【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 2

期待に添えられません

 トングで出された温かいおしぼりで手を拭いてから、菓子と言っても通じるアミューズ・ブーシュを摘まむ。
 甘くないクッキーの上にゼリーやパテがのった物だ。

 チラリと向かいに座っている百合恵を見ると、座り姿が美しく、手で摘まんで食べる物も袖を押さえて上品に口に運んでいる。

 小さなアミューズ・ブーシュを口に入れてから、彼女は佑の視線に気付き照れくさそうに微笑んでみせた。
 佑もそれにビジネススマイルを向け、自身の手元に視線を落として考える。

(良くも悪くも神経質で、丁寧そうな人だな。思い切って断った方がいいのか、外堀を埋めながら少しずつ話していった方がいいのか)

 見るも楽しい、品のいい料理を前にしながら、佑は冷酷な事を考えている。

 そのあともセロリのポタージュ、カラフルなサラダに焼きたてパンが出され、主に両家の親の会話が続いていく。

 主役である佑と百合恵も、話を振られると答えたが、それほど積極的に会話に参加する感じではない。
 佑は気乗りしていないだけだが、百合恵としてはあまり積極的に話しても引かれてしまうと思っているのだろうか。

 いずれにせよ食事が終われば二人きりになるので、その時にじっくり……と彼女が考えているのは間違いない。
 小野瀬家の夫婦はChief Everyの話などもしてくれるのだが、その気遣いが今は逆に申し訳ない。

 その後、フォアグラ、鰆のポワレ、口直しのソルベ、牛フィレ肉のローストが出たあと、デザートが出て、コーヒーでフィニッシュになる。

 食事中ずっと観察していたが、百合恵は実にお嬢様らしい女性だ。
 話題を振られれば場を盛り上げる適切な言葉を言え、それでいて出しゃばりすぎない。
 高級レストランにいても場慣れしていて、食事の所作が綺麗だ。
 笑い方も控えめなのに、目元は実に楽しそうに細められている。
 自分がどのように振る舞えば、周りを楽しくさせ、場の空気を良くさせるか熟知している人だと直感した。

 そういう、〝心得ている人〟こそプライドが高いと佑は思っている。

 自分のやる事に特に気を遣っていない人は、否定されても肯定されても、割とナチュラルに流す気がする。
 だが考え抜いて誰かのために、皆のためにと動いている人ほど、肯定すれば喜ぶだろうが、否定すると「こんなに気を遣ったのに」と怒ったり落ち込んだりしやすい。

 百合恵の性格をすべて掴んだ訳ではないが、一時間半ほどの食事で佑は大体彼女の反応を掴んでいた。

 やがてコーヒーを飲み終わったあと、両親たちは「私たちは別のところでお話しましょう」と席を外した。
 個室には佑と百合恵だけになり、先に彼女が話し掛けてきた。

「今日、お会いできて本当に嬉しいです。実は……ミーハーと言われるかもしれませんが、御劔さんの事をテレビや雑誌などでも拝見していて、ずっと憧れていたんです。なので今回のお話が夢のようで……」

 頬を染めて笑う百合恵は、控えめに、けれど確実に好意を表してきた。

(あまり先延ばしして期待させるのもやめよう。肝心な事は先に言った方がいい)

 仕事でも断りの返事はどれだけ言いづらくても、きっぱり告げるようにしていた。
 下手に時間をおけば先方を不安にさせるし、耳良い言葉で誤魔化せば期待させる。
 残酷と言われようが、きちんと断った方がお互い〝次〟を見られる時もある。

「百合恵さん、私から一つ、謝らなくてはいけない事があります」

「……なんでしょう」

 微笑みながらも、彼女は瞬時に脳内で様々な可能性を考えたようだ。
 そこもやはり、鋭くて神経質な人だと思う。

「とても言いづらいのですが、今回の食事の予定を私は聞かされていませんでした」

「……と言いますと?」

「母から小野瀬さんに見合いを兼ねた食事を……と話があったと思うのですが、最初、私の意志を無視した形で予定が組まれてしまいました」

 微笑んでいる百合恵の表情が固くなる。

「私には現在、お付き合いしている女性がいます。お約束してしまった以上、今日は参上しましたが、お見合いという意味では百合恵さんの期待に添えられません。申し訳ございません」

