【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 2
コーヒーショップでの遭遇
「ぁ……」
――間違えた。
「そう……じゃなくて」
香澄は何か言おうとして口を喘がせ――、閉じてしまう。
「難しいな。俺たちの心の距離は、何があったら近付くだろうな」
苦笑いしたまま佑は息をつき、抱いていた香澄の肩を離す。
それだけの行為に、なぜかとても傷ついた。
くっついたら、いつか離れる。
手が疲れたのかもしれないし、ただ意図しないタイミングだったのかもしれない。
それでも〝今〟体を離されたのが、堪らなくつらかった。
(私のせいなのに。自分で不和の種を撒いておいて、拒絶されて傷つくなんて……)
自分の身勝手さが嫌になり、香澄は静かに息をつく。
「……でも、三月の上旬になったら、家族と会うためのセッティングをする」
「……はい」
「すぐじゃなくてごめん。皆忙しい人だから、近々のスケジュールは大体埋まっていると思うんだ」
「いえ、忙しいのは当然だと思いますし、いつでも大丈夫です」
そのあと、ぎこちない沈黙が落ちる。
「俺たちは何も、無理して付き合っている訳じゃない……と思ってる」
「はい」
「ただ、付き合って浅くて、まだ慣れていないだけ」
佑の言葉に、香澄はコクンと頷く。
勇気を出すべきだと思い、座ったまま彼に向き直った。
「好き。……なんです。佑さんは優しいし、嫌な事をしないし、何でも私の希望に添ってくれようとしています。嫌いになんかなりません。……足りないのは、自信です」
香澄の告白を、佑は黙って聞いてくれている。
「私は、自分が特別じゃないって分かっています。卑下するつもりはありません。でも、佑さんと並んで周囲が納得する女性じゃないのは、確かです」
何か言いかけて口を開いた佑に、香澄はバッと掌をつきつける。
「分かってるんです。佑さんが、『周りの目なんて放っておけ』って言う事も、『親兄弟以外の人に認めてもらう必要はない』っていうのも、分かっているんです」
だからこそのジレンマが、香澄をずっとジリジリと焼いている。
「……っ、佑さんはブランドオレンジで、私はスーパーでネット売りしている蜜柑。佑さんは『蜜柑は美味しいよ』って言ってくれてますが、蜜柑はブランドオレンジの隣に置かれるのが恥ずかしいんです」
懸命に例えを探し、この気持ちが伝わればと彼を見つめる。
「俺の隣にいるのが恥ずかしい?」
その時に、香澄はキッパリと否定ができない。
「……全部、自分の心の問題なんです。過去にバカにされて傷ついた事があるから、私は自分にコンプレックスを抱いたままです。佑さんにだって傷や悩みはあるのに、私から見ると佑さんは完璧でとても綺麗な人に思えるんです。……だから、余計自分が惨めに思えます」
自分の中にある泥を吐き出し、香澄は溜め息をつく。
「……重たいですよね。もっと、何の問題も抱えていない女性の方がいいですよね」
懸命に笑った時、力強い腕に抱き寄せられた。
「…………っ」
痛いほど佑に抱き締められ、顔が彼の胸板に押しつけられる。
「俺は完璧な女性なんて求めてない」
低く押し殺した声が、胸板を反響して聞こえてきた。
「弱くていいよ。待っていたら完璧になれるのか? 人は死ぬ直前になるまで、不完全なままだろう? 後悔して、『ああしておけばよかった。あれをしなければ今頃……』って悔やみながら死んでいく」
大きな手が香澄の後頭部を包むように当たり、優しく撫でていく。
「不完全でいいんだ。二人で悩みながら進んで行こう? 一緒に悩む相手として、俺は香澄を選んだ。俺は欠点など何もない香澄に頼って生きていきたいなんて、これっぽっちも思っていない」
「……はい」
くぐもった声で返事をし、小さく頷くと、佑がそっと体を引いて顔を覗き込んできた。
不思議と、今は彼が離れても何の不安も感じない。
「俺も香澄も、出会う前に歩んできた道がある。その間に色々あった。俺はまだ香澄に詳しく話せていない事があるし、香澄も同じだと思う。でもお互い分かり合うために、無理に昔の事をすべてぶちまけるのも違う」
言われて、香澄は頷いた。
「一緒に過ごして『話せるな』と思ったタイミングを感じたら、その時に言えばいいんだ。俺はたとえ香澄の過去に何があっても、丸ごと受け止める。香澄は?」
