君の一番は僕がいい
幼稚園生のころだ。
そのころ、私はいじめを受けていた。
それも太っているという理由で。
年長にもなれば、太ってるってだけで嫌う人もいるしからかいの的になる。
それが私だった。
いつも泣きながら帰って嫌々通って。
それに終止符を打ってくれたのが吉沢啓だった。
彼も園内では運動ができるって理由で人気で私もそのころ彼をかっこいいと思っていた。
だけど、こんな私に気にかけてくれるわけがないと話しかけることさえしなかった。
小さなグラウンドで昼、遊ぶときいつもからかわれボールを当てられて蹴ったボールも当てられて。
良い的だったんだと思う。
その日も何度も当てられて心は落ち込んだまま、一人で当てられないようにって逃げても別の場所からボールを当てられる。
「あ、ごめーん。当たっちゃった!」
年長になればそういって何でもかんでもやってくる。謝ったところでもう一度やってくる。
なぜなら、「当たっちゃった」なのだから。
故意ではないのだ。
それからもう一度当てられた私はボールを返して逃げようと決めた。
その時だった。
「おい、なんでお前ボール当てんだよ。そっちは日野しかいねえだろうが」
私からボールを取った彼は、本気で当てた彼にボールを当てた。
「わっ!?」
驚いたあまり私は声を出してしまっていた。
「女子、当てるくらいなら俺らが的になってやるよ」
その男子は、泣きそうな顔で顔を抑えている。
鼻血が出てしまっていた。
いくら何でもやりすぎだ。
が、その時私の体にまたボールが当たった。
別で遊んでいた人たちのもの。
「日野、お前ボール当て鬼でもやってんの?」
「え?いや、違うけど」
ただ的にされているだけ。
「そのボール貸して」
「は、はい」
手渡すと彼はササッとその人たちに寄って行って話し始めた。
私は、もうグラウンドにいたくなくて園内に戻った。
それから、数十分。
「おーい。なんで、お前戻っちまったんだよ。一緒に遊ぼうって誘おうと思ったのに」
「……」
「黙んなよ、デブ。デブはデブらしく俺たちの言うこと聞いとけよ」
さっきの彼の表情から見せるセリフではなかった。
「って、あいつら言ってたからそういってみたけど、傷つくな。思いのほか、傷つくんだけど。よく、みんな言えるよなー」
と、普通に隣に座って来た。
「まあ、でもデブに違いはないか」
「ちょっと」
「反応するんかい。いつも反応しないし良いのかなって」
「……嫌、だよ」
「痩せたら?」
「でも……」
そう簡単に痩せられない。
「今、年長だろ?で、来年になれば小学一年生。小学生になったらもっと人増えるし見られるよ?その体、小学校で見せれる?」
心もない辛辣な発言。
事実だけど、苦しい。
「ふ、太ってないってことにしてよ」
「それはなくね。ほら」
すると、彼は突然私のお腹をつまんだ。
「ひゃ!?」
「この肉で太ってないは、ちょっと……」
「痛い痛い!」
そのまま力を入れる彼の腕を掴んで離した。
「痩せれば今みたいなことはなくなるよ。つまむ肉さえなくなるんだから」
「痩せ方知らないし……」
「手伝ってやるよ。今日帰ったら公園集合な」
それから、彼は私を毎日公園に誘った。
同じ園児たちも含めておにごっこやドッチボール。
とにかく体を動かした。
苦手な運動もそのころには軽くできるようになっていた。
園児たちも私を誘うようになり、的にしていた時のことは謝ってくれた。
彼のおかげだった。
彼は、人気者だし私以外と話した方が楽しいはずなのに毎日遊んでくれたし話してくれた。
夏を過ぎたころ。
吉沢家と一緒にキャンプに行くことになった。
これまたなんの偶然か。
両親が吉沢家の両親と親しくしていたらしい。
「どう、組の中で仲良くできてる?」
彼は私のことを気遣ってくれた。
両親のいない場所で二人、川で遊びながら。
「吉沢君のおかげで!」
「……」
「どうかした?」
「デブ、お前、名前で呼べよ」
「え?いや、デブって!!」
「まだ痩せてねえんだからデブでいいだろ」
「はぁ!?」
「こんなに一緒にいて名前で呼ばないって変だろうが」
「……デブって言ったくせに!」
「デブなんだから仕方ないだろ!」
「これでも少しやせた!もう充分!」
そんなことを言ってみると、彼は真顔で私のほっぺをつまんだ。
「ふぇ!?」
「まだこんな肉あんのによくそんなこと言えたな」
「だ、だってひょうがないひゃん!!」
思いのほか、力が強くてうまくしゃべられない。
「はっ!なんだその喋り方は!デブは頬をつねられるとしゃべることさえできなくなるのか?」
ムカッとした。
そんないい方しなくてもいいじゃん!