 佑は深く頭を下げ、十分時間を取ってから顔を上げる。

「――――」

 百合恵は、能面のような顔をしていた。
 無表情というより、微笑んだままなのだが、その中に様々な感情が隠されている。そんな顔だ。

「承知しました。よく確認せず合意した私たちにも非があると思います。せっかくのお話ですが、残念です」

 物わかり良く頷いてくれて、ひとまずは安心する。
 だが百合恵のように様々な感情を奥に押し殺すタイプの人を見ると、あとからどう爆発するかが少し心配だ。

「申し訳ございません。百合恵さんが今後、私よりずっと良い男性と出会えるのを祈っています」

「……ありがとうございます」

 百合恵の声は外見の印象通り細くしなやかだが、今ばかりは消え入りそうな声になっていた。
 そのあと気まずい沈黙が落ちたが、やはり百合恵の方から切り出した。

「……では、出ましょうか。これ以上する話もありませんし、長居しても何も生まれませんから」

「……そうですね」

 百合恵の言い方に悲壮感が漂っているが、ここでフォローしても余計泥沼化するのみだ。

 できるだけさっぱり、後を引かせないようにと思うと、こうなってしまった。
 可能なら仕事に影響がないようにしたかったが、縁談を断るからにはマイナス方向にしかならない。
 断る事によってマイナス、良くてゼロになっても、プラスに転じる事などない。

 気まずいながらも立ち上がり、個室の隅にあるコート掛けに手を伸ばし、先に百合恵の和装コートを「どうぞ」と広げる。

「ありがとうございます」

 こうされて当たり前に育ったのだろう。百合恵は背中を向けて肩に掛けてもらい、自分で前を整える。
 佑もチェスターコートを着てマフラーを巻き、どちらからともなく無言で個室の外に出た。

 会計は佑がし、店の外に出る。

「では、私はここで。両親がいる場所は分かっておりますので、そちらに合流します」

 百合恵が会釈をし、佑はもう一度頭を下げる。

「本当に申し訳ございませんでした」

「あまり謝らないでください。余計、惨めになりますから」

 しかし百合恵に言われ、それもそうかと顔を上げた。

「せっかくのご縁はなくなってしまいましたが、いずれ私の傷が癒えたらお友達になってください。どこかでお会いしたら、笑顔でお話しましょう」

「ありがとうございます」

 百合恵の言葉に感謝し、佑は彼女が会釈をして歩き出したのを確認してから、ひとまず反対方向に歩き出した。

(香澄はどうしてるかな)

 とりあえず歩いて角を一つ曲がり、スマホを出して香澄に電話を掛けた。
 しばらくコール音が続いたあと、『はい』と香澄が応答する。

「香澄? いま外か? 何か音が……」

 家にいるなら環境音はほぼないだろうが、彼女の向こうから街中とおぼしき騒がしい音が聞こえる。

『あ、はい。いま銀座にいます』

「銀座?」

 歩いてすぐの距離にいると知り、佑の声が跳ね上がる。

『デパートでちょっと見たい物があって、色々……人に揉まれて買い物しました』

「いま近くにいるから、合流しないか? 銀座のどこ?」

『あ、まだデパートの中です。ホットケーキが美味しそうで……でもお値段にビビっていたら、久住さんが〝何事も経験です〟って一緒に入ってくれました』

「……へぇ……」

 ピキッと佑の笑顔が凍る。
 道行く人が御劔佑の姿を認めて騒ぎ始めているのをよそに、彼は笑顔をヒクつかせていた。

「ちょっと、これから向かうからそのまま待っててくれ」

『分かりました』

 香澄が何階の何と言うカフェにいるのか聞いたあと、佑は剣呑な目で溜め息をついてから踵を返した。



**



 午前中に家を出た香澄だが、久住が護衛としてついてくるというので、道案内も兼ねてお願いした。

 最初は車での移動を提案されたが、佑が一緒にいる訳ではないのにそこまでお姫様扱いされるのも……と思い、普通に交通機関を使った。
 そもそも東京に来てから思っているほど交通機関を使っておらず、慣れるのも必要だと思ったからだ。

 久住は休日の人混みに溶け込むためか、私服で行動している。
 黒いパンツにシャツ、セーターにコート姿で、スラリと背が高く顔も整っているので、一緒に歩いているとどこか微妙な気持ちになる。

(少なくとも、何も知らない人が私たちを見たらカップルとか思うのかな……)

 南北線に乗ってから途中で乗り換えをし、銀座線に乗って約三十分ほどで銀座の中心部に着いた。
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