ムショうの

 キスは、すごく素敵なものなんだろうなぁって、思ってた。アラジンとか、マンガとか、その中だけならよかった。素敵なままだった。

 本当のキスは。

 画面や本からにゅううっと出てきたみたいで、いきなりで、ゾッとして、急にリアルで。

 鏡のなかの自分から、目をそらす。

 ・・・スマッシュなんか、決めなければよかった。



 その日の授業は、ずっと上の空だった。
 ずっと落ち着かなかった。みんなに、見られているような気がして。

 そんなわけないのに。クラスメートたちが見ているのは、黒板だったり、机の下にかくされた携帯だったり、もしくはなにを見るでもなく、ばんやり空想にふけっているんだから。わかっているのに。

 自意識過剰。英語の時間に、電子辞書で調べてみる。

「自分のことを意識しすぎること」。ばかみたい。

 気が重いまま、帰宅路につく。気だけじゃない。半日のあいだ筋肉がこわばっていたせいか、体もひどく重かった。

 カバンの中には、一枚のCDが入っていた。
 昼休みに、いきなりアオイが貸してくれたものだった。

 よく知らないグループだし、べつに貸してほしくもないのに、「発売したばっかりで、すごくいいから」と強引に貸し付けてきた。そしてすぐに、男子たちのなかに戻っていった。

 たぶん、朝からわたしが目を合わせないようにしていたから、気にしていたのかもしれない。
 ごめん、という言葉の代わりに渡されたCDは、とても重い。

 ため息をついて、顔をあげる。そして、視界に飛び込んできたものに目を丸くした。

< 16 / 59 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop