再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
律は優しかった。
――その時までは。
・・・
「小鈴」
もう何度、呼ばれて。
もう何度、「愛してる」を囁かれただろう。
「ごめん。お前が辛いの、分かってんのに……」
それも、もう何度目か。
「大丈……」
途切れたのは、苦しいからじゃない。
声が掠れたのを、また「嘘吐かせてごめん」と謝る律が切ないからだ。
目尻から落ちていった涙は、壊れそうで壊れられなかったあの時と同じ成分のはずなのに、頬を滑る感覚は全然違う。それを拭う、律の指や唇も。
朦朧とするのも、こんなにも違うんだ。
ふらふらで逃げようとして、あとちょっとのところで連れ戻されたあの関係とは。
「……っ、すず」
それが嬉しくて、下から彼の首に腕を回した。
名前をちゃんと呼んでくれなかったのも愛しくて、私は今、笑っちゃったのかな。
「そういう煽りね。確かに強請ったけどさ。お前、自分がもうクタクタになってんの分かってる? 俺のせいだけど。可愛いの、それくらいにしとけ」
照れたのかそっぽを向いたくせに、すぐにまた見下ろして、そっと額に口づけた。
「今日は、律の方が可愛い」
今、この状態で、辛いのは律の方なんだと思う。
それでも無理に進ませず、そんな話をしてくれる優しい彼氏を、可愛いと言わずに何と言おう。
「あー、そういうこと言うの。随分余裕じゃん。……ぐったりしてるのにさ」
口では相変わらず意地悪なことは言うのに――ううん、言った後は必ず、甘く付け足して。
逃げようとする腰を連れ戻すどころか、逃げる気なんてさらさらない私を絡め取ることすらしない。
「律……」
シーツの白が寂しい。
そんなに広くない空白に泣きたくなる。
「俺のが可愛いなんて、馬鹿なこと言うよな」
喉が鳴るよりもあやすような指先が悲しいなんて、いつぶりの感情。
「好き」
好き。
律が好き。
今の頭の中はそれだけ――好きと律にもっと好かれたいという気持ちに関連したものだけだったあの頃と、まったく同じ。
もっともっと、律に好きになってほしくて私は――……。
「こんな可愛い子が、可愛いこぶったらさ。そりゃ、最高に可愛いしかないでしょ」
――私は、いろんな意味で律を誘って、困らせてばかりだった。
「大丈夫。俺も好きだし、お前が俺を大事に想ってくれてることも分かってる。だからこそ、そうやってあざとく誘惑するの。……知ってるよ」
ああ、そうか。
そうだったんだ。
「いいんだって。怒ってないし、嫌でもない。寧ろ、お前が俺なんかを手に入れる為にそんなことするなら、嬉しいしかないし」
自惚れって、他人には言われるかもしれないけど。
「でも、そんなことしなくても、小鈴が俺を好きになってくれるずっと前から……お前に狂わせられてた」
――律を壊したのは、わたし。
「あ。でも、やめないで? 不器用で照れ屋で強情のくせに、一生懸命誘惑しようとしてるの見んの、好きなんだよな」
「……そう思うなら、さっさと堕ちてくれたらいいのに」
不器用で強情な私があたふた誘ってるの知ってて、そっちこそ余裕で眺めて楽しんだりして。
「いいわけ? 俺が更に堕落しちゃって」
耳元で聞こえたのは、吐息だけだったかもしれない。
でも、確かに聞こえたの。
「それにさ。これって俺のなかで数少ない、ものすごく普通の部分かもよ」
――だって、愛しいんだよ、って。
「狂いそうなくらい好きな子が、自分の為に一生懸命可愛いことしてくれる。……それ見て、愛しい以外の言葉見つからない」
一瞬の、沈黙。
のち、キス。
「好き……」
告白が、こんなにもするりと出てきたのは。
侵入される気配もないのに、待ち望んで開いた唇の方が恥ずかしかったから。
どっちもお見通しでふっと笑われ、でも、律はからかったりしないでお望みどおりのことをしてくれる。
律は優しい。
「……っ」
――通知音が鳴った、スマホを見るまでは。