君の一番は僕がいい
花沢と楓が楓の家で遊ぶらしい。
そんな話を部活のない放課後に今教室で聞いた。
「あっそう。じゃあ、また」
「ちょちょちょ!!」
花沢は、俺の腕を掴んでグイっと元の位置に戻した。
やっぱりこいつは俺に気があるのだろう。
思わないようにしていたが、そもそもこいつは倉庫にいたときに一度俺に告白している。
勘違いではない。
「せっかくだし一緒にどうかなって」
何とも嫌な組み合わせ。
亜久里たちがあんなこと言わなければこんなこと考えなかった。
女子同士は怖い。
どうせニ、三日したら修羅場になり一日経つと何もなかったように笑顔で話してる。
化け物だ。怖いったらありゃしない。
ホラー映画みたいだ。
人間ホラーが一番怖いと思うんですよね、はい。
「えー……」
気乗りしない俺はいつの間にか嫌そうな声を出していた。
「嫌ならいいけど」
明らかに拗ねた声の楓。
嫌なのはお前らその二人の関係性だ。
怖いって。
女子の笑顔は仮面だって言ったやつまじで許せん。
「わかった、行くよ」
どうせ、楓を牽制するためなんだろうけど。
楓の家に久々に来た俺は、楓の部屋に着くと懐かしい気持ちになった。
子供のころは楽しかったなと。
誰も邪魔しないし、楓の笑顔も拗ねた顔も怒った顔も泣いた顔も全部俺だけが十分すぎるほど見ることができた。
しかし、今は卑猥な目で見る下劣な大人や顔だけでしか判断しないクラスメイト、部員ばかり。
彼女にそんな汚い目を向けるなと怒りをぶつけたくなる。
彼女は純粋で優しく無垢でかわいい。
それが、彼女であり彼女の良さだ。
良さをつぶそうとするものがたとえ俺の友達であっても大切な人よりも優先度が上になることはない。
小さい頃みたいに彼女はぬいぐるみを好きでいた。
ベッドやあちこちに並べられたぬいぐるみたち。
以前、ぬいぐるみを抱きしめて寝ているというかわいらしい一面を恥ずかしげもなく堂々と言ってくれた彼女は健在であり事実のようだ。
スマホを眺める花沢をしり目にベットに置いてあるぬいぐるみに触れる。
湿気た感じがするが、リセッシュでもかけたのだろうか。
ぬいぐるみの口周りや顔と胴体の間、腕元、胴体、少し変色した感じがする。
これもまたリセッシュのかけ方が悪いからとかだろうか。
「……」
もうこれ以上考えないでいい。
何となく予想できたから。
「お待たせ」
彼女の良さを封印したような声に俺は嫌な気持ちになったがそれこそが花沢との仲の実際のところなのだろう。
仲がいいわけじゃなかった。
今ならよくわかる。
「お茶で大丈夫?」
「大丈夫。ありがと」
「ありがとねー」
花沢のわざとらしい声にイラっとしながら俺は話題を振った。
「それにしても、ぬいぐるみばっかだな」
「かわいいから、つい集めちゃうんだ」
「勉強に支障がでてきそうなもんだ」
「やめてよ、癒されながらできてるよ」
「ねえ、なんかする?」
やっぱり気に食わなかった彼女は、話を変えた。
「ここゲームとかないんだよね」
「えー、いつも何してるの?」
「普段は、本とか読んだり」
「BL?」
「やめてよ」
「人狼でもやろうぜ。スマホでできるし」
こんなところで腐ったトークをしようとするな。男がいるぞ、男が!