泣きそう。
「……あ、いや、ちょっと待て。わかった!わかったから!泣くなって!許せ!俺が悪かったから!」
「うぇぇぇん!」
涙があふれると声まで出てしまった。
「だ、だから、ごめんって!ほんとに許して‼」
私は考えなしに彼の胸元で泣いた。肩辺りをポカポカと叩きながら。
「意地悪!啓の意地悪!最低!ひどい!ひどすぎるよ!私だって頑張ってるのに……!」
「わ、分かった!わかったから!」
肩をガシッとつかんで少し離すと彼は真剣な顔で言った。
「来年!小学校に入学する前までに痩せろ!そしたら、俺から入学祝をくれてやる!だから、泣くなって!」
「どうせ、嘘じゃん!」
「待てよ!泣くな!ほんとだ!お前が、頑張れば頑張っただけ俺がお前の望み叶えてやるから!」
「名前で呼んでないじゃん!!」
「……楓!デブって言って悪かった!今もデブだって思ってるけど、許してほしい!」
私は彼のいらない一言にまた泣いた。
夕飯はよりにもよってお肉が出た。
「食べないの?」
ママにそういわれて、減らしてと頼んだ。
「え?好きでしょ、肉」
「そうだけど……」
痩せないとまたデブって言われる。
「食べれば?どうせ、明日も遊ぶんだし」
なのに彼はそういった。
「でも、啓、デブって」
「言ってねえし!なんで、親の前でそんなこと言うんだ、バカなのか!?」
「言ったじゃん!!私のこと今もデブだと思ってるって!!」
売り言葉に買い言葉。
「まあまあ、啓。あまり好きな子をいじめちゃダメだよ」
「はあ!?何言ってんだ、父さん!こいつなんか別に好きじゃねえっての!」
「え……」
それがすごくショックだった。
また泣きそうになって顔を下げた。
もう泣きたくない。泣きたくないのに……。
「ああ!!違うって!父さんが変なこと言うからじゃないか!」
「私、啓のことすきなのに……」
「……え、お、え?あ、えっと……」
「啓は、わたしのこと友達だとすら思ってくれてなかったんだね」
「……」
そうなんだ……。
この沈黙はそういうことなんだ。
「違うって!!バカじゃねえの!お前のことは友達だと思ってる!ああああああ、違うじゃないか!父さんたちが変なこと言い出すからこうなるんだろ!こいつのこと別に嫌いなんかじゃねえから!」
「じゃあ、好きかい?」
「ああ」
「ん?」
「……」
「言えないのかい?」
啓のお父さんは質問していた。
啓が戸惑っていることに少し疑問を抱いた。
「……」
別に、好きじゃないんならそういえばいいのに……。
「好きだよ」
顔が赤くなった。
きっとバレてる。
「父さん!ほんとに勘弁してくれ!やめろよ!」
「あははっ、青春だねえ」
と、私の両親も啓の両親も笑っていた。
啓は顔を赤らめていた。
私と目が合うとプイッとそらしてしまった。
やっぱり、好きじゃないのだろうか。
だけれど、夏休みはいろんなところに出かけた。
クレーンゲームでほしいぬいぐるみを取ってやるといった啓は結局取れずがっかりな気持ちとショックを受けた。
映画に行けば、二人で感動して親のいる前で感想を言い合って号泣した。
啓の家に行って二人でゲームをしたり、海に行って水をかけあったり。
そうやって冬休みも一緒に過ごした。
運動したり家でゲームしたり。
