンロードのカフェに腰を落ち着けた。チェーンのカフェは、安いし分煙がしっかりしているしで、安定感抜群だ。二階窓際、外に向かった席に安曇と並んで座っている。
ラテを頼むと田んぼを思い出しそうだったので、私はアイスコーヒーにした。安曇はここでもタピオカだった。前世はヘビなのかもしれない。
「さっきのはツイッターに上げるの?」
隣でスマホをいじっている安曇に尋ねる。
「うん。これはインスタじゃなくて、ツイッター案件だね。鶴ちゃん分かってる!」
安曇はネタによってSNSを使い分けているらしい。以前言っていた。『イケてる私はインスタグラム、抜けてる私はツイッター』と。
窓から外を見る。二階席からは商店街が見渡せる。
行き交う人々には二種類いる。目的地のある人と、ない人。それは見ればすぐ分かる。
私たちはいつも時間を持て余している。放課後の長い時間、そして卒業までの長すぎる時間。その時間をいかに潰すか。いかに空費するか。それが私と安曇のテーマになっている。
国語の教科書に載っていた中島敦の『山月記』。そこに出てくる、虎になってしまったガリ勉超エリート。彼が語った言葉を、私は今も覚えている。曰く、『人生は何事をも爲さぬには餘りに長いが、何事かを爲すには餘りに短い』。時間は遣いきるのも大変なのだ。
とはいうものの、だ。時間が有限であるのもまた事実。
私もスマホを取り出し、『アイドリング・ストップ!』を起動する。定期的にスタミナを消化しておかないと、勿体なくて仕方ない。
「……あ」
すっかり忘れていた。今レネは補習中でライブができないのだということを。
再びライブをするためには、一通りイベントを読み進める必要がある。読み飛ばすこともできるにはできるが……レネと共に歩む者として、彼女の苦難をスキップするのはどうにも申し訳ない。
仕方ない。今のうちにイベントを読み進めようかと思ったその時、
「ねーね、鶴ちゃん」
と、スマホを見たままの安曇が声をかけてきた。
「さっきさー、保健室で誰かに会わなかった?」
思わず息を詰まらせる。
動揺を悟られぬようスマホには目を遣ったまま「んんっ」と小さく咳をする。
「何で?」
私が質問で返すと、安曇は小さく笑った。
「あ、やっぱり会った?」
違和感がよぎる。
何故安曇はそんな訊き方をしたのか? 『誰かに会った』なんて、確信を持ったうえで後は事実を確かめるだけみたいな訊き方を? 外で見ていた? 私の後をつけて?
違う。
青木先生を釣り出す放送をかける前、安曇は一階にいた。保健室に用があったと言った。
三階の廊下で安曇と別れた後、私が保健室に入ったとき、彼はベッドで横になっていた。
「安曇、鹿島くんと仲いいの?」
カップを持ったまま、安曇が目を見開く。
「……うーん。鶴ちゃんに彼氏や友だちができないのは、察しがよすぎるからだよね!」
「お褒めにあずかり光栄だわ」
「あの子、怜央って昔から体弱いんだー」
窓の外を見ながら安曇が呟いた。
「付き合い長いの?」
「幼稚園からずっとだよ、ずーっと」
「幼なじみね」
「かーもね」
安曇がカップを振る。ころんと氷の音
少し黙った後、安曇は「ね」と私の方を見た。
「鶴ちゃんはさ、何で彼氏つくらないの?」
そしてとんでもないことを尋ねてきた。
窓の外を見て、呼吸を整える。
「……男の方が寿命短いからよ」
「そうなの?」
「平均寿命でいえばね」
「先立たれるのは嫌?」
「いついなくなるかって考えながら生きてくなんてね」
それだけ応えて、私はストローをくわえた。
よくそんな個人の根幹に直結するようなことを訊けるなと思ったが、冷静に考えてみると、その質問ほ高校生の間では多分『おはよう』と同じくらい日常的な挨拶で、それを尋ねるのに一大決心が必要だなどと思っているのは私くらいのものだと気がついた。
何で彼氏つくらないの?
私は、あの人にそれを訊けずにいる。