「それいい!やろう!」
少し近づいた花沢に怒りを感じながら平常心でゲームを始めた。
それから、なんどかゲームをやったころ。
花沢はトイレに向かった。
いったん、波は去った。
「ぬいぐるみ、多いな」
「まだいうのか」
「このぬいぐるみだけ、ベットにポツンと」
「ベットにいたがるんだもん」
「なにそれ?」
「ベットにいたいっていうから、ベットにいさせたの!ねー?」
なぜか、ぬいぐるみに向けるその目を見たとき、ひどく傷ついた気がした。
そんな目、俺に見せたことあっただろうか。
なんでその目を俺に見せてくれないのだろうか。
ぬいぐるみを手に取り正座している彼女の太ももにのせ向かい合わせると嬉しそうな、楽しそうな顔でぬいぐるみの頬辺りを触れ、優しくなでている。
「……」
苦しかった。
予想はもう当たったようなものだ。
いや、濁すべきじゃない。
当たった。
彼女は、対物性愛者だ。
その対象は、ぬいぐるみ。
俺に、勝ち目はなさそうだった。
だって、その目は恋をしているときの目だから。
なんどもそういう好意を向けてくる女子を見てきたからわかる。
花沢だって俺にそういう目を向けているときがある。
楓はそもそも人が好きじゃない。
考えないようにしたぬいぐるみにある湿気た感じや変色は全部、辻褄があってしまう。
「好きなんだな、ぬいぐるみ」
俺は、この時どんな顔でどんな声で言ったのだろう。
ビクッと顔を上げた彼女。
「そりゃあ、そうだよ。女子だもん。ぬいぐるみはかわいいからね。好きになるよ」
誤魔化さなくていい。
それが何よりの証拠になるから。
これまで彼女に振り向いてほしくていろんなことしたけど、ぬいぐるみに勝つってどうしたらいいんだ。
勝ち目なんてない。
負けだ。
敗北者だ。
こんなこと、知りたくはなかった。
「そっか。お似合いだと思う」
努めて明るく言った。
それからのことは考えることなくその場に合わせた。
日が暮れ始めたので花沢と一緒に帰ることにした。
「花沢って、今も俺のこと好きか?」
急に何を言い出すんだと言わんばかりの顔。
「……うん。好きだよ」
それでも答えてくれる彼女。
「前聞けなかったんだけどさ、どこが好きなの?」
「え?」
前向きに考えてくれていると思っているのだろうか。
今、怒りを感じている俺に対して。
友達に対して、俺に見せる態度を取らない楓を見て違和感を感じなかった自分にも。
自分が到底、ものを愛する彼女に振り向いてもらえないという事実にも。
「それは、その……」
彼女は照れくさそうに話した。
一学期、席が隣同士だったころ教科書を忘れた彼女に俺が貸したことがきっかけらしい。
それから、好きになって自分磨きに励んだそうだ。
つまり、ひとめぼれ。
貸した記憶を思い返すのに一苦労した。だって、日常の一コマでしかないのだから。
いちいち、覚えていない。
「どうかな。最初のころよりかわいくなれたかな」
一ミリもかわいくない。
楓に圧をかけるような女、どこにもかわいさを感じない。
「佐倉を囮に使ったお前が、可愛いわけがないだろう」
「え……」
その目には戸惑いがあった。
「考えたんだ。なんで、花沢が生きていられたのか」
「……」
「クマに追われたのなら逃げ切れるはずがない。実際、俺も逃げ切ることはできなかった。囮を用意することでしか逃げれない」
「……」
まだ黙っているのかと思ったが、俺は話を続けた。
「ちょっと前までは俺は一人でも犠牲者を出せば逃げれると思ってた。だけど、違う。女子一人逃げるには二人は犠牲にならなきゃいけない。だって、花沢は俺ほど足が速いわけじゃないから」
「その二人って……?」
「伊藤と佐倉だ」
「……もう、バレてたんだ」
自供したようなものだった。
いや、それ以前にあの時、花沢が話をそらした時点で答えは出ていた。
「話せるか?全部」
「うん、もう隠すのも疲れちゃったし」
花沢は、伊藤が行方不明になった理由をしっていた。
伊藤が、クマに襲われたという話を聞いて、一緒に帰った日。
その日はなにもなく、少しの間だけ一緒に帰りたいという誘いに乗った。
友達だし、断る理由がないから。
しかし、伊藤はそれからだんだんと弱っていった。
誰かにつけられているんじゃないか、誰かが私を狙っているのではないか。
そういう風に考えるようになってしまい、精神的に疲弊していた。
親がほとんど帰ってこないシングルマザーの家庭である花沢は伊藤を家に泊めることにした。
一緒にいてほしいという願いを答えるにはこれが最善だと思ったらしい。
だけど、伊藤の家は両親もいるためなかなか帰ってこない伊藤を心配して警察に届け出を出した。
捜査が始まると花沢は自分の行いの危うさに気づく。
伊藤を守るためとはいえ、伊藤が両親に連絡していなかった事実は今更巻き戻すことはできない。
伊藤の親に連絡しなかったことを花沢は怒ったが、伊藤の父親はDVを行うタイプで、家にいたくないという話を思い出しそれ以上は言わなかった。
しかし、そんなことしていてもバレることはバレる。
親友がもう一人いるのだから。
佐倉の存在だ。
佐倉と花沢でいることはあったが、佐倉は花沢に聞いた。
「伊藤をかくまっているの?」
と、確信づいた質問を。
佐倉は気づいていたらしい。
二人は中学からの仲だから。
期末テストから数日後の出来事。
花沢は伊藤にその話をしたそうだ。
一人にバレてしまったのは危険だと、伊藤は勝手に家を出た。
クマに襲われたらどうするのか。
追いかけたが、意味はなかった。
なぜなら、どこにもいないから。
田んぼ道に来てみても、いない。
伊藤の家の付近を探してもいない。
どこにもいない。
探してもいない。
その時、伊藤の言っていたクマの意味が分かったのだそうだ。
ちゃんとクマはいた。
そして、急いで逃げたらしい。
「今のところ、何も起こっていないが?」
「これからなの。二学期に入った時から状況が変わるの」
期末テストから数日。
何度もクマに追いかけられるようになった。
そして、俺を見つけ、かくまってほしいと頼んだ。
スマホは使えるから連絡は取れたみたいだが、やはり行方不明者という名目なので連絡は取らなかったそうだ。
二学期に入ったころ、佐倉から連絡が入った。
会えないかというメッセージ。
しかし、かくまってもらっているなか、そんなことはできない。
佐倉は、電話したそうだ。
今、伊藤といると。
伊藤が全部話したらしい。
花沢に助けてもらったこと、家にいたくなかったこと、クマに追われていること。
自分も助けになりたくて協力したそうだ。
それから、佐倉も行方不明者として名が挙がった。
しかし、伊藤の死体が発見されたと俺から聞いたことでクマはやはり自分たちを殺しに来ていると感じた。
ここも時期に見つかる。
断りなしに逃げた。
「それは、運がいい話だな。友達だからっていう理由で一緒に逃げるなんて。友達以外ならいじめくらいするのに」
「……」
「頼れる行政に頼ればよかったんじゃないのか?クマが出るって言ったって信じないだろうが、少なくとも伊藤の家庭を何とかしてくれる行政はあるはずだ」
「そんなすぐに頭が回るわけないじゃん……」
それから、すぐに佐倉に会いに行った。
佐倉はホテルを転々とし、たまに漫喫で過ごしたりと逃亡者のような暮らしをしていたそうだ。
伊藤が死んだところを目撃したみたいで警察に聞かれるのが怖かったらしい。
一緒にいろんなところに向かって、クマの情報を仕入れるようにしていたが目撃者と被害者とでは話が違うことすら自分たちは知ることができなかったそうだ。