それから、幼稚園を卒園して三月の終わり。
よく遊んでいた公園に呼ばれ、先に行った啓のもとへ向かった。
彼はベンチに座ってボーっとしていた。
「よっ!」
気軽い感じに声をかける。
思えば、一年間ずっと一緒にいた気がする。
私に振り向いた彼の表情は読めない。
「なんだ、お前か」
「な!ま!え!」
「昼間っから元気だな、デブは」
「で、デブ……!?」
久しぶりに言われてショックを受けた。
まだ、痩せ切れていなかっただろうか。
「ひどい……!」
「嘘だよ。最近、女子と一緒にいること多いし、話せてないから感覚を忘れただけ」
「昨日一緒にいたのにそれはないでしょ」
「……」
図星みたいだ。
「痩せたせいで、女子も男子もお前に寄り付いて……」
「え?」
急に何を言い出すのだろう。
「お前、もう一度太ったら?」
「は!?何言ってんのさ!」
痩せろって言ってきたくせに、痩せたら今度は太れって!意味わかんない!
「俺じゃなくてもほかの男子とか女子とかと話せばいいんじゃね?小学生に上がるんだし」
なぜだか彼は私を突き放してくる。
「な、なんで?どうしたの急に」
「自覚はあるでしょ。やたら声掛けられるようになったんだから」
確かに、冬過ぎから多くなった気はしてる。
「だからって」
「これ、痩せたお前に小学生祝い。じゃあな」
プレゼント包装されたものを手渡すと渡ったことを確認した彼はスタスタと歩いてしまう。
さっきからすごく冷たい。
突き放して、一方的に距離を置いて。
ほかの男子や女子と話せばいいなんて勝手なこと言い出して。
私は……そんなの、嫌だ……!
「……何それ」
彼は歩みを止めない。
「さっきから意味わかんない!」
なんで話を聞こうとしないの!
「話くらい聞いてよ!バカ!」
腕を掴むと彼はやっと立ち止まった。
「何?私、なんかした?言ってよ!何かしたなら!別に引っ越すわけでもないんだから、突き放さないでよ!」
「……」
「いつもみたいに言えばいいじゃん!デブとかなんとか!嫌いならそういえばいいじゃん!」
「……お前のこと好きな人、沢山いるんだってさ」
「え?」
さっきから何が言いたいのかわかんない。
「丁度二年くらい前からずっと誰もお前のこと好きじゃなくて、むしろいじめの的にして。一年前にやっと話せることができて俺しかいないだろうな、なんて考えてたら今はもう男子もみんなお前のことが好きなんだってさ」
「だから、何が言いたいの?」
「……鈍感なの、すっげぇムカつくわ」
怒った顔で私のほっぺをつまんだ。
少し痛い。
「俺だけがお前のこと好きだって思ってたのにさ!なんで、痩せるとみんなしてお前のこと好きになるんだろうな!俺だけだったのに!意味わかんねえのはこっちだよ!バカが!一年とか前からずっと好きなのに一切気づかないでさ!キャンプの日、好きだって言われて、嬉しかったのにそのあと黙りこんで!夏も冬も一緒にいたのにお前はなんにも思わなかったのかよ!」
痛い。
ほっぺが痛い。
彼がなんで泣きながらそんなこと言うのかわかんない。
どういう感情なんだろう。
友達になれるなんてこんなに嬉しいことはない。
誰かに蔑まれながら生きてたんだ。
友達になってくれるだけでもすごくうれしい。
彼は、私のこと友達以外の何で見ているっていうの?
