ムショうの

 はじめて。

 男子の部屋に入るのは、っていうか、家に入るのですら、アオイでなくても、はじめてだった。

 だからすこし、緊張した。
 玄関では、クツを、左右きっちりそろえて脱いだ。部屋のドアが開かれたときは、息をとめた。

 とてもスッキリしている、青黒カーテンの部屋。

 テーブルが真ん中に置かれていて、ベッドがあって、シーツの上には充電器が投げ置かれて。
 床には、なぜか野球ボールが転がっていた。アオイは、サッカー部なのに。

 何冊ものマンガは、部屋のすみに寄せてあった。そういうのはわたしの部屋と一緒で、でもちがった。

 匂いも、頬をおす空気の圧力も、なにもかもちがうと思った。 

 しばらく向かい合って宿題していても、アオイのノートは三行目から全く進んでなかった。

 だから、「家で勉強しよう」っていうのは、きっとちがうなって。なんていうか、わたしを呼んだのは、ソレじゃないんだよなって。嘘をつかれる、のとはちがう。そうだ、口実。

 口実。
 キス、の。

「・・・キス、してもいい?」

 その答えを返さずにだまっていたら、アオイは困ったみたいに目を泳がせた。

 そのあと、グッと顔を近づけてきた。
 さけなかったけど、アゴを引いたままの角度は変えなかった。やりにくかったと思う。

 ふれた。

 ちょっとだけ重なった、できそこないみたいなキスは、ふやけたマカロニの感触で、なんの味もしなかった。


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