そして、俺とクマが相対した日。溝内が死んだ日。
事件は起きた。
佐倉も花沢も襲われた。
佐倉が先にやられ、逃げるために利用したそうだ。
溝内と同じような死に方だったと語る。
ぎりぎりまで担いで限界が来たら犠牲にするしかないと考えたそうだが、そのクマは急に方向を変えた。
公園がある方へと向かった。
先回りされている気がして、佐倉はその場でおろした。
公園の方へと勇気を出して向かうと溝内が殺され、俺とクマが相対する状況。
これが花沢の知るすべての真相だった。
「だから、佐倉は隠すことにしたのか?」
「うん。誰かに見つけてもらおうと思った。第一発見者は犯人って疑われやすいって聞くから」
「事情聴取の時に何か言えばよかったんじゃ?」
「言えないよ。リスクが大きいもん」
「だろうな。そうじゃないと、宮野を殺したのは亜久里たちだって言わない……。いや、宮野を犠牲にした過去は消すのか?」
「宮野は……」
「お前がおびき寄せたんじゃないのか?宮野はお前のこと好きだっただろうが。それくらい知っていたはず」
「そうだよ。だけど……」
「宮野はどこだ」
「わかんない」
「は?ふざけんな。散々、人のこと騙して、利用して、牽制して、抑圧してきたくせに」
「宮野は私の前で自殺したの!!」
「え……」
衝撃的だった。
いきなり自殺したなんてそんな……。もったいない。
「彼は、私に会いたがってた。わかる。好きなこと知ってたから。でも、宮野、気づいてたみたい。私が、吉沢のこと好きだって。振り向いてくれることはできなくても、記憶には残っていてほしいって。吉沢たちに会う前にそんなことしたの!!」
「……」
黙るしかなかった。
そんな愛の形もあるのかと新しい知識だった。
もし、俺がそうすれば、楓に覚えていてもらえる……!
たとえ、振り向いてくれなくても……!
新しい兆しが見えたとき、そこに現れたのは彼女らの死体。
首を掻っ切った跡のある宮野の死体。
泡を吹いて倒れている佐倉の死体。
それでも俺は、楓に振り向いてもらえる方法を知って高揚していた。
そんな話を部活のない放課後に今教室で聞いた。
「あっそう。じゃあ、また」
「ちょちょちょ!!」
花沢は、俺の腕を掴んでグイっと元の位置に戻した。
やっぱりこいつは俺に気があるのだろう。
思わないようにしていたが、そもそもこいつは倉庫にいたときに一度俺に告白している。
勘違いではない。
「せっかくだし一緒にどうかなって」
何とも嫌な組み合わせ。
亜久里たちがあんなこと言わなければこんなこと考えなかった。
女子同士は怖い。
どうせニ、三日したら修羅場になり一日経つと何もなかったように笑顔で話してる。
化け物だ。怖いったらありゃしない。
ホラー映画みたいだ。
人間ホラーが一番怖いと思うんですよね、はい。
「えー……」
気乗りしない俺はいつの間にか嫌そうな声を出していた。
「嫌ならいいけど」
明らかに拗ねた声の楓。
嫌なのはお前らその二人の関係性だ。
怖いって。
女子の笑顔は仮面だって言ったやつまじで許せん。
「わかった、行くよ」
どうせ、楓を牽制するためなんだろうけど。
楓の家に久々に来た俺は、楓の部屋に着くと懐かしい気持ちになった。
子供のころは楽しかったなと。
誰も邪魔しないし、楓の笑顔も拗ねた顔も怒った顔も泣いた顔も全部俺だけが十分すぎるほど見ることができた。
しかし、今は卑猥な目で見る下劣な大人や顔だけでしか判断しないクラスメイト、部員ばかり。
彼女にそんな汚い目を向けるなと怒りをぶつけたくなる。
彼女は純粋で優しく無垢でかわいい。
それが、彼女であり彼女の良さだ。
