再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
・・・
律が言うほど、クタクタには至らなかった。
正確には、彼がそう言ったあの時はそうだったかもしれないけど。
吉井くんの電話で、どこか冷えてしまったからだ。
「おしまい。さすがにもう、小鈴も声出ないから。ってかさ、よく最後まで聞くよね。どーお? お楽しみいただけた? 」
「……ん」
ひとり身体を起こした律が、まだ側で横になったままの私の髪を梳く。
心地よくて漏れた声に満足そうに笑うと、「しーっ」ってわざとらしく口元に人差し指を当てて――その指先で私の唇を撫でた。
――ああ、やっぱりダメになった。
だって、そうでしょ。
「(寝たことにしような)」
スマホを遠ざけて、私にだけ聞こえるように囁きながら額にキスされて、嬉しいと思ってる。
居心地悪さがまったくないわけじゃないけど、幸福感が圧倒的に上回ってるなんて。
「だから、もう意識ないって。だって、そりゃあ、ね。あんだけすれば、そりゃそうでしょ。ずっと聞いてたくせに、なんでそんなこと言うわけ。本当は想像ついて仕方ないんだろ、今の小鈴の状態」
(律……)
抗議しようと伸ばした手が、そっと捕まる。
そんなふうに自分だけ悪者にするのは嫌だよ、って首を振っても、律は声色を変えなかった。
「悪いんだけど、こういうの最初で最後ね。嫌に決まってんのに、吉井くんだから聞かせてあげたんだよ? ……後は、記憶活用して……っ痛……急に怒鳴ったら、耳痛いじゃない。君、そんな状態じゃないでしょーに……はは。分かるよ。俺もそうだから、そうなっちゃうの分かる。なっちゃうよねー……でも」
瞳も同じ。
私に視線を移す時は蕩けそうなのに、視界から外れた途端、冷たい目。
「もう、二度とないからな」
微睡んで、現実世界から少し離れたところで律を眺めている気がするのは、完全に逃避だ。
「り、つ……」
(……声、出るのに)
「あ。ごめん、うるさかったな。寝てていい……ん。はいはい。今、行くから待って」
掠れた声を作った私にくすぐったそうに笑う律は、不自然すぎるくらい自然で、さっきまで私を「攻める演技」してた時とは別人みたい――……。
(……思っちゃダメだ)
「って、ことだから。これに懲りて、大人しく諦めて? いくら、そういうので興奮するタイプって言ってもさ。聞くだけってしんどいでしょ。小鈴もいるし、“だけ”ってことにしといてあげるよ。だからさ」
――どっちが、律にとって演技なんだろう。
「……二度と、後輩以上になろうだなんて思うな」
どっちが、律にとっては現実なんだろう……なんて。