再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
芽生え
吉井くんが赤い顔でチラチラ見てくるたび、私はヒヤヒヤして青ざめていたと思う。
いくら、冗談ぽくでも横恋慕を仄めかしてたって、その視線は誰が見ても尋常じゃなかった。
そこにはもう、羞恥すら感じる余裕もなくて、ただひたすら心臓がドクドクと嫌な音を立てている。
「……っ」
限界だった。
呼吸が上手くできない。
立ち上がってオフィスから出ると、誰も使わなさそうな階段へと向かう。
ドアを開けると、ようやく息を吐けた。
少し重いドア、最上階ということもあってみんなエレベーターを使うから、しんと静まり返った暗めの落ち着いた空間。
吸って、吐いて。じょじょに普通のペースの呼吸と鼓動に戻りかけた時。
「……城田さん」
今度は、息を飲むことすらできない。
どうして、そんなことも思いつかなかったんだろう。
吉井くんが追いかけてきたら、それは。
「やっと話せた」
――人気のないところに、自分から誘い出したことになるってこと。
「いくら隠してないっていったって、さすがに人前で話す内容じゃないから」
「か、隠してないの意味が分からないから」
そんな関係じゃない。
隠さないといけないような、やましいことなんか一つもない。
「よいしょ」
階段に座る吉井くんを見て、どうして背中を見せられないの。
「恥ずかしかったですか? 」
問われた意味を必死で探って、それしかないことに思い当たって。
「恥ずかしかった? ……俺に聞かれて」
「べ……別に」
足が竦んで、一歩も動けなくなった。
「ふーん、そうなんですね。……ねえ、やっぱりそれっておかしいですよ。あの男、本当にどうかしてる。毒されてるって、気づいてますよね。だから、異動を理由に離れた」
「……それ、ずっと聞いてた人が言えること? 」
恥ずかしくなんてない。
何も悪いことなんてしてないんだから。
ただ、彼氏と夜をすごしてだけ。
そのどこにも、恥ずかしがるようなことなんて。
「それ言われると、痛いですけど。でもね、あの男が言ってたこと、一つ当たってる」
――ない。
それは事実だ。
「……聞きたかったんですよ。胸糞悪いけど、嫉妬で気が狂いそうだったけど。それでも、好きな子の声、聞いていたかった」
「っ、や……っ」
なのに、逃げようとして、後ろ手を掴まれる。
「あのクズが言ったみたいなことは、なかったんですけどね。できるわけないじゃないですか。……大切にしたい子の声と一緒に、他の男の声も聞こえるのに」
『信じてほしいけど、無理かな』そう笑う吉井くんは場違いなくらい自然で、ここしばらくで一番私が知る彼の表情に近かった。
それがまた、台詞と状況にまったくそぐわなくて脳が混乱する。
吉井くんは、これ以上引っ張ったりしないだろう。
でも、もう少しでも強く引かれてしまえば、階段へと落ちてしまう――……。
「……好きだ。あんたのこと、本当に好きなんですよ。辛いのに苦しいのに狂いきれなくて、お願いしたくなる。まともな俺を選ばないなら、頭おかしいの分かっててあんな奴のところに行くなら、せめて」
――いっそ、俺のことも落として、狂わせてからにしてって。