【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 2

元彼との再会

 名前を呼ばれ、香澄は自分の直感が当たっていたのを確信した。

「……健二(けんじ)くん」

 呆然と元彼の名前を呼んだ時、列が動いて健二が前を指差した。
 慌てて前に進んだ香澄の肩に手を掛け、健二――原西(はらにし)健二がまじまじと顔を覗き込んでくる。

「香澄、雰囲気変わった?」

「え……。そ、そうかな?」

 基本的に自分としては何も変わっていないつもりだ。
 けれどChief Everyで働くようになって、外見を整えるのに多少気を遣ってはいる。

 最初に佑が百貨店でコスメをドカッと買ったあと、佑の知り合いであるメーキャップアーティストがやって来て、香澄に様々な事を教えてくれた。
 スキンケアの仕方から、美顔器でのケア、ベースメイクにしてもツヤ肌やナチュラル肌、マット肌など。

 他にもビジネス用のきれいめナチュラルメイクから、パーティー用のやや派手目のメイク、デート用に、女子会用など、何回か御劔邸を訪れて講習してくれた。

 なので、今はそこそここなれたメイクができていると思っている。

 だから久しぶりに健二と会って彼が「雰囲気が変わった」と言うのなら、百パーセントメイクと佑が買ってくれた服のお陰だと思う。

「何か、垢抜けて綺麗になったように見える」

「あ、ありがとう」

「香澄、観光でここにいるんじゃないだろ?」

「う、うん。今は東京で働いてるんだ。健二くんは?」

「俺は大学出たあと、上京してずっと『AKAGI』で働いてる」

『AKAGI』というのは、スポーツメーカーだ。
 日本では『AKAGI』のロゴは有名で、ブランド力がある。
 もともと創業者の赤城社長の名前が由来だが、それを〝赤木〟とし、葉を茂らせ根を広げる大樹のロゴマークとなっている。

「『AKAGI』で働いてるんだ。凄いね。そう言えば、スポーツメーカーで働きたいって言ってたっけ」

 大学を卒業する頃には健二と別れていたので、就職活動中の事はお互いあまり分かっていない状態だったと思う。
 香澄は自分の事で精一杯だったし、健二も他の友人とつるんでいた。

(最後に健二くんと話したのは、大学三年の最初辺りだったっけ……)

 三年生からゼミが始まったので、そこから二人の目指す方向が変わった。
 香澄が健二と付き合っていたのは一、二年生の時で、二年生の後半にはもうほぼ関係が終わっていたので、三年生になって距離ができたのは丁度良かった。

 昔の事をつらつらと思い出している間に列が動き、香澄は松井の分も含め三人分のコーヒーを買った。

「香澄、俺も買うからちょっと待って」

「あ、うん」

 待っていると健二はすぐにコーヒーを買い、戻って来る。

「今度会えない? 今はお互い昼休みだろ? 久しぶりに会ったし、飯でも奢るよ」

「あー……、うん……」

 健二といると心がチリチリとして落ち着かないのだが、それがどうしてなのか自分でもあまり理解していない。
 良くない別れ方をしたのは自覚しているが、あれから七年近く経っているので、それをずっと引きずるのもおかしい。