人気者で何不自由なく楽しく過ごしてる彼が私に何を抱くの?何を感じてるの?
好きって友達に言う言葉じゃん。
友達だから一緒にいられる。
夏も冬もずっと一緒に入れたのは友達だからだよ。
「ねえ、さっきから変だよ……」
「変なのはお前だよ、デブ!」
「だって、私たちは友達じゃん。ほかのみんなも。みんな友達じゃん。啓だって人気者だし友達いっぱいいたじゃん。羨ましかったよ」
「……そっか」
「そうだよ。私はただのデブで助けてくれた啓っていう友達がいるくらいだよ」
「……俺、変だわ。わかってなかった。そうだよな、変なのは俺の方だよな。取り乱してる感じしてキモかっただろ。笑ってくれ」
手を離して言う彼はなぜだかこの時無理して明るくしているように見えた。
「ああ、てか、これはもらってよ。お前に送るようなんだから」
お前、お前って。
「な!ま!え!」
「はいはい。楓、今日までよく頑張ったな。おめでとう」
「あけていい?」
「どうぞ」
包装をきれいにとって取り出すとそれはとることができなかったぬいぐるみだった。
「クマだぁ……!」
「そんな嬉しいのかよ」
「嬉しいよ!だって、ずっと取れなかったじゃん!」
「まあな」
「かわいい」
「……」
「ね、かわいいでしょ」
「……え、ああ、うん」
「ほんとに思ってる?」
「いや、思ってる、思ってる」
絶対に思ってないとき言い方だ。
「またデブになったらデブって呼んでやるよ」
「やめてよ!」
そんなことを言い合っていた。
笑っていた。
楽しかった。
ずっとこんな風に友情が続いていたら何かが変わることはなかったんじゃないだろうか、って今はすごく思うんだ。
そのころ、私はいじめを受けていた。
それも太っているという理由で。
年長にもなれば、太ってるってだけで嫌う人もいるしからかいの的になる。
それが私だった。
いつも泣きながら帰って嫌々通って。
それに終止符を打ってくれたのが吉沢啓だった。
彼も園内では運動ができるって理由で人気で私もそのころ彼をかっこいいと思っていた。
だけど、こんな私に気にかけてくれるわけがないと話しかけることさえしなかった。
小さなグラウンドで昼、遊ぶときいつもからかわれボールを当てられて蹴ったボールも当てられて。
良い的だったんだと思う。
その日も何度も当てられて心は落ち込んだまま、一人で当てられないようにって逃げても別の場所からボールを当てられる。
「あ、ごめーん。当たっちゃった!」
年長になればそういって何でもかんでもやってくる。謝ったところでもう一度やってくる。
なぜなら、「当たっちゃった」なのだから。
故意ではないのだ。
それからもう一度当てられた私はボールを返して逃げようと決めた。
その時だった。
「おい、なんでお前ボール当てんだよ。そっちは日野しかいねえだろうが」
私からボールを取った彼は、本気で当てた彼にボールを当てた。
「わっ!?」
驚いたあまり私は声を出してしまっていた。
「女子、当てるくらいなら俺らが的になってやるよ」
その男子は、泣きそうな顔で顔を抑えている。
鼻血が出てしまっていた。
いくら何でもやりすぎだ。
