君の一番は僕がいい
一章
揺らぐ
二学期、初日。
いつもより静かな教室。
当然だ。このクラスには三人生徒がいなくなってからいまだに消息が不明なのだから。
一人目である伊藤加奈の時は騒ぐくらいですぐに戻ってくるだろうなんて話していた。
二人目の花沢美玖が消えたときはクラスの中でも三番手には入る可愛さだからこそ他クラスでも動揺が広がった。想い人はいるだろうにこうなってしまった以上、生徒の中でも彼女を好きでいた人たちは探し回ったらしい。が、そもそも生徒複数人が数時間で見つけられるわけがない。
三人目の佐倉天音は今こうして噂が爆発的に広まっている。
ひそひそと話す人もいれば、仲のよかった日野楓を心配する人もいる。
警察が捜査していることに変わりはないがこうも人が消えるとこわくなる人もいるそうだ。
そのうちの一人が今こうして僕に話しかけてくる。
「なあ、やっぱ呪いなんじゃないか?もしかしたら、俺らの中でも人が消えるかもしれないよ」
と、本気で怖がる美馬雄大。
「そんなことより、部活どうする?絶対、赤点食らうだろ美馬」
「お前は呑気か!絶対に呪いだ!呪いで殺されるんだ!」
「騒ぐなよ」
あの三人がいないせいで少し大きな声になるとみんなに聞こえてしまう。
三人含め楓たちはクラスの一軍ともいうべき存在で四人がいれば二軍ともいえる金魚の糞たちがここぞとばかりに騒ぐのだ。
まあ、今そんな四人のなか、一人だけになれば騒ぎたくても騒げない。三人がいない中騒ぐなど不謹慎だと思うのだろう。
「ねえ、やめなよ!そんなこと言わないで!」
ほら見ろ。こうやって二軍女子の茅野芽衣が怒る。
「いいよ、気にしないで」
日野楓がそうやって諭す。
しかし……。
「そんなのだめだよ。美馬がまた不謹慎なこと言うよ!」
クラスの中も最悪。
修学旅行だって控えているのにどうするつもりなのだろうか。
あと、体育祭にテスト。
二学期は気が抜けないというのに。
「お、お前もなんか言ってくれよ!吉沢だって何か思うことはあるだろ!ほ、ほら、佐久間も!」
「ない。どうせ、どっか警察に見つかって保護されるのが妥当だろ」
俺はくだらないと、席を立ち廊下に向かうとドアの前で立ちふさがる。
「どいてくれ」
「いや」
「なんで」
「謝ってよ。もしそうじゃなかったらどうするの」
正義ぶってる女が一番嫌いだとため息をつけば余計に態度を悪化させそうで思いとどまる。
その言葉が一番傷つくとなぜこういう人たちはわからないのだろうか。
現に、楓はハッとして苦しそうに下を見つめるだけ。
「自分の発言考えろよ。そんなことより、朝礼始まるけど行かねえの?」
他クラスが体育館へと歩いているなか、誰も動かないのはこのクラスだけ。
「……」
「じゃあ、お先に」
茅野の肩を掴み横にはじくと俺は体育館へと向かった。
朝礼では、特に三人の失踪について語られることはなかった。
テニス部に所属する俺と美馬はテニス部員と練習をスタートさせる。
県大会団体戦で惜しくも東海に行けなかった先輩たちがいなくなった今、調子に乗る俺を含めた二年生。
「よっし!今日は、走りなしで打つぞ!ラリーやったらすぐ練習試合な!良いか一年!今日は先生いないし自由にやるぞ!」
そういった部長は俺を見ると対戦を申し込んでくる。
こんな部長でよかったと思う瞬間だった。
練習なんかしたくない。さっさと試合がやりたい。
一年生だって嬉しそうな顔をしているのだし良いじゃないか。
「そういえば、お前らのクラスまだ見つかってないんだって?」
「やめてくれよ、部長。クラスのみんな神経質になってんのよ」
「いや、部長って……。まあ、そっか。あんま触れるべきじゃなかったな。ごめんな」
「いいって。ただ、クラスの空気が悪いのは変わらないけど」
「体育館来るのが遅かったのと関係が?」
「まあ、ないとは言えない」
「そっか」
「夏休み中にクラスのグループLINEでその話が出てさ。佐倉の親が日野に電話したみたいで、知らないって答えたら見つからないって言ってて。連絡もないし、電話に出てくれないみたいで。日野がグルに連絡したんだけど、誰も連絡とってないって」
