【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 2

遠慮の理由

 これからの自分のために、学べるものがあるなら頑張っていきたい。

 そう思って張り切って返事をした香澄を見て、佑は目を細めポンポンと頭を撫でてきた。

「やる気を出してくれてありがとう。じゃあ、明日にでも講師の人に連絡をしておく」

「はい。いつ頃からのレッスンになりますか?」

「何でもなるべく早くからがいいから、先方のスケジュールを押さえられて、香澄も準備ができればすぐに……と思ってる」

「分かりました」

 返事をしたあと、気になっていた事を尋ねる。

「あの、お月謝はどれぐらいになるでしょうか? 諸々、月にどれぐらい掛かるか計算しないといけませんし」

「え? 月謝?」

 だが佑はキョトンとして、まじまじと香澄を見てくる。
 そのあと、「ああ」と何かに思い当たり、やはり意外そうな顔のまま尋ねてきた。

「自分で月謝を払うつもりだったのか?」

「え? 当たり前でしょう」

 二人は隣り合わせで見つめ合ったまま、食い違った話に目を丸くしている。

「……いや、香澄に関わる事は俺が全部払うし」

「いっ、いえ! 自分の勉強代なんですから、私が払うのが筋です!」

 お互いの主張をしたあと、二人は「えぇ……?」という顔でまた見つめ合う。

「だって香澄はいずれ俺の奥さんになるんだし、相応に必要となるレッスンだと思っている。だから俺が出すのは当たり前だ」

「で、でも……」

 奥さんと言われ、香澄は赤面して横を向く。

「いいから。香澄は自分のために金を使うなり、貯金をして。この家で発生するものは、すべて俺が持つから」

「うぅ……」

(そんな訳いかない)

 心の中で大きな溜め息をつき、それでも一応今は引き下がっておく事にした。

(考えてみれば、このお屋敷に住まわせてもらっている家賃も払わないと。札幌にいた時は家賃が管理費含め五万ほど、食費が四万ぐらい、水道光熱費が一万弱。……よし、毎月十万支払う事にしよう)

 決めてしまったあとは、いつ渡すかを考えたが、そのうちこっそり「感謝の手紙です」と言って渡してしまえばいいのでは……と思った。

「……佑さんって、私に甘いですよね?」

「……だって、……恋人、だろ?」

 当然というように言われると、素直に「はい」と言いづらくなる。
 思わず黙った香澄を見て、佑は心配そうに眉を寄せた。

「……違うのか?」

「……そ、そう認識していいんですか?」

 自信なさげに尋ねた香澄の言葉に、佑は溜め息をつき抱き締めてきた。

「わっ」

 首元に顔を埋められ、くすぐったさと恥ずかしさで心臓が跳ね上がる。

「……昨晩、愛し合ったと思ったのは俺だけ? 香澄は遊びだった?」

「……い、いえ……」

「嫉妬してくれたんだよな?」

「……はい」

 忘れようと思っていたのに、昨晩のみっともない独占欲を思い出し赤面が止まらない。
 佑は横向きに座り直し、香澄を膝の上にのせる。

「んっ」

 チュッとキスをされ、香澄は驚いて目を見開く。

「俺は香澄が好きだよ」

「……あ、ありがとう……ございます」

「香澄は?」

 けれどそう尋ねられ、上手く返事ができない。
 誰かに好きだと言われ、「私も」と言った経験が浅いので、軽々しく「好き」という言葉を使っていいのか分からなかった。

「……努力、します」

 ちゃんと「好きです」と言えず、あまりに申し訳なくて佑に目が合わせられない。
 佑は苦笑いしながら溜め息をつき、香澄を抱いたままカウチソファに身を預けた。

「会ったばかりで俺の事をまだ信頼できていないのは分かるけど、俺ばかり気持ちを募らせても、空しくて落ち込んでしまう。だから、香澄が素直になれない事情を聞いてもいいか?」