「……私も、です」
ここまで自分に対して、まっすぐに、それでいて深く構えてくれている人はいない。
まだ佑にどう接するべきか迷っている時期だが、「この人だけは信じていい」という直感があった。
「……っ、手間を掛けさせて、ごめんなさい……っ」
彼の父性にも似た器の大きさ、優しさを感じると、自然と涙が溢れてきた。
「手間じゃない。……でもこれを仮に〝手間〟と表すなら、何でも手間暇掛けたものの方が、大切に感じられるだろう?」
頷いた香澄は、涙を零しながらも笑っていた。
――温かいなぁ。
無意識に手が伸びて、佑の頬に触れる。
男性とは思えないなめらかな頬を撫でると、彼が香澄の掌にキスをしてきた。
彼もまた、ヘーゼルの瞳を細めて微笑んでくれている。
さっきはあれだけ不安だったのに、佑の言葉を聞き勇気づけられた。
(不思議な人だな。有名人で完璧でとても〝遠い〟人なのに、こんなにも私に親身になってくれて、〝近く〟なろうとする努力をしてくれている)
心の中で呟き、〝努力〟という言葉がストンと胸に落ちた。
(そっか……。努力してくれているんだ。私も努力しないと。彼に相応しくあろうとかじゃなくて、佑さんの心に寄り添う努力をしなきゃ)
自分が目指す方向が分かり、香澄はうん、と頷く。
「これからも迷う事があるかもしれないけど、……宜しくお願いします」
前向きになった香澄の微笑みを見て、佑も温かく笑ってくれた。
**
その後、佑は実家の家族たちに連絡をつけたようで、三月の二週目の週末に挨拶のための食事会を設けたと伝えてきた。
不安もあるし、佑の家族たちにどう受け止められるか怖い。
けれど何もやましい事はないし、佑が側にいてくれるなら堂々と挨拶をしようと決めていた。
二月十四日の金曜日、バレンタインデーは、社内で見かけた人々はどこか全員心ここにあらずという感じだった。
社員食堂で話した荒木たちも、その週末は彼氏とお泊まりデートらしい。
盛り上がって話しながら「週明けに、報告会でもしよっかー」と飲み会の予定も組まれ、香澄は楽しみでならない。
いつかあの三人組と仲良くなれるきっかけがあったら……と思ったが、ようやくお誘いをもらえた感じだ。
気さくな人たちだけれど、向こうも「そろそろ飲みに誘っても失礼じゃないかもしれない」とタイミングを見計らっていたのかもしれない。
明るくて佑にも気を遣わない人たちだが、やはり一般常識はあるのだと思う。
香澄としてはすぐ誘ってもらえても嬉しいけれど、誘う側としては「すぐに距離を詰めたら圧を感じるかもしれない」など、色々配慮しているとも考えられる。
ご機嫌で社員食堂をあとにした香澄は、コーヒーを買うために一度ビルの外に出た。
社員食堂にもコーヒーはあるが、佑はどちらかというと専門店のコーヒーを好んでいる。
Chief Everyで働き始めてから松井をずっと観察していたが、昼休みに食事をしたあとどこかに姿を消していたので尋ねると、佑のためにコーヒーを買いに行っていたのだと教えてもらった。
なので、「新人なのでやらせてください」と自らその役目を買って出たのだ。
加えて、空調の効いたビル内から一度外に出ると、外気を感じて中だるみした気持ちがシャキッとするというのもある。
コートを羽織った香澄はTMタワーから外に出ると、すっかり覚えた近くのコーヒーショップに向けて歩き始めた。
横断歩道を一つ渡った二区画目の途中に店はあり、そこに入って列に並ぶ。
「――分かりました。コーヒー買ってすぐ帰るんで、もう少し待っててください」
香澄の後ろに並んだ若い男性は電話をして入店したらしく、電話は終わって後ろの彼が息をつくのが聞こえた。
「…………」
どうしてか、ソワソワする。
良くない感覚だ。
(……なんか、似てるな。……でも、まさかこんな場所に……)
そう思いながら、香澄はソロリと後ろに立っている人を振り向いてみた。
まず目に入ったのは、黒いチェスターコートを羽織ったスーツの胸元。
佑ほどではないがスラッと背が高く、喉仏の出方に――見覚えがある。
そのまま視線を上げると、いわゆる塩顔、もしくは醤油顔でイケメンと言える部類の男性とバッチリ目が合った。
「…………お」
短髪の彼は奥二重で、けれど大きい目を見開いて香澄を見つめ返してくる。
「…………」