「じゃ、連絡先交換しよ。俺は電話番号とか、前から変わってないんだけどな」

 コーヒーショップの前でスマホを出し、お互いコネクターナウのIDなどを交換する。

「住まいはこの辺?」

「うん、割と近く」

「スケジュールのすり合わせとか、近くなったらするけど、じゃあ待ち合わせは大体品川近辺でいいな?」

「うん」

 ひとまず健二とは一旦別れ、香澄は腕時計を確認して慌ててTMタワーに戻った。




「ただいま戻りました」

 社長秘書室に入り、テーブルの上に紙袋を置くとコートを脱ぐ。

「松井さん、どうぞ」

「ありがとうございます」

 彼のデスクにコーヒーを置くと、松井は懐から財布を取り出し小銭を探しだす。
 そして手にブラックコーヒーを持ったまま、社長室に入った。

「失礼します」

「あぁ、ありがとう」

 すでにデスクについていた佑は、香澄がコーヒーを手にしている姿を見て微笑んだ。

「寒くなかったか?」

「はい、大丈夫です」

 彼のデスクにコーヒーを置き、一礼して戻りかけた香澄は「あ」と声を出す。

「ん?」

「その……、言っておいた方がいいと思ったんですが、さっき元彼と会いました」

「え?」

 急に佑の表情が険しくなり、やや雰囲気に余裕がなくなる。

「元彼って、札幌の人なんじゃないのか?」

「卒業後に上京したみたいなんです。付き合っていたのは一、二年生なので、大学生後半はあまり彼の事を知らなくて……」

「……そうか」

 佑は溜め息をつき、気持ちを落ち着かせるようにネクタイの結び目を確認する。

「それで、今度会う約束をしたんですが……。いい、でしょうか?」

「えっ?」

 佑がまた声を上げる。
 彼の反応を見て、香澄は慌ててつけ加えた。

「ち、違うんです。元彼の事は、もうほんっとうに何とも思っていません。ただ、向こうも七年近くぶりに会ったので、昔話とか、懐かしいねとか、そういう話がしたいんだと思います。いわば同窓会のノリに近い感じで……」

「……夜に会うのか?」

 佑が気にしているだろう事を察したが、まだ何とも言えない。

「分かりません。ただ『会おう』と言われただけで、ランチなのか、飲みなのかすらも確認していません」

 こう言うと、気にしてくれている佑に意地悪を言っている心地になる。
 だが時間のない時にチラッと顔を合わせた程度なので、本当に何も決まっていないのは事実だ。

 決まり悪くチョコレート色のデスクを見つめていると、佑が息をついた。

「……信じるよ」

 その一言がとてもありがたく、また、いい意味で重かった。

「すみません。昼休み中の事だったので、立ち話する余裕がなかったんです。連絡先を交換して、あとで改めて会おうっていう感じになってしまって」

「うん、それは理解してる」

「本当に、他意はありません。向こうも私に未練があるような雰囲気はなかったですし、普通に食事をして帰ります」

「うん」

 香澄が必死に説明しているからか、佑はとうとう苦笑いし始めた。

「香澄が思っているほど、俺は疑ってないから安心して。それに俺も百合恵さんの事があるし、会って食事をするぐらいなら大丈夫だ」

「……ありがとうございます」

 頭を下げた香澄に「ただ」と声が掛かり、彼女はハッと顔を上げる。

「その場に俺が行くのはみっともないからしないけど、客に紛れて久住と佐野を配置するのは許してほしい。元彼を疑っている訳じゃないけど、万が一何かがあったら嫌だから」

「分かりました」

 話しているうちに午後になり、香澄は「あ」と腕時計を見て声を上げ、「またあとで」と秘書室に戻った。

(あぁ、ドキドキした)

 本当に今は健二の事は何とも思っていない。

 だが佑にとって元彼である健二は、良くない存在であるに決まっている。
 当人同士が今は恋愛感情を持っていなくても、現在付き合っている佑が二人が会うのを快く思わないのは当然だ。

 本当は怒られるかと思ったが、佑は想像以上に大人だった。

 けれど「彼は大人の男の人だろう」と思うからこそ、香澄も正直に健二の事を話した。
 今は気負って緊張していた心を解放し、いずれ健二から連絡がきたらサラッと会って帰り、終わりにしようと思っている。

(私は何も期待してないし、向こうも今は何とも思ってないだろうし)

 もう一度自分に言い聞かせ、「うん」と頷いてから香澄はパソコンを起動させた。



**



 仕事のあとは、そのまま佑が贔屓にしているホテルに向かう予定なので、今日は少しおめかししてきた。

 それを見越して松井は「十四日は社長の外出の同行は結構ですから」と言ってくれ、何もかも見透かされている感が強く恥ずかしい。

 終業後に社長室を覗くと、微笑んだ佑と目が合った。

「一日、お疲れ様。これからは〝オフ〟にして楽しい週末を過ごそうか」

 恋人の時間だと言われ、香澄は頬を熱くさせる。

「……はい」

 頷いた香澄を見て、佑はパソコンをシャットダウンさせて静かに立ち上がった。
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