 きちんと香澄の気持ちを解きほぐそうとしてくれる佑の言葉に、彼女は情けなさを覚えながら頷く。

「……私、本当にお付き合いした経験が浅いんです」

「うん」

「高校時代に、グループ交際的に軽く付き合ったのが初めて。その時は、キスもしませんでした。大学進学と共に自然消滅してしまいました」

「ん」

「その次に、大学生時代に付き合った人が元彼なんです。向こうから告白してきて、私も女性として求められたのが初めてだったので、嬉しくなって付き合い始めました」

「素敵な彼氏だった?」

 尋ねられた言葉に、香澄は上手く返事ができない。

「付き合った当初は、浮かれていて何もかも薔薇色に見えました。手を繋いだだけでドキドキして、彼が運転する車の助手席に乗っただけで自分が特別な存在に思えました」

「うん」

 学生時代の思い出は、きらきらしいものが多い。
 けれど何でもすべて〝いい思い出〟な訳がない。

「でもその内、付き合うのに慣れてきた頃、果たして自分は彼に大切にしているのか疑問に思ってきたんです」

「何かあった?」

 尋ねてくれる佑に、昔あった事をすべて打ち明けたい。
 それでも香澄の中にはまだ遠慮があった。

「色々……、あって。……その中で、彼に深く愛されて自分もとても彼が大好き……とは思えなくなったんです。周りの友達は、彼氏の事をとても好きだって言っていました。『結婚したい』と言って、キスもセックスも当然にしていて、もっといちゃつきたいって……」

「香澄は違った?」

 暗い話をしている自覚はあり、それでも無理に笑顔を作る。

「どんどん、彼の良くない部分しか見えなくなって、付き合っているのが苦痛になりました。付き合えば付き合うほど、『私はこんなにしているのに』って押しつけがましい気持ちを抱いてしまって、そんな自分が嫌になるんです」

「それは少し分かる気がする。想像でしかないけど」

 同意してくれた佑に、香澄は苦笑いして「ありがとうございます」と礼を言う。

「結局、その元彼とは良くない別れ方をしてしまいました。私は少なからず心に傷を負ってしまい、……お恥ずかしながら、この歳になるまで恋人はできませんでした。気持ちが子供なのか、男性と付き合って傷つくなら、同性の友達と一緒に過ごした方がいいって思ってしまったんです」

 香澄はカウチソファにリラックスした佑の腰の上に跨がっていたが、やがて力を抜いて彼にもたれ掛かる。

「……だから、人に愛されて愛し返すっていう感情が分からないんです。圧倒的に恋愛経験値が低いです。佑さんの気持ちは嬉しいです。でも、いまだに『信じていいのかな?』って思ってしまう自分がいて、まだ一歩が踏み出せません」

「……うん、分かった。話してくれてありがとう」

 佑は息をつき、ポンポンと香澄の背中を撫でる。

「分かった。もう焦らないよ」

「……ごめんなさい。努力はします」

「うん。でも俺は香澄を好きだって言う姿勢は変えない。だって好きだから。それに反応する時、一回一回困らないで、『ああ、いつもの』って受け流してくれたらいいよ。そのうち慣れて、普通に返事ができるようになるかもしれない」

「ありがとうございます」

 いつも佑の柔軟さに助けられている。

(こうやって大人の対応をしてくれる事に、きちんと感謝しなきゃ。与えられてばかりは駄目だ)

 顔を上げ、ジッと佑の美しい顔を見る。

「ん?」

 ぱちりとヘーゼルの目を瞬かせた佑の目元を両手で隠し、香澄は彼の唇にキスをした。

「……あ、ありがとう……ございます。わっ」

 ギュッと腰を抱き寄せられて香澄の両手が外れ、チュッチュッと頬にキスをされた。

「そうやって、少しずつ体で返してくれるの、嬉しいよ」

「かっ、体で返すって卑猥だから、もうちょっとオブラートに包んだ言い方を……っ」

「リボ払い」

「リボは駄目ですっ」

 佑が真顔で冗談を言ってきて、思わず突っ込んだあと二人で笑い出す。
 ひとしきり笑ったあと、佑はもう一度香澄にキスをし、微笑んだ。

「こうやって一つずつ、話し合って解決していこう。香澄が心配しているように、俺たちは付き合って日が浅い。すぐに熟年夫婦みたいに阿吽の呼吸にはなれない。だからその分、努力していこう」

「はい」

 微笑み合ってこれからの方向性が決まったあと、佑が「そろそろ寝ようか」と言って二回に上がる事にした。
 香澄は当然自分の部屋に戻ろうとしたのだが、廊下で「なんで?」と言われてしまう。

「えっ?」

「嫌じゃないなら、一緒に寝よう?」

「でっ、でも……」

 昨晩の事を思い出し、カーッと顔が熱くなる。
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