再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
(……仕事、やめたい)
朝出社してからずっと、吉井くんの気まずそうな視線に晒され、どこを見ていいのか分からなかった。
気まずいなら、こっちを見ないでいてくれたら――……。
『真面目で可愛い吉井くんが、そんな想像するわけないって思ってる? 』
『お前が、自分じゃない他の最低な男に可愛い可愛いってされてる妄想』
頭を振って追いやったけど、ただの弱々しい嫌嫌だったかもしれない。
だって。
(“やっぱり、帰ってこなきゃよかった”……じゃなくて)
――いつの間に、辞めたいって発想になっちゃったの。
『辞めたらいいじゃない。あ、お前が嫌なら、だよ。お前が嫌ならいつだって、俺んとこ来てくれたらいいのに。迫りたくないから言わないだけで、俺、待ってんだよ? 』
――おいで。甘々したげる。
「……っ……」
ダメ。
今どこなの。
会社で、仕事中。
そう。
まだ、分かる頭あるでしょ。
「……城田さん。大丈夫ですか」
なのに、もう息を飲むことすらできなかった。
見かねたのか、見る方が嫌になったのか。
吉井くんに声を掛けられても。
「具合、悪いんじゃないですか」
「……あ……」
私、座ってた。
自分の席にいた。
(……仕事、してた……? )
「大丈夫? 立てる? 」
「……だ、いじょうぶ。薬、飲んでくる」
覚えてない。
何も。
今、何時なのかだって分からなくて、時計を見るのも怖かった。
生理痛だ。頭痛だ。
だから、私、ロッカーに薬を取りに行かなくちゃ。
そんなことないくせに、そんな感じで急いで部屋を出た。
「いかにもそんな感じ」が上手く演出できたか気になったのはほんのちょっとだけで、律の沼にどっぷり浸かって日常に戻れてなかったことに愕然とする。
――日常?
(彼氏といることが日常じゃないなら、一体何なの)
「……城田さん」
ロッカールームに着いても、鍵を開けることすらしなかった言い訳。
「……やめたらいいじゃないですか」
「……っ、よし」
――そんなの、もう吉井くんも求めてくれない。
「そんな危ない男、やめちゃえよ。できないなら、俺がやる」
カタンとロッカーが揺れて、ビクッとする。
おかしな話だ。
揺らしたのは、掴まったのは、私。
「……な、何言って……」
だって、後ろから抱きしめられたら。
反動でつい、取っ手を掴むくらいしかできない。
「なに? ストーカー? それとも脅迫でもされてるの。俺に任せたらいいよ。……もう、何見ても驚かないから」
「だめだって……っていうか、離して……! 誰か来たら……」
「いいよ、誰に見られても。問題、それだけ? 」
彼氏がいるのに。
彼氏じゃない人に抱きしめられ、拘束されたら。
「俺にこうされて困る理由、誰か会社の人に見られたらってことだけ? ……なら、尚更引けねぇよ」
「だ……から、私、付き合ってる人が……」
「そうだね。あんなところ見せられて、聞かされたしね。……でも」
いきなりタメ口で、もう一歩、軽く踏み込まれてロッカーに押し当てられたら。
「……もうしないよ。あいつの香りなんか」
首筋の近くで、そんなこと言われて。
「そうでしょう? ……もう、そんなのさせない」
――そんな宣言、されてしまったら。