【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 2
それは、何の『ごめんなさい』?
「あなたが、御劔さんの恋人ですか?」
「え……」
この状況でどう回答すべきか、香澄は一瞬の間で猛烈に考える。
とっさに「秘書です」と言い逃れしようとした時、パンッと頬を叩かれた。
「え……っ」
女性の力な上、多少の加減はされていたので、それほど痛いという訳ではない。
だが頬を叩かれて衝撃はあり、遅れてジワッ……と鈍い痛みが訪れる。
「百合恵さん!?」
佑が思わず彼女――百合恵の腕を掴む。
エスカレーターで階下に向かおうとする客や、二階にいる他の客は好奇心を剥き出しにこちらを見ていた。
「百合恵」
彼女の父も咎めるような声を出し、母は何とも言えない表情だ。
「私がフラれたのを、どこかで見ていたんですか? 佑さんが断ると知っていて、近くで待ち構えていて、私を笑いものにしたんですか!?」
見るからに繊細そうな百合恵は、美しい顔を歪めて香澄を罵る。
「百合恵さん、落ち着いてください」
佑は百合恵を香澄から引き離す。
「あんまりです……っ! 私がどんな思いで……っ」
涙を流す百合恵を見て、香澄はどう反応したらいいのか分からないでいる。
佑はまず香澄をチラッと見て無事か確認したあと、見合い相手の両親に頭を下げた。
「百合恵さんを傷付けてしまい、申し訳ございません」
人が見ているというのに、佑は人目を気にせず謝罪する。
「彼女は確かに私の恋人ですが、待ち合わせをしていた訳ではありません。彼女は所用があってここにいて、会ったのは偶然です。どうかそれは信じてください」
佑は頭を下げたままなので、百合恵の両親も人目を気にしてばつの悪い表情になる。
「御劔さんのお母様から、事情はお聞きしました。こちらも早合点して確認を怠り、すみませんでした」
父も頭を下げ、母も溜め息をつきつつ娘を咎める。
「百合恵、人前ではしたない事をするんじゃありません」
自分が傷ついたというのに両親に注意され、彼女は明らかに傷ついた顔をする。
(あぁ……)
それを見ていた香澄は何とも言えない気持ちになり、彼らから離れた場所でただ立ち尽くすしかできない。
久住はそれとなく香澄の前に立ち、こちらを睨む百合恵の視線から守る場所にいた。
「私の方こそ、本来お見合いをする意志はなかったとお伝えするのが遅くなり、かえって誤解を招いて申し訳ございませんでした。お約束をしてしまったからとは言え、先に事実をお伝えしなかったのは誠意がありませんでした」
周囲には佑に向けてスマホを掲げる人も現れ、その人たちを久住が一喝した。
「プライベートであるため、撮影はおやめください。あとからSNS等で写真や動画が見つかった場合、訴えさせて頂く可能性があります」
訴えるという言葉を聞き、スマホを手にしていた人たちは慌てて手を引っ込め、その場を立ち去る。
「……とにかく、御劔さんにもご迷惑をお掛けするから、今日は帰るわよ」
母に言われ、百合恵は涙を纏った目で香澄を睨む。
そのまま、両親は佑に会釈をし、百合恵を連れてエスカレーターに乗って一階に向かった。
「……香澄、大丈夫か?」
「……はい」
百合恵たちが一階に向かったので、佑は一瞬どこに向かうか迷ったようだった。
だがすぐに「行こう」と彼女の手を取ってエスカレーターに乗る。
そのまままっすぐ地下まで向かい、小金井が駐車しているフロアまで行くと連絡をして、まわされた車の中に乗り込んだ。
すぐに佑は車内にあるボタンを押し、運転手と後部座席との仕切りを上げる。
「……すまなかった」
「いいえ」
「ああなると想定すべきだったな」
佑は溜め息をつき、前髪を掻き上げる。
「佑さんはさっき言いましたけど、私がチョコレートを買いに出掛けたのは偶然ですし、お見合いのあとに百合恵さん? が、あそこに来たのも偶然です。どちらにも他意はありませんでしたし、誰も悪くなかったと思います」
「ん……。頬、大丈夫か?」