が、その時私の体にまたボールが当たった。
別で遊んでいた人たちのもの。
「日野、お前ボール当て鬼でもやってんの?」
「え?いや、違うけど」
ただ的にされているだけ。
「そのボール貸して」
「は、はい」
手渡すと彼はササッとその人たちに寄って行って話し始めた。
私は、もうグラウンドにいたくなくて園内に戻った。
それから、数十分。
「おーい。なんで、お前戻っちまったんだよ。一緒に遊ぼうって誘おうと思ったのに」
「……」
「黙んなよ、デブ。デブはデブらしく俺たちの言うこと聞いとけよ」
さっきの彼の表情から見せるセリフではなかった。
「って、あいつら言ってたからそういってみたけど、傷つくな。思いのほか、傷つくんだけど。よく、みんな言えるよなー」
と、普通に隣に座って来た。
「まあ、でもデブに違いはないか」
「ちょっと」
「反応するんかい。いつも反応しないし良いのかなって」
「……嫌、だよ」
「痩せたら?」
「でも……」
そう簡単に痩せられない。
「今、年長だろ?で、来年になれば小学一年生。小学生になったらもっと人増えるし見られるよ?その体、小学校で見せれる?」
心もない辛辣な発言。
事実だけど、苦しい。
「ふ、太ってないってことにしてよ」
「それはなくね。ほら」
すると、彼は突然私のお腹をつまんだ。
「ひゃ!?」
「この肉で太ってないは、ちょっと……」
「痛い痛い!」
そのまま力を入れる彼の腕を掴んで離した。
「痩せれば今みたいなことはなくなるよ。つまむ肉さえなくなるんだから」
「痩せ方知らないし……」
「手伝ってやるよ。今日帰ったら公園集合な」
それから、彼は私を毎日公園に誘った。
同じ園児たちも含めておにごっこやドッチボール。
とにかく体を動かした。
苦手な運動もそのころには軽くできるようになっていた。
園児たちも私を誘うようになり、的にしていた時のことは謝ってくれた。
彼のおかげだった。
彼は、人気者だし私以外と話した方が楽しいはずなのに毎日遊んでくれたし話してくれた。
夏を過ぎたころ。
吉沢家と一緒にキャンプに行くことになった。
これまたなんの偶然か。
両親が吉沢家の両親と親しくしていたらしい。
「どう、組の中で仲良くできてる?」
彼は私のことを気遣ってくれた。
両親のいない場所で二人、川で遊びながら。
「吉沢君のおかげで!」
「……」
「どうかした?」
「デブ、お前、名前で呼べよ」
「え?いや、デブって!!」
「まだ痩せてねえんだからデブでいいだろ」
「はぁ!?」
「こんなに一緒にいて名前で呼ばないって変だろうが」
「……デブって言ったくせに!」
「デブなんだから仕方ないだろ!」
「これでも少しやせた!もう充分!」
そんなことを言ってみると、彼は真顔で私のほっぺをつまんだ。
「ふぇ!?」
「まだこんな肉あんのによくそんなこと言えたな」
「だ、だってひょうがないひゃん!!」
思いのほか、力が強くてうまくしゃべられない。
「はっ!なんだその喋り方は!デブは頬をつねられるとしゃべることさえできなくなるのか?」
ムカッとした。
そんないい方しなくてもいいじゃん!
