【大賞受賞】沈黙の護衛騎士と盲目の聖女

 ユリアナの前に躓いて、己の全てを捧げると忠誠を誓う——レオナルドにとって、必然の行いだった。

 彼女に守られた命を、彼女に返すだけのことをしたかった。だが、そんな単純な願いも王子という地位にいると叶わない。ようやく認められた十日間、傍でユリアナを見ているだけで、愛しさで心が震えるようだった。

 幼い頃は、可愛らしい少女の一人としか見ていなかった。

 だが成長するにしたがって、サナギが蝶になるようにユリアナは美しさを増していく。意地悪な態度をとってしまうこともあったが、それでも自分に飾りのない笑顔を見せてくれるユリアナのことを、意識するようになっていた。

 あれは彼女が十歳くらいの頃だったろうか。思春期に入り、一つ上の優秀な兄と比べられるのが癪に障る。そんな時だった。

「ねぇ、レオナルド様はどうしてそんなに、今日は怖い顔をしているの?」
「は? 関係ないだろ」
「関係なくないよ。レオナルド様は王子様なんだよ」
「……王子だから、兄さんと同じじゃないといけないのかよ」

むしゃくしゃしていた気持ちを、ついユリアナにぶつけてしまう。言った後で後悔するが、言葉はもう取り消せない。

「なんで? レオナルド様がエドワード様と同じになるの? 全然違うじゃない」
「王子らしくしろ、エドワード殿下を見習えって、お前も本当はそう思っているんだろ?」

 誰にもぶつけることの出来ない気持ちを、ユリアナに吐き出していた。冷静沈着、眉目秀麗、秀才と名高いエドワードに比べ、体格はいいけれど落ち着きがない、乱暴な言葉遣いをする劣った弟と見られていた。

そのことが辛かった。

「私は……、レオナルド様と一緒の方が楽しいよ。小さなころから一緒に遊んでくれて、今もこうしておしゃべりしてくれるし。エドワード様は優しいけど、時々何を考えているのかわからなくて怖い。けど、レオナルド様は怖い顔をしていても怖くない」
「……怖くないのか? 俺が」
「うん。レオナルド様は私の王子様だから、怖くないよ」

 ユリアナは花がほころぶようにふわりと笑った。その笑顔に、思わずドキッとする。だが、その頃はあまのじゃくを胸の中に飼っていた。

「俺はお前の王子様になった記憶はない」
「じゃぁ、今日から私だけの王子様になってくれる?」
「ユリアナが俺だけのものになるなら、なってやらんこともない」

 冗談半分で聞くと、真剣な顔つきになったユリアナがハッキリとした声で答えた。

「いいよ。私、レオナルド様のものになる」

 桃色のドレスを着て、頬を同じ色に染めた美少女が純真な眼差しで見つめてくる。その時に気がついた。
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