「夏休み中にそんな話が……。僕らには言ってない話だよね」
「そりゃ、言えるわけない」
「体育館に遅れたのは、こいつのせい」
シレッと隣にいる美馬を指さす。
「こいつがずっと呪いだ!呪い殺されるんだ!なんてずっと言ってんだよ」
「悪いって。だって、音沙汰なくいなくなるんだぜ?怖すぎだろ。思うよな、神田!」
「そうだけど、親が一番気が気じゃないよね」
「……どうするんだろうな」
「そういえば、二人って最近一緒に帰ってるんだろ?なんか聞き出せねえのかよ」
「無理。精神的にきつそうだし」
「そっかー……。仕方ないのかなぁ……」
「もういいだろ。美馬、主審やれ。俺ら試合やるから」
「はいはい。了解」
気が気じゃない。それは、あの三人もそうだろう。誰かに捕まったとかそういう話なら彼女らは今一番つらい思いをしているのだから。
部活終了時。
「おいおい、また日野がきてんじゃん」
「お前、一緒に帰るんだろ」
神田も美馬もちょっと楽しそうに言う。
そりゃ、僕も嬉しい。この二人はその理由を知ってるからこそそういうのだ。
小さく手を振る楓。俺も小さく手を振った。
すぐに制服に着替え楓のもとに行く。
「おう、お待たせ」
「……ううん。待ってない」
「そか。じゃあ、行こうか」
僕が楓と帰ることになったのは、三人の件が関わってる。女子が狙われて誘拐されたのだとしたら楓も危ない。
幼馴染である俺が楓と一緒に帰ることを選んだのだ。楓の親も車を出せないときはそうしてほしいとお願いしてきたくらいだ。
歩いていくと少し遠いくらいの距離だが、二人で帰るなら歩かないかと一緒にいる時間が欲しい俺はそう提案したのだ。
自転車で帰ってるときに守れなかったら嫌だしと適当なこと言えば、彼女は静かにうなずいた。
「ねえ、今日の朝さ……」
「朝?」
「茅野のこと注意してくれたじゃん?」
何を言い出すかと思えば、茅野か。
「あれは、まあ……」
「少し嬉しかった。みんな上辺だけな感じがしてさ。同情ってよりは好奇な目で見てる気がして。心配してくれてるのは吉沢だけな気がして」
「言い方が悪かったとは思ってる」
「そうかな……?まあ、あれくらいの方が良いのかなって」
「庇うんだ」
「そりゃあ、幼馴染ですから?」
「なんで、疑問形なんだよ」
「何となく?」
「全く……」
「えへへ」
ほんとにかわいらしい笑顔を見せてくれる。
彼女に恋をしてはや四年。
小さいころから好きで今もなお現在進行形。
「そんなことより、日野は夜外に出てないよな」
「え?出てないよ。出るなって言ったの吉沢じゃん」
「まあ、そうだけど」
「何?もしかして、疑ってる?」
「夜にコンビニ行ってアイスでも買ってんじゃないかと」
「失礼な!私、いつも夜はぬいぐるみに抱き着いて寝てるんですぅー!」
「かっわいいこといつまでも言ってんなぁ」
なぜだか笑えてきた。
「な、なんで笑うのさ!良いじゃん、一緒に寝るくらい!……ふぇっ!」
楓の頬をつまむと彼女は変な声を出した。
「そんなまじになんなよ。前から変わってねえって意味だよ」
「で、でも!」
「はいはい。そんな怒らない怒らない」
と、頬をグイグイやってみればその手をどけられた。
「アー……。もちもちなのになぁ。もったいない」
「年頃の女子高生のほっぺ触るなんて最低だよ!」
「ああ……。年頃ねぇ」
「何さ」
「別に」
「言いたいことあるなら言ってみなよ!」
「年頃の女子は、彼氏とかいらねえのかなって」
「……彼氏?」
「いや、ほら、今まで彼氏いたことないじゃん」
「それは……。その……、い、良いじゃんべつに!吉沢には関係ない話だよ!」
「そうだけど、もったいなくね?」
「何が」
「ほら、年頃の女子高生が恋愛しないなんてさ」
「してるから!!してる!ただ、吉沢に言わないだけ!関係ないでしょ!」
「あっそ、なんかショック」
「え?」
「嘘だよ、ばーか。そんなわけねえだろ」
自分に嘘をついて。
「最低!!先、帰る!」
「誘拐犯に捕まったらどうすんのー?」
ドスドス進んでいた足がピタッと止まる。