泣きそう。
「……あ、いや、ちょっと待て。わかった!わかったから!泣くなって!許せ!俺が悪かったから!」
「うぇぇぇん!」
涙があふれると声まで出てしまった。
「だ、だから、ごめんって!ほんとに許して‼」
私は考えなしに彼の胸元で泣いた。肩辺りをポカポカと叩きながら。
「意地悪!啓の意地悪!最低!ひどい!ひどすぎるよ!私だって頑張ってるのに……!」
「わ、分かった!わかったから!」
肩をガシッとつかんで少し離すと彼は真剣な顔で言った。
「来年!小学校に入学する前までに痩せろ!そしたら、俺から入学祝をくれてやる!だから、泣くなって!」
「どうせ、嘘じゃん!」
「待てよ!泣くな!ほんとだ!お前が、頑張れば頑張っただけ俺がお前の望み叶えてやるから!」
「名前で呼んでないじゃん!!」
「……楓!デブって言って悪かった!今もデブだって思ってるけど、許してほしい!」
私は彼のいらない一言にまた泣いた。
夕飯はよりにもよってお肉が出た。
「食べないの?」
ママにそういわれて、減らしてと頼んだ。
「え?好きでしょ、肉」
「そうだけど……」
痩せないとまたデブって言われる。
「食べれば?どうせ、明日も遊ぶんだし」
なのに彼はそういった。
「でも、啓、デブって」
「言ってねえし!なんで、親の前でそんなこと言うんだ、バカなのか!?」
「言ったじゃん!!私のこと今もデブだと思ってるって!!」
売り言葉に買い言葉。
「まあまあ、啓。あまり好きな子をいじめちゃダメだよ」
「はあ!?何言ってんだ、父さん!こいつなんか別に好きじゃねえっての!」
「え……」
それがすごくショックだった。
また泣きそうになって顔を下げた。
もう泣きたくない。泣きたくないのに……。
「ああ!!違うって!父さんが変なこと言うからじゃないか!」
「私、啓のことすきなのに……」
「……え、お、え?あ、えっと……」
「啓は、わたしのこと友達だとすら思ってくれてなかったんだね」
「……」
そうなんだ……。
この沈黙はそういうことなんだ。
「違うって!!バカじゃねえの!お前のことは友達だと思ってる!ああああああ、違うじゃないか!父さんたちが変なこと言い出すからこうなるんだろ!こいつのこと別に嫌いなんかじゃねえから!」
「じゃあ、好きかい?」
「ああ」
「ん?」
「……」
「言えないのかい?」
啓のお父さんは質問していた。
啓が戸惑っていることに少し疑問を抱いた。
「……」
別に、好きじゃないんならそういえばいいのに……。
「好きだよ」
顔が赤くなった。
きっとバレてる。
「父さん!ほんとに勘弁してくれ!やめろよ!」
「あははっ、青春だねえ」
と、私の両親も啓の両親も笑っていた。
啓は顔を赤らめていた。
私と目が合うとプイッとそらしてしまった。
やっぱり、好きじゃないのだろうか。
だけれど、夏休みはいろんなところに出かけた。
クレーンゲームでほしいぬいぐるみを取ってやるといった啓は結局取れずがっかりな気持ちとショックを受けた。
映画に行けば、二人で感動して親のいる前で感想を言い合って号泣した。
啓の家に行って二人でゲームをしたり、海に行って水をかけあったり。
そうやって冬休みも一緒に過ごした。
運動したり家でゲームしたり。
それから、幼稚園を卒園して三月の終わり。
よく遊んでいた公園に呼ばれ、先に行った啓のもとへ向かった。
彼はベンチに座ってボーっとしていた。
「よっ!」
気軽い感じに声をかける。
思えば、一年間ずっと一緒にいた気がする。
私に振り向いた彼の表情は読めない。
「なんだ、お前か」
「な!ま!え!」
「昼間っから元気だな、デブは」
「で、デブ……!?」
久しぶりに言われてショックを受けた。
まだ、痩せ切れていなかっただろうか。
「ひどい……!」
「嘘だよ。最近、女子と一緒にいること多いし、話せてないから感覚を忘れただけ」
「昨日一緒にいたのにそれはないでしょ」
「……」
図星みたいだ。
「痩せたせいで、女子も男子もお前に寄り付いて……」
「え?」
急に何を言い出すのだろう。
「お前、もう一度太ったら?」
「は!?何言ってんのさ!」
痩せろって言ってきたくせに、痩せたら今度は太れって!意味わかんない!
「俺じゃなくてもほかの男子とか女子とかと話せばいいんじゃね?小学生に上がるんだし」
なぜだか彼は私を突き放してくる。
「な、なんで?どうしたの急に」
「自覚はあるでしょ。やたら声掛けられるようになったんだから」
確かに、冬過ぎから多くなった気はしてる。
「だからって」
「これ、痩せたお前に小学生祝い。じゃあな」
プレゼント包装されたものを手渡すと渡ったことを確認した彼はスタスタと歩いてしまう。
さっきからすごく冷たい。
突き放して、一方的に距離を置いて。
ほかの男子や女子と話せばいいなんて勝手なこと言い出して。
私は……そんなの、嫌だ……!