香澄も無言で目をまん丸にし、言葉を失ったまま〝彼〟を見上げた。
「おま…………、……香澄か?」
――間違えた。
「そう……じゃなくて」
香澄は何か言おうとして口を喘がせ――、閉じてしまう。
「難しいな。俺たちの心の距離は、何があったら近付くだろうな」
苦笑いしたまま佑は息をつき、抱いていた香澄の肩を離す。
それだけの行為に、なぜかとても傷ついた。
くっついたら、いつか離れる。
手が疲れたのかもしれないし、ただ意図しないタイミングだったのかもしれない。
それでも〝今〟体を離されたのが、堪らなくつらかった。
(私のせいなのに。自分で不和の種を撒いておいて、拒絶されて傷つくなんて……)
自分の身勝手さが嫌になり、香澄は静かに息をつく。
「……でも、三月の上旬になったら、家族と会うためのセッティングをする」
「……はい」
「すぐじゃなくてごめん。皆忙しい人だから、近々のスケジュールは大体埋まっていると思うんだ」
「いえ、忙しいのは当然だと思いますし、いつでも大丈夫です」
そのあと、ぎこちない沈黙が落ちる。
「俺たちは何も、無理して付き合っている訳じゃない……と思ってる」
「はい」
「ただ、付き合って浅くて、まだ慣れていないだけ」
佑の言葉に、香澄はコクンと頷く。
勇気を出すべきだと思い、座ったまま彼に向き直った。
「好き。……なんです。佑さんは優しいし、嫌な事をしないし、何でも私の希望に添ってくれようとしています。嫌いになんかなりません。……足りないのは、自信です」
香澄の告白を、佑は黙って聞いてくれている。
「私は、自分が特別じゃないって分かっています。卑下するつもりはありません。でも、佑さんと並んで周囲が納得する女性じゃないのは、確かです」
何か言いかけて口を開いた佑に、香澄はバッと掌をつきつける。
「分かってるんです。佑さんが、『周りの目なんて放っておけ』って言う事も、『親兄弟以外の人に認めてもらう必要はない』っていうのも、分かっているんです」
だからこそのジレンマが、香澄をずっとジリジリと焼いている。
「……っ、佑さんはブランドオレンジで、私はスーパーでネット売りしている蜜柑。佑さんは『蜜柑は美味しいよ』って言ってくれてますが、蜜柑はブランドオレンジの隣に置かれるのが恥ずかしいんです」
懸命に例えを探し、この気持ちが伝わればと彼を見つめる。
「俺の隣にいるのが恥ずかしい?」
その時に、香澄はキッパリと否定ができない。
「……全部、自分の心の問題なんです。過去にバカにされて傷ついた事があるから、私は自分にコンプレックスを抱いたままです。佑さんにだって傷や悩みはあるのに、私から見ると佑さんは完璧でとても綺麗な人に思えるんです。……だから、余計自分が惨めに思えます」
自分の中にある泥を吐き出し、香澄は溜め息をつく。
「……重たいですよね。もっと、何の問題も抱えていない女性の方がいいですよね」
懸命に笑った時、力強い腕に抱き寄せられた。
「…………っ」
痛いほど佑に抱き締められ、顔が彼の胸板に押しつけられる。
「俺は完璧な女性なんて求めてない」
低く押し殺した声が、胸板を反響して聞こえてきた。
「弱くていいよ。待っていたら完璧になれるのか? 人は死ぬ直前になるまで、不完全なままだろう? 後悔して、『ああしておけばよかった。あれをしなければ今頃……』って悔やみながら死んでいく」
大きな手が香澄の後頭部を包むように当たり、優しく撫でていく。
「不完全でいいんだ。二人で悩みながら進んで行こう? 一緒に悩む相手として、俺は香澄を選んだ。俺は欠点など何もない香澄に頼って生きていきたいなんて、これっぽっちも思っていない」
「……はい」
くぐもった声で返事をし、小さく頷くと、佑がそっと体を引いて顔を覗き込んできた。
不思議と、今は彼が離れても何の不安も感じない。
「俺も香澄も、出会う前に歩んできた道がある。その間に色々あった。俺はまだ香澄に詳しく話せていない事があるし、香澄も同じだと思う。でもお互い分かり合うために、無理に昔の事をすべてぶちまけるのも違う」
言われて、香澄は頷いた。
「一緒に過ごして『話せるな』と思ったタイミングを感じたら、その時に言えばいいんだ。俺はたとえ香澄の過去に何があっても、丸ごと受け止める。香澄は?」
「……私も、です」
ここまで自分に対して、まっすぐに、それでいて深く構えてくれている人はいない。