そして、スタスタと俺の隣に来ると……。
「ま、守って……」
顔を赤らめ悔しそうにそういった。
かわいいとまた思った。
楓の家に着くと彼女は玄関からベーッと舌を出してから家に入っていった。
かわいい……。
そう感じられずにはいられなかった。
それから、一週間が経った頃。
佐久間悠太が、殺された。
囲碁将棋部だった彼は、文化部という偏見がありながらもクラスでうまくやっていた。
それもそのはずで、佐久間は容姿がよく性格も良かったために女子ウケもいい方だった。が、死んでしまった。
どうして……?と嘆く人も多く通夜にはクラスメイトが全員参加した。
「佐久間くん、車に轢かれたって本当なのかな」
楓の悲しそうな声。
その声はたまらなくなるものだった。
苦しそうに顔を下に向けてやり場のない感情をため込むよう。
「事故だったってことだろう。俺もよくわからないけど、友達が死んだのは悲しいよ」
そう、俺と佐久間は高校一年生の時も同じクラスで仲が良かった。
一年時の同クラの女子を好きになって告白して玉砕、その悲しみを労った仲にも似た関係だったのに。
「どうしようもない。彼は周りをよく見れなかった。その事実を受け入れるしかないよ。苦しいけど」
「……よくそんなひどいこと言えるね」
ひどい、か。そんなもんだ。俺だってなんて言ってやればいいのかわからないのだから。今の俺は、俺が自己的に動いているわけじゃない。
彼女の友達の三人が失踪したという話を泣きながら話してくれた時も、俺は友達としてしか動けなかった。
苦しそうに抱きしめにきた時、何も答えない、話さないことが最善だと思った。
今だって本当は彼女に何を告げるべきかわからないのだから。
実際、彼女は佐久間とそれほど親しかったわけじゃない。
去年だって同じクラスだったわけじゃないのに。
「心の整理はついてないよ」
「……ご、ごめん」
「いいさ。仕方ないことだから」
どうしても、こうなってしまう。
どうしたって、こうなってしまうんだ。
泣いている彼女のそばから離れて誰も寄せ付けないようにすることしか俺にはできないんだ。
「美馬。トイレならあっちにしよう」
彼女に気づかれないように静かに彼に言った。
「トイレじゃない。お前に用があるんだ」
「え?」
「いいから、きてほしい」
少し離れた、葬儀場から歩いて5分の田圃道。
「どうかしたの」
「……いや、日野のことだけどさ。夜、外で歩いてないんだよな」
「……何が言いたい?」
「俺さ、実は見ちゃってさ。日野が着てる上着で歩く女子の姿。夜は危ないからって今はたいていの女子高生は外に出てないし、日野に限って外に出るってことはないと思って」
「つまり、日野は夜どこかに出掛けて何かしていると言いたいのか?」
「三人の失踪と繋がってるんじゃないかって思うんだよね。ほら、家庭の環境で家を飛び出してとか」
「……」
「お!もしかしてビンゴ!?俺の推理当たってる?」
「……まさか。そんなわけないよ」
「吉沢はなんか知ってんの?だから、そんな落ち着いてる、のか?え……?」
何かめんどくさいことをしようとしているのではなかろうか。
「……まさか、三人の失踪って吉沢が!?」
「違うよ。そんなんじゃない」
俺は努めて冷静に言った。過剰に反応すると勘違いしてデマを流しかねない。
「だ、だよな。ああ、びっくりした……って、あれ?」
彼が見る方向には確かに田んぼがあるのだが俺もその違和感に気づいた。
そこの田んぼだけ育った苗が綺麗に凹んでいるように見えるのだ。
夜だけどよくわかるくらいの違和感。
さすがの田舎でも街灯は所々ある。
そして、そこには色のついたものまで。
「よ、寄ってみるか?」
「……や、やめとこうぜ。流石に」
怖かった俺は引き返したかったが美馬はやめなかった。
ゆっくりとその凹みに向かうとスマホのライトで照らし始めた。
「引き返そうぜ……」
だけど、彼は凹みのすぐそばまできてしまい……。
「うわああああああ!!」
悲鳴を上げた。
彼の異常な反応に嫌な予感がした俺は急いで彼の元へ向かうとそこにあったのは、伊藤加奈の死体だった。
