再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
・・・
タクシーの中、後部座席で頭を撫でられていても恥ずかしくはなかった。
律に寄りかかっていると安心できたし、会社での出来事が悪い夢だったみたいに次第にぼんやりしてきた。
「無理しなくていいから」
律の部屋に着いて、抱きしめられたら。
やっぱりはっきりと蘇ってきて、震えてしまう。
何度も口を開きかけて、それでも言えない私に律はそう言ってくれたけど。
「……っ、ごめ……」
隠したままでいいはずがない。
「お前が悪いことなんて、ひとつもないよ」
何も言わないうちに断言してくれて、何度も首を振るしかできない。
「ごめん……! 」
謝るだけで、その理由をなかなか口にできなくて。
さっきは自分からくっついてたくせに、落ち着かせようと背中を抱こうとするのを拒んでしまう。
「……キスされそうになった……っ。ううん、されたかも……」
「小鈴……」
「分かんない……。押し返して逃げたけど、それよりも先に唇が触れたかも……っ。分かんな……」
名前を呼んだ次に、律が何を言うのか怖くて被せてしまう。
怒って当たり前だ。
吉井くんの好意をあれほど知ってて、そんな隙を見せたりして。
おまけに、「されてないかも」なんて逃げ道を残したがるなんて。
「されそうになったの。それとも、お前からしたの……? 」
「自分からなんてしないよ……! 」
誤解された。
それもそうだ。
気をつけるべきなのに、二人きりになる機会を作ったんだから。
でも、それだけは誤解を解かなくちゃ。
吉井くんに自分からキスするなんて、そんなこと絶対――……。
「じゃあ、俺には? 」
「……え……」
想定していなかった質問に、反応できない。
「俺には、自分からキスできる? 」
何が何だか分からない。
律がどうしてそんなことを言い出すのか、いつもの私なら、どうしたのか。
吉井くんの唇が、本当に掠めたのかも。
でも、今、律になら。
「……ん。ありがと」
お礼を言われた意味が分からず、ぽかんともできなかった。
泣きそうだったのがきっと無表情になって、律が優しく笑って。
そっと頬を撫でて、今度は律から口づけられた。
「お前は拒んでくれたと思うよ。絶対、間に合ってた。だーいじょうぶ」
大丈夫じゃなかった気がする。
思い出そうとすればするほど、キスされなかったと信じようとするほど。
やっぱり、一瞬でも唇が重なったとしか思えなくなってくる。
「それに、今小鈴からキスしてくれただろ。それってなんで? ほぼ強制だったから? 怒ってると思って怖かった? 」
怖くなんてない。
あるのは申し訳ない気持ちと自分への嫌悪だけで、律に対する恐怖心はもうなかった。
頬に触れた指先も。
抱かれた背中にある、腕の感触も。
抱きしめ方も、ふたりの身体にある空間も、香りも。
全部。
「……律だから……」
それが、律だからだ。
「ありがとな。嬉しい」
優しい律だ。
怖い律なんていない。
三年前のあれこそ悪い夢で、きっと私たちどうかしてた。
ううん、私こそ狂っていたのかもしれない。
「あー、ほら。よしよし。忘れよ、忘れよ。お前はちゃんと抵抗してくれたんだから。怖かったのに、俺の為に拒んでくれたの。な? 小鈴は何も悪くないって」
今頃泣きじゃくる私の背中をトントンして、頭を撫でて、涙でぐしゃぐしゃになる髪を整えてくれる。
優しい律。
「ん、そう。忘れな? そんな記憶、お前は忘れていいんだよ」
もう一度そっとキスされて、腫れた瞼が重くなっていく。
いっそ、このまま眠って、起きたら忘れてたらいいのに。
「……大丈夫。俺が覚えてるから」
――そうしたら、あるのはひたすら甘く優しい律の記憶だけ。