再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~


マナーモードにしてなかったのは、昼休み、律からの着信を見逃したくなかったから。
なのに、今、こんなにも後悔してる。


「……しつこいなあ、もう」


ギクリとした私の頭を撫でて、律は優しくのんびりした口調で言ってくれたけど。


「ごめん」

「あー、いいよ。切ったって、どうせ、またかけてくるだろ。吉井くん」


スマホに触れてもないのに、私も律もそれが誰からなのか分かってる。


「んな顔するなって。仕事の連絡、全部LINEなんだもんな。好きで交換したわけじゃないの、ちゃんと分かってるから。せっかく、とろんとして可愛かったのに……そんな顔しないで。な? 」


怒ってないのにほっとしたのが間違いで、律は悪くない。


「出ていいよ。それか、怖いなら俺が出ようか。だって、むこうもそれ知っててかけてんだし……寧ろ、狙ってんじゃないの」


――私に怒ってないだけだったのに、身勝手にほっとした私のせいだ。


「……はい」


少なくとも最初は、自分で出るべきだと思った。


『お疲れさまです。何してるんですか』

「それ、本当に聞きたい? 」

『……大丈夫かは聞きたいですよ』


大丈夫だったのに。
すごく幸せな気分だったのに。


「うっそだー。本当に聞きたいの、それじゃないでしょ。ね、坊や」


スマホを取る為に前屈みになったままだった身体を、そっと後ろから抱き寄せられて確信する。


「いい趣味してるね。他人の趣味にケチつける気ないけど、俺には理解不能。……好きで、しかも大事に想ってる子が他の男にされてる声聞きたがるとか、な」


――律のスイッチが入っちゃった、って。


「あ……」


律の顔が私の肩から覗いて、唇が耳元にあるだけ。


「言ったとおり、小鈴の可愛いとこ、見せんの嫌だよ。俺が口説いて口説いてやっと、見れるようになったのにさ。ま、でも、もういい加減ウザいから……聞かせるのは仕方ないかな、って」


声が漏れたのは、彼がそんなことを言い出す前も前。
それを知ってるのは律と私だけで、吉井くんにはもうずっと私が喘いでたと思われてるかもしれない。

でも、それも当たりだ。


「……律っ……」

「ん? いやいや? 俺も。なんだけどー、ごめんな。……スマホ、落とさないで持ってて」


そう言われて初めて、どうして持ったままでいたんだろうと愕然とする。
ベッドに捨ててしまえばいいのに、マイクのところに唇は近づけたまま。


「……っ」


吉井くんが、息を飲むのを聞いてる。


「あーあ。おてて、プルプルしちゃって。スピーカーホンにする? 」

「や……だ……っ」


電話のむこうに聞かせる為に、スマホに寄る時だけ意地悪で。
大して何もされてないのに、とてもそうは聞こえない声を出す私に笑って、律は優しく肌を撫でていく。


「お前は何も悪くないし、ちっとも変じゃないよ。全部、俺のせい。……ごめんな」


私にしか聞こえないようにそう囁くと、額にキスしてくれた。


「泣いちゃうくらい、恥ずかしい? そりゃ、そうか。ただの同僚に、そんな可愛い声聞かれるなんてそうないしね。もしかして、ここに本人いた方がましだったりしちゃう? ……嘘だって。そんな必死に首振られたら、余計変な気になるじゃん」


頭がおかしいのは、私。
少なくとも、私「も」。
それを認める前に、自分だけ悪者にするから。


「坊やもじゃない。……ね、どっちを軽蔑する? 愛情が嫉妬と独占欲に負けて、こんなことしちゃう彼氏か。それとも、愛情が好奇心に負けて、大人しく聞いちゃう同僚の男の子か」


その中に、私自身を入れないでくれる律は。


「……好き……」


やってることは最低で、クズかもしれないけど。


「私、律が好き」


(予感、当たってる。知ってた)


一緒にいたら、ダメになる。
離れた理由、それだけだったもん。



< 23 / 70 >

この作品をシェア

pagetop