まだ佑にどう接するべきか迷っている時期だが、「この人だけは信じていい」という直感があった。
「……っ、手間を掛けさせて、ごめんなさい……っ」
彼の父性にも似た器の大きさ、優しさを感じると、自然と涙が溢れてきた。
「手間じゃない。……でもこれを仮に〝手間〟と表すなら、何でも手間暇掛けたものの方が、大切に感じられるだろう?」
頷いた香澄は、涙を零しながらも笑っていた。
――温かいなぁ。
無意識に手が伸びて、佑の頬に触れる。
男性とは思えないなめらかな頬を撫でると、彼が香澄の掌にキスをしてきた。
彼もまた、ヘーゼルの瞳を細めて微笑んでくれている。
さっきはあれだけ不安だったのに、佑の言葉を聞き勇気づけられた。
(不思議な人だな。有名人で完璧でとても〝遠い〟人なのに、こんなにも私に親身になってくれて、〝近く〟なろうとする努力をしてくれている)
心の中で呟き、〝努力〟という言葉がストンと胸に落ちた。
(そっか……。努力してくれているんだ。私も努力しないと。彼に相応しくあろうとかじゃなくて、佑さんの心に寄り添う努力をしなきゃ)
自分が目指す方向が分かり、香澄はうん、と頷く。
「これからも迷う事があるかもしれないけど、……宜しくお願いします」
前向きになった香澄の微笑みを見て、佑も温かく笑ってくれた。
**
その後、佑は実家の家族たちに連絡をつけたようで、三月の二週目の週末に挨拶のための食事会を設けたと伝えてきた。
不安もあるし、佑の家族たちにどう受け止められるか怖い。
けれど何もやましい事はないし、佑が側にいてくれるなら堂々と挨拶をしようと決めていた。
二月十四日の金曜日、バレンタインデーは、社内で見かけた人々はどこか全員心ここにあらずという感じだった。
社員食堂で話した荒木たちも、その週末は彼氏とお泊まりデートらしい。
盛り上がって話しながら「週明けに、報告会でもしよっかー」と飲み会の予定も組まれ、香澄は楽しみでならない。
いつかあの三人組と仲良くなれるきっかけがあったら……と思ったが、ようやくお誘いをもらえた感じだ。
気さくな人たちだけれど、向こうも「そろそろ飲みに誘っても失礼じゃないかもしれない」とタイミングを見計らっていたのかもしれない。
明るくて佑にも気を遣わない人たちだが、やはり一般常識はあるのだと思う。
香澄としてはすぐ誘ってもらえても嬉しいけれど、誘う側としては「すぐに距離を詰めたら圧を感じるかもしれない」など、色々配慮しているとも考えられる。
ご機嫌で社員食堂をあとにした香澄は、コーヒーを買うために一度ビルの外に出た。
社員食堂にもコーヒーはあるが、佑はどちらかというと専門店のコーヒーを好んでいる。
Chief Everyで働き始めてから松井をずっと観察していたが、昼休みに食事をしたあとどこかに姿を消していたので尋ねると、佑のためにコーヒーを買いに行っていたのだと教えてもらった。
なので、「新人なのでやらせてください」と自らその役目を買って出たのだ。
加えて、空調の効いたビル内から一度外に出ると、外気を感じて中だるみした気持ちがシャキッとするというのもある。
コートを羽織った香澄はTMタワーから外に出ると、すっかり覚えた近くのコーヒーショップに向けて歩き始めた。
横断歩道を一つ渡った二区画目の途中に店はあり、そこに入って列に並ぶ。
「――分かりました。コーヒー買ってすぐ帰るんで、もう少し待っててください」
香澄の後ろに並んだ若い男性は電話をして入店したらしく、電話は終わって後ろの彼が息をつくのが聞こえた。
「…………」
どうしてか、ソワソワする。
良くない感覚だ。
(……なんか、似てるな。……でも、まさかこんな場所に……)
そう思いながら、香澄はソロリと後ろに立っている人を振り向いてみた。
まず目に入ったのは、黒いチェスターコートを羽織ったスーツの胸元。
佑ほどではないがスラッと背が高く、喉仏の出方に――見覚えがある。
そのまま視線を上げると、いわゆる塩顔、もしくは醤油顔でイケメンと言える部類の男性とバッチリ目が合った。
「…………お」
短髪の彼は奥二重で、けれど大きい目を見開いて香澄を見つめ返してくる。
「…………」
香澄も無言で目をまん丸にし、言葉を失ったまま〝彼〟を見上げた。
「おま…………、……香澄か?」