いつもより静かな教室。
当然だ。このクラスには三人生徒がいなくなってからいまだに消息が不明なのだから。
一人目である伊藤加奈の時は騒ぐくらいですぐに戻ってくるだろうなんて話していた。
二人目の花沢美玖が消えたときはクラスの中でも三番手には入る可愛さだからこそ他クラスでも動揺が広がった。想い人はいるだろうにこうなってしまった以上、生徒の中でも彼女を好きでいた人たちは探し回ったらしい。が、そもそも生徒複数人が数時間で見つけられるわけがない。
三人目の佐倉天音は今こうして噂が爆発的に広まっている。
ひそひそと話す人もいれば、仲のよかった日野楓を心配する人もいる。
警察が捜査していることに変わりはないがこうも人が消えるとこわくなる人もいるそうだ。
そのうちの一人が今こうして僕に話しかけてくる。
「なあ、やっぱ呪いなんじゃないか?もしかしたら、俺らの中でも人が消えるかもしれないよ」
と、本気で怖がる美馬雄大。
「そんなことより、部活どうする?絶対、赤点食らうだろ美馬」
「お前は呑気か!絶対に呪いだ!呪いで殺されるんだ!」
「騒ぐなよ」
あの三人がいないせいで少し大きな声になるとみんなに聞こえてしまう。
三人含め楓たちはクラスの一軍ともいうべき存在で四人がいれば二軍ともいえる金魚の糞たちがここぞとばかりに騒ぐのだ。
まあ、今そんな四人のなか、一人だけになれば騒ぎたくても騒げない。三人がいない中騒ぐなど不謹慎だと思うのだろう。
「ねえ、やめなよ!そんなこと言わないで!」
ほら見ろ。こうやって二軍女子の茅野芽衣が怒る。
「いいよ、気にしないで」
日野楓がそうやって諭す。
しかし……。
「そんなのだめだよ。美馬がまた不謹慎なこと言うよ!」
クラスの中も最悪。
修学旅行だって控えているのにどうするつもりなのだろうか。
あと、体育祭にテスト。
二学期は気が抜けないというのに。
「お、お前もなんか言ってくれよ!吉沢だって何か思うことはあるだろ!ほ、ほら、佐久間も!」
「ない。どうせ、どっか警察に見つかって保護されるのが妥当だろ」
俺はくだらないと、席を立ち廊下に向かうとドアの前で立ちふさがる。
「どいてくれ」
「いや」
「なんで」
「謝ってよ。もしそうじゃなかったらどうするの」
正義ぶってる女が一番嫌いだとため息をつけば余計に態度を悪化させそうで思いとどまる。
その言葉が一番傷つくとなぜこういう人たちはわからないのだろうか。
現に、楓はハッとして苦しそうに下を見つめるだけ。
「自分の発言考えろよ。そんなことより、朝礼始まるけど行かねえの?」
他クラスが体育館へと歩いているなか、誰も動かないのはこのクラスだけ。
「……」
「じゃあ、お先に」
茅野の肩を掴み横にはじくと俺は体育館へと向かった。
朝礼では、特に三人の失踪について語られることはなかった。
テニス部に所属する俺と美馬はテニス部員と練習をスタートさせる。
県大会団体戦で惜しくも東海に行けなかった先輩たちがいなくなった今、調子に乗る俺を含めた二年生。
「よっし!今日は、走りなしで打つぞ!ラリーやったらすぐ練習試合な!良いか一年!今日は先生いないし自由にやるぞ!」
そういった部長は俺を見ると対戦を申し込んでくる。
こんな部長でよかったと思う瞬間だった。
練習なんかしたくない。さっさと試合がやりたい。
一年生だって嬉しそうな顔をしているのだし良いじゃないか。
「そういえば、お前らのクラスまだ見つかってないんだって?」
「やめてくれよ、部長。クラスのみんな神経質になってんのよ」
「いや、部長って……。まあ、そっか。あんま触れるべきじゃなかったな。ごめんな」
「いいって。ただ、クラスの空気が悪いのは変わらないけど」
「体育館来るのが遅かったのと関係が?」
「まあ、ないとは言えない」
「そっか」
「夏休み中にクラスのグループLINEでその話が出てさ。佐倉の親が日野に電話したみたいで、知らないって答えたら見つからないって言ってて。連絡もないし、電話に出てくれないみたいで。日野がグルに連絡したんだけど、誰も連絡とってないって」
