【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 2

急ぎはしない

「あったかい……」

 夢見心地に呟いた香澄に、佑はもう一度キスをする。

「なら、ベッドでもっと熱くなる事をしようか」

「……もう」

〝お誘い〟を受け、香澄は顔を真っ赤にして彼にパシャッとお湯を掛けた。

**

「……はぁ……」

 行為が終わったあと、佑はこの上ない充実感を覚え、息をつく。
 本当ならまだまだできるのだが、眠ってしまっている香澄を起こすのは可哀想だ。

(三十二歳になって、パートナーとのセックスの悦びを噛み締めるなんて……)

 三十歳から佑は女性との私的な付き合いをすべてやめ、仕事一筋で生きていた。

 だがその前は二十代と若かった事や、精神的に不安定だった事もあり、香澄にはあまり言えない不誠実な付き合いをしていた。
 その頃は肉欲さえ満たされればいいという感じで、美味しい食事や酒を楽しんでから、お決まりの流れで一晩の関係を結んだ。
 もちろん誰でもいいという訳ではなく、相手はきちんと見ていたつもりだ。
 下手な相手と関係を結べば、そのつもりもないのに〝責任〟を求められたり、自ら週刊誌にネタを売りに行って大事になる場合もある。

 だから秘密を守れて後腐れのない女性を選んだ。

 女性たちはまた佑に〝選ばれる〟事を望んで、その条件を守り続けた。
 彼女たちは佑が「もうやめよう」と言うまで、約束を守り関係を望んだ。
 最後の最後まで、聞き分けのいい彼女たちは問題を起こさず、「また何かあったら、声を掛けてくださいね」と大人しく引いてくれた。
 理想的なまでに〝都合のいい〟彼女たちに、今は心から感謝している。

 そしてそんな自分を、心の底から最低だと思っていた。

(今さら一人の女性を大切にしようとしているなど、嘲笑されても仕方がない。昔していた事のしっぺ返しがいつかきたとしても、それも仕方がない)

「それでも……、香澄だけは大切にしたい」

 今まで女性を抱いても、こんな満ち足りた気持ちにならなかった。
 それだけ、香澄が特別なのだと佑は本能で分かっていた。

 素直で、仕事も熱意があり呑み込みが早い。
 元々まじめで勤勉なタチだからか、仕事中は自分と恋人関係である事を脇に置き、きちんと公私を分けようとする姿勢も好きだ。
 私生活ではほんの些細な事で喜んで、時に少女めいた無邪気な笑みすら浮かべる。
 それなのに遠慮深くて、まるで警戒心の強い猫のようだ。

(……いや、うさぎか)

 初めて彼女と会った時のバニーガールの格好を思い出し、佑はニヤつきそうになるのを我慢する。

「……いや、駄目だ」

 あの時彼女は公開セクハラを受けていて、心理的に非常につらい立場にあった。
 それなのに、男目線でバニーガール姿が魅力的だったからと言って、喜んではいけない。
 己を強く律したものの、正直あの時の彼女のギャップに後押しされて、一目惚れしてしまったと言っても過言ではない。

「またあの格好をしてほしいなんて言ったら、ドン引きされるよな……」

 しどけなく眠っている香澄を前に回想や妄想を繰り広げていたが、彼女の体を拭いてあげようと思い、一度階段を下りて洗面所に向かった。

(なるほど、メゾネットタイプは寝室の特別感はあるが、こういう時に少し手間だな)

『eホーム御劔』に名前だけ参加していても、矢崎から新規事業の相談をされれば勿論のっている。
 土地の売買に新しい賃貸物件を建てるなど、手広くやっているのだが、魅力的な物件でなければ誰も買おうとしないだろう。

 佑があちこちのホテルに行っているのも、富裕層が購入する部屋のイメージを掴むためだった。
 ホテルとマンションでは造りが違うが、高層階でラグジュアリーな気持ちになりたいという根幹は似ている。
 メゾネットタイプは自室や寝室などを、客の視線から隠したい場合に都合がいい。
 だが不動産屋側から見れば、一般的な部屋よりも工事費が掛かるのであまり数が多くないのが現実である。

(それでも、香澄はこういう特別な感じ、喜んでたよなぁ……)

 この部屋に入った時の彼女の表情を思い出し、佑はお湯で濡らしたタオルを絞りながら頷く。
 また寝室に戻って香澄の体を拭きながら、佑は思わず魅惑的な双丘をと揉む。

「……でかい、……よな」

 仰向けになってなお、香澄の胸はずっしりとした質量を見せている。
 佑の脳内でモヤモヤと妄想が捗り、彼女のバニーガール姿が思い浮かぶ。

「……いや、恋人の〝プレイ〟の一環ならいけるのでは?」

 客として店のエリアマネージャーに「バニーガール姿になってほしい」など言えば、福島と同じになってしまう。
 だが恋人として、セックスを楽しむためにコスプレをしたいと言えば、香澄も頷いてくれるのではないだろうか。

「……よし」

 正直、今まで考えなかった訳ではなかった。
 だが一月から同棲し始め、彼女は仕事と新生活を両立させるのに精一杯で、佑に目を向ける余裕がなかったと思っている。
 しかしそろそろ、彼女もこの同棲生活を楽しみ始められるのでは……と感じていた。

「あと少し、な気がするんだよな」

 眠っている香澄の頭を撫で、まっすぐな髪を指で楽しむ。

 香澄は直毛だ。
 本人はヘアアレンジがしにくいと悩んでいるが、佑は艶がありサラサラな香澄の髪が大好きだった。

 それを指で梳き、寝ているといつもより幼さを感じる彼女を見つめる。

「香澄が心を開いてくれるのを、ずっと待ってるから」

 急ぎはしない。

 彼女を無理矢理東京に連れて来たのは自分だ。

 香澄があまりに頑なな態度を取ると、自分も人間なのでつい拗ねてしまう時もある。
 それでも基本的には、香澄がゆっくりと環境に馴染むのを待つつもりでいた。

 契約書を交わしたように、万が一香澄が自分から離れると言っても、アフターフォローは抜かりなくするつもりだ。
 別れ話に発展したからと言って、相手のすべてが憎くなるような恋愛はしたくない。

 ずっと札幌にいた彼女の世界を変えたのは自分なら、最後の最後まで自分が面倒を見る。

 元より結婚したいと決めたのは自分だ。
 願いが叶って結婚できても、別れる事になっても、どちらの意味でも覚悟はある。

「香澄が思っている以上に、俺はゆっくり君を見守るつもりだから、焦らなくていいからな」

 モソリと布団の中に入り込み、佑は二人の体に羽毛布団を掛ける。
 正直、まだムラムラしているが、それはグッと抑える。

(俺さえ舵取りをきちんとできていれば、きっと大丈夫だ。これから何回でも愛し合えるし、香澄は一回でも満足してくれる……と、ポジティブに考えよう)

 自分に言い聞かせたあと、佑は欠伸を噛み殺す。

 香澄を抱き寄せ、スンッと鼻を鳴らして彼女の匂いを吸い込む。
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