佑が叩かれた左頬に触れてきて、香澄は思わず微笑む。
「大丈夫ですよ。大した力じゃなかったですし。私の親友なんて、バレー部だったからすっごい力が強いんです。それと比べたら、お嬢様のビンタなんて何でもありません」
「え? 親友に叩かれた事あるのか?」
「そうじゃないです。ゲーセンとかで色々」
「あぁ……。びっくりした……」
二人で笑い合ったあと、佑が手を握ってくる。
「……もう二度と、こんな事のないようにするから」
「はい。……でも、あんまり気にしないでくださいね? お母様と行き違いがあったのは分かっていますし、百合恵さんが佑さんに期待する気持ちも分かります。だからこうなるのもある意味当然だったんです」
佑を心配させないようにと言ったのだが、彼は苦笑いして香澄の頭を撫でてくる。
「あまり自分を過小評価しなくていい。俺は香澄が大切だし、今後君がいるのに他の女性と私的に会わない。ただそれだけのシンプルな話をしてるんだ」
「……はい」
佑がそう言うのなら、と香澄は頷く。
「今度から……。いや、もう二度とはないが、たとえ家族の手違いがあったとしても、絶対に女性と二人で会わない」
「そこまでしなくても……、私は大丈夫ですから……」
佑があまりに言い切るので、香澄はやんわりと「そこまで気にしなくても大丈夫ですよ」と伝える。
だが手を握ったまま、佑がジッと見つめてきた。
「俺は香澄が男と二人で会ったら嫌だ。俺は香澄と結婚するつもりで同棲しているし、恋人だと思っている。だから自分自身の事も、意図的に異性と二人で会うのは裏切り行為に感じてしまう」
「……そう、……ですね」
逆の立場なら……と思い、急に納得してしまった。
香澄にそのつもりがなくても男性と二人で会えば、佑に心配させてしまう。
それだけは嫌だし、誤解してほしくない。
いまだ佑に向けて強く〝恋人アピール〟できないままだが、香澄は黙って彼の手を握り返した。
白金台の家に帰り、香澄は自室の冷蔵庫に一旦チョコレートを入れておいた。
札幌の家族や友人には、これから梱包をして手紙もつけて郵便局に持って行かなければいけない。
催事場には配送サービスもあったが、それはお金が掛かるのでやめておいた。
(自分のご褒美用にお高いチョコを買ってしまった……)
さすが東京の銀座にある百貨店なだけあり、有名ブランドのチョコレートがズラリとあって何を買えばいいか分からないほどだった。
高級ブランドのロゴを見てニヤニヤすると、香澄は着替えて階下に向かった。
「あれ、何か機嫌がいい?」
「んふふ。チョコレートを見ると、ついニコニコしてしまって……」
「チョコレート、好き?」
「はい!」
満面の笑顔で頷くと、佑も微笑んでくれた。
「おいで」
ソファに座っていた佑は、自分の隣をポンポンと叩く。
そこに収まると、ごく自然に肩を抱かれた。
「……色々あったし、少し時期が早い気がするけど、家族に会ってもらってもいいだろうか?」
「そうですね……。ご挨拶はきちんとした方がいいと思います」
「でも……、まだ覚悟は決まっていないんだよな? 勿論、香澄の了承なく結婚相手と言わない」
核心をついた言葉に、香澄は何も言えず黙ってしまう。
「……何をどうしたら、香澄は俺を好きになってくれるかな?」
苦笑いした佑の声を聞き、ハッとして顔を上げた。
「辛抱強く待っていたら、好きで堪らないってなりそうか?」
(あ……)
東京に越してから一か月、佑と体を重ねる事はあっても、いまだ彼に甘えて「好き」「愛している」と好意を露わにしていない。
好き――だと思う。
愛してる――と思う。
気持ちには応えている。
そんな消極的な態度ばかりで、一緒に暮らしながら佑がジリジリしているのにまで考えが及ばなかった。
「……が、……」
頑張ります、なんて言っても、佑は嬉しくないだろう。
努力しないと好きになれないのでは、彼自身に魅力がないと言っているのと同義だ。
「……ごめんなさい」
新生活に慣れる事に精一杯で、佑と結婚したいと気持ちを深めるのが上手くできていない。