「夏休み中にそんな話が……。僕らには言ってない話だよね」
「そりゃ、言えるわけない」
「体育館に遅れたのは、こいつのせい」
シレッと隣にいる美馬を指さす。
「こいつがずっと呪いだ!呪い殺されるんだ!なんてずっと言ってんだよ」
「悪いって。だって、音沙汰なくいなくなるんだぜ?怖すぎだろ。思うよな、神田!」
「そうだけど、親が一番気が気じゃないよね」
「……どうするんだろうな」
「そういえば、二人って最近一緒に帰ってるんだろ?なんか聞き出せねえのかよ」
「無理。精神的にきつそうだし」
「そっかー……。仕方ないのかなぁ……」
「もういいだろ。美馬、主審やれ。俺ら試合やるから」
「はいはい。了解」
気が気じゃない。それは、あの三人もそうだろう。誰かに捕まったとかそういう話なら彼女らは今一番つらい思いをしているのだから。
部活終了時。
「おいおい、また日野がきてんじゃん」
「お前、一緒に帰るんだろ」
神田も美馬もちょっと楽しそうに言う。
そりゃ、僕も嬉しい。この二人はその理由を知ってるからこそそういうのだ。
小さく手を振る楓。俺も小さく手を振った。
すぐに制服に着替え楓のもとに行く。
「おう、お待たせ」
「……ううん。待ってない」
「そか。じゃあ、行こうか」
僕が楓と帰ることになったのは、三人の件が関わってる。女子が狙われて誘拐されたのだとしたら楓も危ない。
幼馴染である俺が楓と一緒に帰ることを選んだのだ。楓の親も車を出せないときはそうしてほしいとお願いしてきたくらいだ。
歩いていくと少し遠いくらいの距離だが、二人で帰るなら歩かないかと一緒にいる時間が欲しい俺はそう提案したのだ。
自転車で帰ってるときに守れなかったら嫌だしと適当なこと言えば、彼女は静かにうなずいた。
「ねえ、今日の朝さ……」
「朝?」
「茅野のこと注意してくれたじゃん?」
何を言い出すかと思えば、茅野か。
「あれは、まあ……」
「少し嬉しかった。みんな上辺だけな感じがしてさ。同情ってよりは好奇な目で見てる気がして。心配してくれてるのは吉沢だけな気がして」
「言い方が悪かったとは思ってる」
「そうかな……?まあ、あれくらいの方が良いのかなって」
「庇うんだ」
「そりゃあ、幼馴染ですから?」
「なんで、疑問形なんだよ」
「何となく?」
「全く……」
「えへへ」
ほんとにかわいらしい笑顔を見せてくれる。
彼女に恋をしてはや四年。
小さいころから好きで今もなお現在進行形。
「そんなことより、日野は夜外に出てないよな」
「え?出てないよ。出るなって言ったの吉沢じゃん」
「まあ、そうだけど」
「何?もしかして、疑ってる?」
「夜にコンビニ行ってアイスでも買ってんじゃないかと」
「失礼な!私、いつも夜はぬいぐるみに抱き着いて寝てるんですぅー!」
「かっわいいこといつまでも言ってんなぁ」
なぜだか笑えてきた。
「な、なんで笑うのさ!良いじゃん、一緒に寝るくらい!……ふぇっ!」
楓の頬をつまむと彼女は変な声を出した。
「そんなまじになんなよ。前から変わってねえって意味だよ」
「で、でも!」
「はいはい。そんな怒らない怒らない」
と、頬をグイグイやってみればその手をどけられた。
「アー……。もちもちなのになぁ。もったいない」
「年頃の女子高生のほっぺ触るなんて最低だよ!」
「ああ……。年頃ねぇ」
「何さ」
「別に」
「言いたいことあるなら言ってみなよ!」
「年頃の女子は、彼氏とかいらねえのかなって」
「……彼氏?」
「いや、ほら、今まで彼氏いたことないじゃん」
「それは……。その……、い、良いじゃんべつに!吉沢には関係ない話だよ!」
「そうだけど、もったいなくね?」
「何が」
「ほら、年頃の女子高生が恋愛しないなんてさ」
「してるから!!してる!ただ、吉沢に言わないだけ!関係ないでしょ!」
「あっそ、なんかショック」
「え?」
「嘘だよ、ばーか。そんなわけねえだろ」
自分に嘘をついて。
「最低!!先、帰る!」
「誘拐犯に捕まったらどうすんのー?」
ドスドス進んでいた足がピタッと止まる。
