再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
まともな道。
三年前の私は、そこを歩く為に律から逃げ去った。
このままでいいなんて思ってないけど、まともな道を律と一緒に歩いていきたい。
「遅くなっちゃいましたね。途中まで送りますよ」
「私が、律といたいの」
残業となった帰り、ちゃっかり同じエレベーターに滑り込んだ吉井くんは、笑顔でそんなことを言った。
それに対する返事にしては、全然噛み合ってなかったけど。
もちろん、私たちは話が通じ合っている。
「ん。ですね。お迎えきてますよね。知ってます。だから、着いてってるんですけど」
「今日、遅くなりそう」なんてLINEすれば、律は絶対来てくれてる。
単純にわざわざ来てもらうの申し訳ないけど、「こら。遅くなる時は教えてって言ったろ? 次、一人で夜道歩いたらー、何しようか。楽しみにしてていい? 」って、前も言ってた。
それは、律の様子がおかしくなった前後でも、何も変わってない。
「そこまでして……」
「そこまでして、守りたいんです。……本気で、ずっと好きだった。そんな子がぐちゃぐちゃになってるの見るの、嫌なんですよ。普通そうでしょう」
(普通……)
確かにそうだ。
吉井くんから見たら、それが普通。
でも、律だって。
「あ、来た。お疲れ」
「うん……ごめん」
彼女を心配するの、普通だよ。
「なんで? 俺が来たかったからだし。残業、お前のせいじゃないでしょ。謝んないの」
髪を掻き上げるように撫でられるところを見つかって、遅れて出てきた誰かの「あ……」なんて声が後ろでしている。
「でも、律だって疲れてるのに」
「ん。疲れた。だから、顔見たかったし。小鈴が癒やしてくれるじゃん。あれ、変な意味じゃなかったのに。……そうする? 」
こんなところでって抗議しようとした口からは、声も音すらも出てくれない。
喉が渇いて、結局また閉じてしまった。
「引っ越し、やっと終わったとこだもんな。無理するなよ。俺のことは、気にしないでいつでも呼んでいいから。負担なんかじゃなくて、役得なんだからさ」
「ありが……」
お迎えを見つけても、立ち去らない吉井くんを見れば、その理由は明らか。
言わなくてもいいって背中を撫でられて、ほっと息を吐く間もなく。
「……仕事だけですか? 城田さんが休まる暇もないのって」
笑顔が見えたのは一瞬。
すぐに私から視線を逸らして、吉井くんが見据えた先には、やっぱり同じように私を優しく見下ろしてすっと無表情になる律がいる。
「お気遣いどうも。でも、大丈夫だよ? ただの同僚じゃできないことして慰めるの、彼氏の仕事だから」
「あっ……」
肩を寄せた掌が上がって、耳を包む。
擽られたと思ったのは気のせいで――きっと――触れた目的は、耳を塞ぐことだったらしい。
「そんなに見たいの。この子が俺でぐちゃぐちゃになってるとこ? ……残念でした。そんなすぐには、小鈴の可愛いとこ見せてあげないよ」
――残念でした。
全部、聞こえてる。
「お疲れ様。後輩くん」
何を労ったのか、馬鹿にしたのか。
そんな、私を連れた、去り際の挨拶すら。