素直に謝ったのだが、彼は傷ついたように笑った。
「それは、何の『ごめんなさい』?」
「え……」
この状況でどう回答すべきか、香澄は一瞬の間で猛烈に考える。
とっさに「秘書です」と言い逃れしようとした時、パンッと頬を叩かれた。
「え……っ」
女性の力な上、多少の加減はされていたので、それほど痛いという訳ではない。
だが頬を叩かれて衝撃はあり、遅れてジワッ……と鈍い痛みが訪れる。
「百合恵さん!?」
佑が思わず彼女――百合恵の腕を掴む。
エスカレーターで階下に向かおうとする客や、二階にいる他の客は好奇心を剥き出しにこちらを見ていた。
「百合恵」
彼女の父も咎めるような声を出し、母は何とも言えない表情だ。
「私がフラれたのを、どこかで見ていたんですか? 佑さんが断ると知っていて、近くで待ち構えていて、私を笑いものにしたんですか!?」
見るからに繊細そうな百合恵は、美しい顔を歪めて香澄を罵る。
「百合恵さん、落ち着いてください」
佑は百合恵を香澄から引き離す。
「あんまりです……っ! 私がどんな思いで……っ」
涙を流す百合恵を見て、香澄はどう反応したらいいのか分からないでいる。
佑はまず香澄をチラッと見て無事か確認したあと、見合い相手の両親に頭を下げた。
「百合恵さんを傷付けてしまい、申し訳ございません」
人が見ているというのに、佑は人目を気にせず謝罪する。
「彼女は確かに私の恋人ですが、待ち合わせをしていた訳ではありません。彼女は所用があってここにいて、会ったのは偶然です。どうかそれは信じてください」
佑は頭を下げたままなので、百合恵の両親も人目を気にしてばつの悪い表情になる。
「御劔さんのお母様から、事情はお聞きしました。こちらも早合点して確認を怠り、すみませんでした」
父も頭を下げ、母も溜め息をつきつつ娘を咎める。
「百合恵、人前ではしたない事をするんじゃありません」
自分が傷ついたというのに両親に注意され、彼女は明らかに傷ついた顔をする。
(あぁ……)
それを見ていた香澄は何とも言えない気持ちになり、彼らから離れた場所でただ立ち尽くすしかできない。
久住はそれとなく香澄の前に立ち、こちらを睨む百合恵の視線から守る場所にいた。
「私の方こそ、本来お見合いをする意志はなかったとお伝えするのが遅くなり、かえって誤解を招いて申し訳ございませんでした。お約束をしてしまったからとは言え、先に事実をお伝えしなかったのは誠意がありませんでした」
周囲には佑に向けてスマホを掲げる人も現れ、その人たちを久住が一喝した。
「プライベートであるため、撮影はおやめください。あとからSNS等で写真や動画が見つかった場合、訴えさせて頂く可能性があります」
訴えるという言葉を聞き、スマホを手にしていた人たちは慌てて手を引っ込め、その場を立ち去る。
「……とにかく、御劔さんにもご迷惑をお掛けするから、今日は帰るわよ」
母に言われ、百合恵は涙を纏った目で香澄を睨む。
そのまま、両親は佑に会釈をし、百合恵を連れてエスカレーターに乗って一階に向かった。
「……香澄、大丈夫か?」
「……はい」
百合恵たちが一階に向かったので、佑は一瞬どこに向かうか迷ったようだった。
だがすぐに「行こう」と彼女の手を取ってエスカレーターに乗る。
そのまままっすぐ地下まで向かい、小金井が駐車しているフロアまで行くと連絡をして、まわされた車の中に乗り込んだ。
すぐに佑は車内にあるボタンを押し、運転手と後部座席との仕切りを上げる。
「……すまなかった」
「いいえ」
「ああなると想定すべきだったな」
佑は溜め息をつき、前髪を掻き上げる。
「佑さんはさっき言いましたけど、私がチョコレートを買いに出掛けたのは偶然ですし、お見合いのあとに百合恵さん? が、あそこに来たのも偶然です。どちらにも他意はありませんでしたし、誰も悪くなかったと思います」
「ん……。頬、大丈夫か?」
佑が叩かれた左頬に触れてきて、香澄は思わず微笑む。