良さをつぶそうとするものがたとえ俺の友達であっても大切な人よりも優先度が上になることはない。
小さい頃みたいに彼女はぬいぐるみを好きでいた。
ベッドやあちこちに並べられたぬいぐるみたち。
以前、ぬいぐるみを抱きしめて寝ているというかわいらしい一面を恥ずかしげもなく堂々と言ってくれた彼女は健在であり事実のようだ。
スマホを眺める花沢をしり目にベットに置いてあるぬいぐるみに触れる。
湿気た感じがするが、リセッシュでもかけたのだろうか。
ぬいぐるみの口周りや顔と胴体の間、腕元、胴体、少し変色した感じがする。
これもまたリセッシュのかけ方が悪いからとかだろうか。
「……」
もうこれ以上考えないでいい。
何となく予想できたから。
「お待たせ」
彼女の良さを封印したような声に俺は嫌な気持ちになったがそれこそが花沢との仲の実際のところなのだろう。
仲がいいわけじゃなかった。
今ならよくわかる。
「お茶で大丈夫?」
「大丈夫。ありがと」
「ありがとねー」
花沢のわざとらしい声にイラっとしながら俺は話題を振った。
「それにしても、ぬいぐるみばっかだな」
「かわいいから、つい集めちゃうんだ」
「勉強に支障がでてきそうなもんだ」
「やめてよ、癒されながらできてるよ」
「ねえ、なんかする?」
やっぱり気に食わなかった彼女は、話を変えた。
「ここゲームとかないんだよね」
「えー、いつも何してるの?」
「普段は、本とか読んだり」
「BL?」
「やめてよ」
「人狼でもやろうぜ。スマホでできるし」
こんなところで腐ったトークをしようとするな。男がいるぞ、男が!
「それいい!やろう!」
少し近づいた花沢に怒りを感じながら平常心でゲームを始めた。
それから、なんどかゲームをやったころ。
花沢はトイレに向かった。
いったん、波は去った。
「ぬいぐるみ、多いな」
「まだいうのか」
「このぬいぐるみだけ、ベットにポツンと」
「ベットにいたがるんだもん」
「なにそれ?」
「ベットにいたいっていうから、ベットにいさせたの!ねー?」
なぜか、ぬいぐるみに向けるその目を見たとき、ひどく傷ついた気がした。
そんな目、俺に見せたことあっただろうか。
なんでその目を俺に見せてくれないのだろうか。
ぬいぐるみを手に取り正座している彼女の太ももにのせ向かい合わせると嬉しそうな、楽しそうな顔でぬいぐるみの頬辺りを触れ、優しくなでている。
「……」
苦しかった。
予想はもう当たったようなものだ。
いや、濁すべきじゃない。
当たった。
彼女は、対物性愛者だ。
その対象は、ぬいぐるみ。
俺に、勝ち目はなさそうだった。
だって、その目は恋をしているときの目だから。
なんどもそういう好意を向けてくる女子を見てきたからわかる。
花沢だって俺にそういう目を向けているときがある。
楓はそもそも人が好きじゃない。
考えないようにしたぬいぐるみにある湿気た感じや変色は全部、辻褄があってしまう。
「好きなんだな、ぬいぐるみ」
俺は、この時どんな顔でどんな声で言ったのだろう。
ビクッと顔を上げた彼女。
「そりゃあ、そうだよ。女子だもん。ぬいぐるみはかわいいからね。好きになるよ」
誤魔化さなくていい。
それが何よりの証拠になるから。
これまで彼女に振り向いてほしくていろんなことしたけど、ぬいぐるみに勝つってどうしたらいいんだ。
勝ち目なんてない。
負けだ。
敗北者だ。
こんなこと、知りたくはなかった。
「そっか。お似合いだと思う」
努めて明るく言った。
それからのことは考えることなくその場に合わせた。
日が暮れ始めたので花沢と一緒に帰ることにした。
「花沢って、今も俺のこと好きか?」
急に何を言い出すんだと言わんばかりの顔。
「……うん。好きだよ」
それでも答えてくれる彼女。
