君の一番は僕がいい
二章

気づかぬ

 最近は体が重い。
 彼にそう言うと、笑って済ませるだけ。
 車ばっかり使ってるから体力ないんじゃねえの、と。
 ムカつく。
 私だってスタイルを維持するために筋トレくらいしてる。
 走りに行くことだってある。
 今日は、親が車を出すことができないから啓と一緒に行くことになっていたのに……。
「なんで来ないのよ……」
 親ももう仕事へ行ってしまった。
 スマホで連絡してみても電話をしてみても既読すらつかなかった。
 ため息をつくと、ぬいぐるみが端に見えた。
 いけない。
 啓が初めてくれたプレゼント。
 そして、今は大好きなクマのぬいぐるみ。
 名前は、クマ太郎だ。
 啓に言ったら「ぬいぐるみに名前つけるって、聞いたことないんだけど」とか「センス皆無かよ」と笑われた。
「犬や猫に名前を付けることあるんだし良いじゃん!」と反論してやった。
 センスがないのはわかってるから言い返せなかったけど……。
 そしたら、面白がってほっぺをむにむに触って来た。
 昔からよくあることだから気にしてないけど、恥ずかしく感じる時も最近は多い。
 だって、絶対変な顔しているもん。
 かわいくないもん。
 今度、そんなこと言ってみたらどんな反応するんだろう。
「ねえ、どうかな?」
 クマ太郎に聞いても今日は反応がない。
 最近、夜しか反応してくれないんだよなぁ。
 スマホで時間を確認するとそろそろ出ないといけないことに気づく。
 バックを掴んで立ち上がる瞬間、胸に痛みが走った。
「いだっ!!」
 胸を押さえてしゃがみ込む。
 だけど、時間がないからゆっくり立ち上がってゆっくり歩く。
 もしもこの時間にクマが出たらどうしよう。
 いつもなら、啓がいるから心強いし安心できる。
 朝練にでもいったのだろうか。
 だとしたら、連絡くらいほしい。
 あとで文句言ってやる。
 学校に着くと明らかに騒々しい。
 いつもとは違ったうるささ。
 啓はまだ来ていない。
「日野さん!」
 声をかけてくれたのは茅野だった。
 歩いて、近くまで来てくれると何があったのか聞いてもないのに教えてくれた。
「佐倉さんと宮野、近くで亡くなってたらしいの!しかも、同じ日に花沢さんの帰宅路で花沢さんも亡くなったって。吉沢も同じ場所で倒れてたって」
「え?」
 昨日って、一緒に家にいたはず。
「夜、歩いていた人が見つけたらしくて病院に」
「夜?」
 夕方には帰ったはずなのに。
「うん。吉沢はまだ目が覚めてないって話。さっき臨時の先生が教えてくれた」
「そう、なんだ……」
 焦りがあった。
 もし、私の家に寄った流れでクマに襲われたのだとしたら?
「どこの病院?」
「えっと、確か―――」
 病院を聞いた私はすぐに向かおうと踵を返した時、やはりまた胸に痛みが走った。
「だ、大丈夫?」
 茅野が心配してくれる。
「大丈夫。少し、痛みがあっただけ」
「そう……」
 登校中、すごく怖かったけど、今はそれどころじゃない。
 啓に何があったのか聞かないと。
 学校を飛び出した。
 病院に着くと看護師が教えてくれたのでその病室へと向かった。
 病室で寝ている彼は、肩を揺すってみても反応はなかった。
 看護師曰く、今も意識は回復していないという。
 椅子に座ると、じっと見てみる。
 眠っている姿を見るのは小さいころ以来だからこう見ると男っぽい。
 中学生辺りからSっ気を感じてはいたが、ここまで男らしくなるなんて小さい頃は思わなかった。
 ほっぺをつねってくる仕返しとして眠っている啓のほっぺをつまんでみる。
 酸素マスクなどしているからしないほうがいいのかもしれないけど、起きてしまったらできないかもなので今やってみる。
 片方をつまんでみても置きそうないから、両方をつまんでみる。
 こんなことで意識が回復するとは思えないのでムニムニと触ってみる。
 意外と頬肉がない。
 男らしい顔立ちになっているのだろう。
 帰りの時間になるまで待ってみたが彼は起きなかった。
 家に帰り風呂につかったあと、夕飯を食べ、部屋に戻る。
 いつの間にか、秋を感じることが増えていて上だけ長袖にした。
 短パンに長袖のよくあるパジャマコーデ。
 中間試験が終わっても期末試験が迫っているので机に向かう。
 クマ太郎を膝に置いて数学の勉強をする。
 いつもならわからないところを啓に聞けるというのに今は入院中なので不可能だ。
「全く、啓もバカだよねぇ?」
 集中力が切れた私は、クマ太郎の両脇を掴んで顔辺りまで持ち上げるとそういった。
「ありえなくない?なんで、あの場所で倒れているんだろうね」
(さあ、なんでだろう)
 クマ太郎が言う。
「啓ってよく私のほっぺ触ってくるし、いじってくるし……。わけわかんない……」
 彼は私に何を感じているのか、何を思っているのかさっぱり理解できない。
「私たちはただの幼馴染だよ……」
(相手がそう思っていなかったら?)
「え?」
 そんなわけないよ。
 彼は私みたいな人好きにならない。
 仮になってしまっても困る。
 だって……。
「私、クマ太郎の方が好きだよ。啓よりもずっと」
 そういって、クマ太郎の口にキスをする。
(僕も好きだよ)
「えへへっ。知ってるぅ!」
(楓以外考えられないよ)
「きゃー!!ダメダメ!王子様みたい!」
 クマ太郎の顔に自分の顔をこすりつける。
 恥ずかしさを消すように。
「ねえねえ、聞いてよ!そういえば、花沢、死んじゃったみたい!」
(それは、よかったね)
「え?いや、よくないよ!だって、まさか死ぬとは思わないじゃん!伊藤も花沢も佐倉も!」
(君が望んだじゃないか)
「望んだって言うより、冗談寄りだよ!」
(でも、死んだ)
「そうだけどさ……」
(なんだい?)
「私のクラス、みんな死んじゃってる」
 よくわかっていないようなクマ太郎の反応にもう少し付け足す。
「だって、プラスで宮野、美馬、佐久間もだよ?啓だって入院してるし!楽しみにしてる修学旅行とかどうなっちゃうの!」
(何も発表されていないならどうしようもないね)
「冷たい……」
(溝内って教師はどうなったの?)
「そう!溝内!私のこと贔屓してたのに、いつの間にか死んじゃってた!」
 溝内は、やたらと私のことを気にかけて二人になる時間が多くなった。
 正直、あまりいい先生だと思えなかったので厄介なのが消えたという気持ちはなくもない。
 なぜだか寄ってくる男子たち、女子たちを相手にするのはすごく疲れる。
 好かれているのは嬉しいけど、勘違いする人たちもいる。
 最後まで話を聞かないで人を蔑む人だって。
 それこそ、伊藤や花沢、佐倉たちだ。
 それに比べて、啓は優しい。
 あれだけいじってくるのはいつものことだけど、私が唯一素でいられる男子だ。
 このクマ太郎だって彼がくれた。
 彼がプレゼントしてくれたもの。
 あの過去は忘れようにも忘れられない大事な想い出。
 今、私がクマ太郎を好きでいれるのは彼のおかげなのだ。
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