再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
・・・
「吉井くん……! 」
終業後、スタスタと出口へと向かう彼の背中を追いかける。
「なんで焦ってるんですか。今日は約束してないから、来ないと思うって言ってたのに」
焦りもする。
約束はしてないけど、それで来ないんだったら昨日再会なんてしなかった。
それに何より、吉井くんは律の怖さを分かってない。
絶対に巻き込みたくないのに、律はあの時点で吉井くんが私に好意をもってくれてることを見抜いてた。
二人がまた鉢合わせするだけでも怖いのに、吉井くんは律に何て言うつもり――……。
「……あ」
「……っ、律……! 」
ほら、やっぱりいたって吉井くんが言う前に、叫ぶように律の名前を呼ぶ。
「お疲れ。……っと、どうした? 」
駆け寄って軽く身体を寄せると、優しく、でもぐっと更に密着させてきた。
「そんな会いたかったの。それとも……何かあった、とか? 」
律の胸に頬を寄せてるから、後ろの吉井くんは見えない。
きっと、冷たい目で彼を見てるだろう、律の顔も。
「ち、違うよ。待ってたのかな、と思って」
「今来たばっか。そういえばさ、合鍵渡すの忘れてたと思って。まだ、お前んち片づいてないんでしょ。あ、そうだ。週末、手伝うな。それまで、うちにいなよ」
「……あ……りがと」
昨日の吉井くんの申し出を横取りしたのも、絶対にわざと。
「さ、寒かったでしょ。連絡してくれたら……」
「それも、思いつかなかったわけじゃないけど。でも、俺は会いたかったから」
風、冷たい。
さっきまで暖房の効いた部屋にいた身体が、ピクンと震える。
そうだ。
震えたのは、寒いから。
何かにつけ、律の台詞が吉井くんを煽ってるように聞こえるからじゃ――……。
「……っ……」
「耳、冷た。……って、あれ。と思ったら、熱くなってきた……って、もう。痛いってば。殴らないの。同僚くんが見てるよ? 」
耳を優しく揉むように擦られ、熱を持つなという方が無理――つまりそれは、私が律を好きだっていう証。
「……もちろん、俺は全然構わないけど」
息を飲む音が、少し距離があるのに耳元で聞えた気がした。
今のは私じゃない。
だって。
まるで、シーッっていうように律の指が唇に当てられ。
こんなところだっていうのに、人前だっていうのに――さっき優しく触れたばかりの耳をチリ……と甘く食まれた。
「……り……つっっ……」
「あ。だめじゃん。そんな可愛い声出したら。気分いいような、聞かれてムカつくような……ま、呼んだのが俺の名前だから、気分いいが勝ってるかな」
そんなの、絶対嘘だ。
だって、抗議する寸前、律の指はふわっとほんの少し浮いて、ちっとも私の唇を塞いでてはくれなかった。
聞かせたんだ、吉井くんに。
会社では、同僚では知り得ないトーンを。
「ごめん。意地悪が過ぎた。嫉妬しちゃった。ごめんな」
泣きそうな私によしよしするのも。
こんなことで涙目になる私は既に、普段の私ではいられてない。
「……する必要ない。行こ」
これ以上は、本当にだめ。
恥ずかしさよりも、不安と心配が遥かに上回ってる時点で明らかだ。
「そっか。いや、分かってるんだけどさ。男と一緒にいるお前見たら、嫉妬するなっていう方が無理でしょ」
「……男の人と一緒にいたつもりない。勘ぐりすぎだよ。……変なもの見せてごめん。お疲れ」
振り向いては言えなかった。
だから、必死に律を見上げて。
何もないよってアピールして。
(……嫌な思いさせてごめんなさい。でも)
――嫌な思い、で終わってほしいの。