「前聞けなかったんだけどさ、どこが好きなの?」
「え?」
前向きに考えてくれていると思っているのだろうか。
今、怒りを感じている俺に対して。
友達に対して、俺に見せる態度を取らない楓を見て違和感を感じなかった自分にも。
自分が到底、ものを愛する彼女に振り向いてもらえないという事実にも。
「それは、その……」
彼女は照れくさそうに話した。
一学期、席が隣同士だったころ教科書を忘れた彼女に俺が貸したことがきっかけらしい。
それから、好きになって自分磨きに励んだそうだ。
つまり、ひとめぼれ。
貸した記憶を思い返すのに一苦労した。だって、日常の一コマでしかないのだから。
いちいち、覚えていない。
「どうかな。最初のころよりかわいくなれたかな」
一ミリもかわいくない。
楓に圧をかけるような女、どこにもかわいさを感じない。
「佐倉を囮に使ったお前が、可愛いわけがないだろう」
「え……」
その目には戸惑いがあった。
「考えたんだ。なんで、花沢が生きていられたのか」
「……」
「クマに追われたのなら逃げ切れるはずがない。実際、俺も逃げ切ることはできなかった。囮を用意することでしか逃げれない」
「……」
まだ黙っているのかと思ったが、俺は話を続けた。
「ちょっと前までは俺は一人でも犠牲者を出せば逃げれると思ってた。だけど、違う。女子一人逃げるには二人は犠牲にならなきゃいけない。だって、花沢は俺ほど足が速いわけじゃないから」
「その二人って……?」
「伊藤と佐倉だ」
「……もう、バレてたんだ」
自供したようなものだった。
いや、それ以前にあの時、花沢が話をそらした時点で答えは出ていた。
「話せるか?全部」
「うん、もう隠すのも疲れちゃったし」
花沢は、伊藤が行方不明になった理由をしっていた。
伊藤が、クマに襲われたという話を聞いて、一緒に帰った日。
その日はなにもなく、少しの間だけ一緒に帰りたいという誘いに乗った。
友達だし、断る理由がないから。
しかし、伊藤はそれからだんだんと弱っていった。
誰かにつけられているんじゃないか、誰かが私を狙っているのではないか。
そういう風に考えるようになってしまい、精神的に疲弊していた。
親がほとんど帰ってこないシングルマザーの家庭である花沢は伊藤を家に泊めることにした。
一緒にいてほしいという願いを答えるにはこれが最善だと思ったらしい。
だけど、伊藤の家は両親もいるためなかなか帰ってこない伊藤を心配して警察に届け出を出した。
捜査が始まると花沢は自分の行いの危うさに気づく。
伊藤を守るためとはいえ、伊藤が両親に連絡していなかった事実は今更巻き戻すことはできない。
伊藤の親に連絡しなかったことを花沢は怒ったが、伊藤の父親はDVを行うタイプで、家にいたくないという話を思い出しそれ以上は言わなかった。
しかし、そんなことしていてもバレることはバレる。
親友がもう一人いるのだから。
佐倉の存在だ。
佐倉と花沢でいることはあったが、佐倉は花沢に聞いた。
「伊藤をかくまっているの?」
と、確信づいた質問を。
佐倉は気づいていたらしい。
二人は中学からの仲だから。
期末テストから数日後の出来事。
花沢は伊藤にその話をしたそうだ。
一人にバレてしまったのは危険だと、伊藤は勝手に家を出た。
クマに襲われたらどうするのか。
追いかけたが、意味はなかった。
なぜなら、どこにもいないから。
田んぼ道に来てみても、いない。
伊藤の家の付近を探してもいない。
どこにもいない。
探してもいない。
その時、伊藤の言っていたクマの意味が分かったのだそうだ。
ちゃんとクマはいた。
そして、急いで逃げたらしい。
「今のところ、何も起こっていないが?」
「これからなの。二学期に入った時から状況が変わるの」