「大丈夫ですよ。大した力じゃなかったですし。私の親友なんて、バレー部だったからすっごい力が強いんです。それと比べたら、お嬢様のビンタなんて何でもありません」
「え? 親友に叩かれた事あるのか?」
「そうじゃないです。ゲーセンとかで色々」
「あぁ……。びっくりした……」
二人で笑い合ったあと、佑が手を握ってくる。
「……もう二度と、こんな事のないようにするから」
「はい。……でも、あんまり気にしないでくださいね? お母様と行き違いがあったのは分かっていますし、百合恵さんが佑さんに期待する気持ちも分かります。だからこうなるのもある意味当然だったんです」
佑を心配させないようにと言ったのだが、彼は苦笑いして香澄の頭を撫でてくる。
「あまり自分を過小評価しなくていい。俺は香澄が大切だし、今後君がいるのに他の女性と私的に会わない。ただそれだけのシンプルな話をしてるんだ」
「……はい」
佑がそう言うのなら、と香澄は頷く。
「今度から……。いや、もう二度とはないが、たとえ家族の手違いがあったとしても、絶対に女性と二人で会わない」
「そこまでしなくても……、私は大丈夫ですから……」
佑があまりに言い切るので、香澄はやんわりと「そこまで気にしなくても大丈夫ですよ」と伝える。
だが手を握ったまま、佑がジッと見つめてきた。
「俺は香澄が男と二人で会ったら嫌だ。俺は香澄と結婚するつもりで同棲しているし、恋人だと思っている。だから自分自身の事も、意図的に異性と二人で会うのは裏切り行為に感じてしまう」
「……そう、……ですね」
逆の立場なら……と思い、急に納得してしまった。
香澄にそのつもりがなくても男性と二人で会えば、佑に心配させてしまう。
それだけは嫌だし、誤解してほしくない。
いまだ佑に向けて強く〝恋人アピール〟できないままだが、香澄は黙って彼の手を握り返した。
白金台の家に帰り、香澄は自室の冷蔵庫に一旦チョコレートを入れておいた。
札幌の家族や友人には、これから梱包をして手紙もつけて郵便局に持って行かなければいけない。
催事場には配送サービスもあったが、それはお金が掛かるのでやめておいた。
(自分のご褒美用にお高いチョコを買ってしまった……)
さすが東京の銀座にある百貨店なだけあり、有名ブランドのチョコレートがズラリとあって何を買えばいいか分からないほどだった。
高級ブランドのロゴを見てニヤニヤすると、香澄は着替えて階下に向かった。
「あれ、何か機嫌がいい?」
「んふふ。チョコレートを見ると、ついニコニコしてしまって……」
「チョコレート、好き?」
「はい!」
満面の笑顔で頷くと、佑も微笑んでくれた。
「おいで」
ソファに座っていた佑は、自分の隣をポンポンと叩く。
そこに収まると、ごく自然に肩を抱かれた。
「……色々あったし、少し時期が早い気がするけど、家族に会ってもらってもいいだろうか?」
「そうですね……。ご挨拶はきちんとした方がいいと思います」
「でも……、まだ覚悟は決まっていないんだよな? 勿論、香澄の了承なく結婚相手と言わない」
核心をついた言葉に、香澄は何も言えず黙ってしまう。
「……何をどうしたら、香澄は俺を好きになってくれるかな?」
苦笑いした佑の声を聞き、ハッとして顔を上げた。
「辛抱強く待っていたら、好きで堪らないってなりそうか?」
(あ……)
東京に越してから一か月、佑と体を重ねる事はあっても、いまだ彼に甘えて「好き」「愛している」と好意を露わにしていない。
好き――だと思う。
愛してる――と思う。
気持ちには応えている。
そんな消極的な態度ばかりで、一緒に暮らしながら佑がジリジリしているのにまで考えが及ばなかった。
「……が、……」
頑張ります、なんて言っても、佑は嬉しくないだろう。
努力しないと好きになれないのでは、彼自身に魅力がないと言っているのと同義だ。
「……ごめんなさい」
新生活に慣れる事に精一杯で、佑と結婚したいと気持ちを深めるのが上手くできていない。
素直に謝ったのだが、彼は傷ついたように笑った。
「それは、何の『ごめんなさい』?」