「……何それ」
彼は歩みを止めない。
「さっきから意味わかんない!」
なんで話を聞こうとしないの!
「話くらい聞いてよ!バカ!」
腕を掴むと彼はやっと立ち止まった。
「何?私、なんかした?言ってよ!何かしたなら!別に引っ越すわけでもないんだから、突き放さないでよ!」
「……」
「いつもみたいに言えばいいじゃん!デブとかなんとか!嫌いならそういえばいいじゃん!」
「……お前のこと好きな人、沢山いるんだってさ」
「え?」
さっきから何が言いたいのかわかんない。
「丁度二年くらい前からずっと誰もお前のこと好きじゃなくて、むしろいじめの的にして。一年前にやっと話せることができて俺しかいないだろうな、なんて考えてたら今はもう男子もみんなお前のことが好きなんだってさ」
「だから、何が言いたいの?」
「……鈍感なの、すっげぇムカつくわ」
怒った顔で私のほっぺをつまんだ。
少し痛い。
「俺だけがお前のこと好きだって思ってたのにさ!なんで、痩せるとみんなしてお前のこと好きになるんだろうな!俺だけだったのに!意味わかんねえのはこっちだよ!バカが!一年とか前からずっと好きなのに一切気づかないでさ!キャンプの日、好きだって言われて、嬉しかったのにそのあと黙りこんで!夏も冬も一緒にいたのにお前はなんにも思わなかったのかよ!」
痛い。
ほっぺが痛い。
彼がなんで泣きながらそんなこと言うのかわかんない。
どういう感情なんだろう。
友達になれるなんてこんなに嬉しいことはない。
誰かに蔑まれながら生きてたんだ。
友達になってくれるだけでもすごくうれしい。
彼は、私のこと友達以外の何で見ているっていうの?
人気者で何不自由なく楽しく過ごしてる彼が私に何を抱くの?何を感じてるの?
好きって友達に言う言葉じゃん。
友達だから一緒にいられる。
夏も冬もずっと一緒に入れたのは友達だからだよ。
「ねえ、さっきから変だよ……」
「変なのはお前だよ、デブ!」
「だって、私たちは友達じゃん。ほかのみんなも。みんな友達じゃん。啓だって人気者だし友達いっぱいいたじゃん。羨ましかったよ」
「……そっか」
「そうだよ。私はただのデブで助けてくれた啓っていう友達がいるくらいだよ」
「……俺、変だわ。わかってなかった。そうだよな、変なのは俺の方だよな。取り乱してる感じしてキモかっただろ。笑ってくれ」
手を離して言う彼はなぜだかこの時無理して明るくしているように見えた。
「ああ、てか、これはもらってよ。お前に送るようなんだから」
お前、お前って。
「な!ま!え!」
「はいはい。楓、今日までよく頑張ったな。おめでとう」
「あけていい?」
「どうぞ」
包装をきれいにとって取り出すとそれはとることができなかったぬいぐるみだった。
「クマだぁ……!」
「そんな嬉しいのかよ」
「嬉しいよ!だって、ずっと取れなかったじゃん!」
「まあな」
「かわいい」
「……」
「ね、かわいいでしょ」
「……え、ああ、うん」
「ほんとに思ってる?」
「いや、思ってる、思ってる」
絶対に思ってないとき言い方だ。
「またデブになったらデブって呼んでやるよ」
「やめてよ!」
そんなことを言い合っていた。
笑っていた。
楽しかった。
ずっとこんな風に友情が続いていたら何かが変わることはなかったんじゃないだろうか、って今はすごく思うんだ。