そして、スタスタと俺の隣に来ると……。
「ま、守って……」
顔を赤らめ悔しそうにそういった。
かわいいとまた思った。
楓の家に着くと彼女は玄関からベーッと舌を出してから家に入っていった。
かわいい……。
そう感じられずにはいられなかった。
それから、一週間が経った頃。
佐久間悠太が、殺された。
囲碁将棋部だった彼は、文化部という偏見がありながらもクラスでうまくやっていた。
それもそのはずで、佐久間は容姿がよく性格も良かったために女子ウケもいい方だった。が、死んでしまった。
どうして……?と嘆く人も多く通夜にはクラスメイトが全員参加した。
「佐久間くん、車に轢かれたって本当なのかな」
楓の悲しそうな声。
その声はたまらなくなるものだった。
苦しそうに顔を下に向けてやり場のない感情をため込むよう。
「事故だったってことだろう。俺もよくわからないけど、友達が死んだのは悲しいよ」
そう、俺と佐久間は高校一年生の時も同じクラスで仲が良かった。
一年時の同クラの女子を好きになって告白して玉砕、その悲しみを労った仲にも似た関係だったのに。
「どうしようもない。彼は周りをよく見れなかった。その事実を受け入れるしかないよ。苦しいけど」
「……よくそんなひどいこと言えるね」
ひどい、か。そんなもんだ。俺だってなんて言ってやればいいのかわからないのだから。今の俺は、俺が自己的に動いているわけじゃない。
彼女の友達の三人が失踪したという話を泣きながら話してくれた時も、俺は友達としてしか動けなかった。
苦しそうに抱きしめにきた時、何も答えない、話さないことが最善だと思った。
今だって本当は彼女に何を告げるべきかわからないのだから。
実際、彼女は佐久間とそれほど親しかったわけじゃない。
去年だって同じクラスだったわけじゃないのに。
「心の整理はついてないよ」
「……ご、ごめん」
「いいさ。仕方ないことだから」
どうしても、こうなってしまう。
どうしたって、こうなってしまうんだ。
泣いている彼女のそばから離れて誰も寄せ付けないようにすることしか俺にはできないんだ。
「美馬。トイレならあっちにしよう」
彼女に気づかれないように静かに彼に言った。
「トイレじゃない。お前に用があるんだ」
「え?」
「いいから、きてほしい」
少し離れた、葬儀場から歩いて5分の田圃道。
「どうかしたの」
「……いや、日野のことだけどさ。夜、外で歩いてないんだよな」
「……何が言いたい?」
「俺さ、実は見ちゃってさ。日野が着てる上着で歩く女子の姿。夜は危ないからって今はたいていの女子高生は外に出てないし、日野に限って外に出るってことはないと思って」
「つまり、日野は夜どこかに出掛けて何かしていると言いたいのか?」
「三人の失踪と繋がってるんじゃないかって思うんだよね。ほら、家庭の環境で家を飛び出してとか」
「……」
「お!もしかしてビンゴ!?俺の推理当たってる?」
「……まさか。そんなわけないよ」
「吉沢はなんか知ってんの?だから、そんな落ち着いてる、のか?え……?」
何かめんどくさいことをしようとしているのではなかろうか。
「……まさか、三人の失踪って吉沢が!?」
「違うよ。そんなんじゃない」
俺は努めて冷静に言った。過剰に反応すると勘違いしてデマを流しかねない。
「だ、だよな。ああ、びっくりした……って、あれ?」
彼が見る方向には確かに田んぼがあるのだが俺もその違和感に気づいた。
そこの田んぼだけ育った苗が綺麗に凹んでいるように見えるのだ。
夜だけどよくわかるくらいの違和感。
さすがの田舎でも街灯は所々ある。
そして、そこには色のついたものまで。
「よ、寄ってみるか?」
「……や、やめとこうぜ。流石に」
怖かった俺は引き返したかったが美馬はやめなかった。
ゆっくりとその凹みに向かうとスマホのライトで照らし始めた。
「引き返そうぜ……」
だけど、彼は凹みのすぐそばまできてしまい……。
「うわああああああ!!」
悲鳴を上げた。
彼の異常な反応に嫌な予感がした俺は急いで彼の元へ向かうとそこにあったのは、伊藤加奈の死体だった。