期末テストから数日。
何度もクマに追いかけられるようになった。
そして、俺を見つけ、かくまってほしいと頼んだ。
スマホは使えるから連絡は取れたみたいだが、やはり行方不明者という名目なので連絡は取らなかったそうだ。
二学期に入ったころ、佐倉から連絡が入った。
会えないかというメッセージ。
しかし、かくまってもらっているなか、そんなことはできない。
佐倉は、電話したそうだ。
今、伊藤といると。
伊藤が全部話したらしい。
花沢に助けてもらったこと、家にいたくなかったこと、クマに追われていること。
自分も助けになりたくて協力したそうだ。
それから、佐倉も行方不明者として名が挙がった。
しかし、伊藤の死体が発見されたと俺から聞いたことでクマはやはり自分たちを殺しに来ていると感じた。
ここも時期に見つかる。
断りなしに逃げた。
「それは、運がいい話だな。友達だからっていう理由で一緒に逃げるなんて。友達以外ならいじめくらいするのに」
「……」
「頼れる行政に頼ればよかったんじゃないのか?クマが出るって言ったって信じないだろうが、少なくとも伊藤の家庭を何とかしてくれる行政はあるはずだ」
「そんなすぐに頭が回るわけないじゃん……」
それから、すぐに佐倉に会いに行った。
佐倉はホテルを転々とし、たまに漫喫で過ごしたりと逃亡者のような暮らしをしていたそうだ。
伊藤が死んだところを目撃したみたいで警察に聞かれるのが怖かったらしい。
一緒にいろんなところに向かって、クマの情報を仕入れるようにしていたが目撃者と被害者とでは話が違うことすら自分たちは知ることができなかったそうだ。
そして、俺とクマが相対した日。溝内が死んだ日。
事件は起きた。
佐倉も花沢も襲われた。
佐倉が先にやられ、逃げるために利用したそうだ。
溝内と同じような死に方だったと語る。
ぎりぎりまで担いで限界が来たら犠牲にするしかないと考えたそうだが、そのクマは急に方向を変えた。
公園がある方へと向かった。
先回りされている気がして、佐倉はその場でおろした。
公園の方へと勇気を出して向かうと溝内が殺され、俺とクマが相対する状況。
これが花沢の知るすべての真相だった。
「だから、佐倉は隠すことにしたのか?」
「うん。誰かに見つけてもらおうと思った。第一発見者は犯人って疑われやすいって聞くから」
「事情聴取の時に何か言えばよかったんじゃ?」
「言えないよ。リスクが大きいもん」
「だろうな。そうじゃないと、宮野を殺したのは亜久里たちだって言わない……。いや、宮野を犠牲にした過去は消すのか?」
「宮野は……」
「お前がおびき寄せたんじゃないのか?宮野はお前のこと好きだっただろうが。それくらい知っていたはず」
「そうだよ。だけど……」
「宮野はどこだ」
「わかんない」
「は?ふざけんな。散々、人のこと騙して、利用して、牽制して、抑圧してきたくせに」
「宮野は私の前で自殺したの!!」
「え……」
衝撃的だった。
いきなり自殺したなんてそんな……。もったいない。
「彼は、私に会いたがってた。わかる。好きなこと知ってたから。でも、宮野、気づいてたみたい。私が、吉沢のこと好きだって。振り向いてくれることはできなくても、記憶には残っていてほしいって。吉沢たちに会う前にそんなことしたの!!」
「……」
黙るしかなかった。
そんな愛の形もあるのかと新しい知識だった。
もし、俺がそうすれば、楓に覚えていてもらえる……!
たとえ、振り向いてくれなくても……!
新しい兆しが見えたとき、そこに現れたのは彼女らの死体。
首を掻っ切った跡のある宮野の死体。
泡を吹いて倒れている佐倉の死体。
それでも俺は、楓に振り向いてもらえる方法を知って高揚していた。