再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
・・・
目が覚めると、ベッドに寝かされていた。
「……律……? 」
一人で。
律の温もりがないことに反射的に身体を起こし、目を開けて彼の姿がないことを確認して焦る。
こんなこと、いつ以来だろう。
初めてではないにしろ、ベッドに私を寝せたまま律がいなくなるのは珍しい。
(何考えて……)
私を自分の部屋に置いたまま、律が失踪するわけないのに。
きっと、リビングかお風呂か、どこか別の部屋にいるだけ。
そうじゃなくても、せいぜい近くのコンビニに出たとか。
「律……」
頭では分かっていても、猛烈に不安になる。
あの律がそんなことするはずないのに、どこにもいなかったらどうしようと胸がドクドク鳴って痛かった。
確かめるのが怖いのに、心臓が痛すぎて堪らずドアを開ける。
馬鹿だ。
私、どうかしてる。
過保護で溺愛すぎるくらいの彼氏の姿がちょっと見えないくらいで、ほっとするどころか泣きそうになるほど寂しがるなんて。
(寂しい……)
ううん。
それよりも、これは。
――恐怖だ。
律と再会することを怯えてたくせに、彼が目に見えないことが、温もりを感じられないことが怖くて仕方ないの?
ふるふると首を振った自分が、あまりに弱々しくて嫌になる。
――よそう。あんなことがあって、弱気になってるだけだ。
何も考えたくないし、それでも悩まなければいけないのなら、それはまず吉井くんのことであるべき。
『……っ、律……っ、や……』
どうにか律から逃れようとして引き戻された、自分のものとは思えない声まで遡って苦悩する必要はない。
「小鈴? 」
ほら、キッチンにいた。
なんてことはない。
律は消えたりしないし。
「具合どう? 少しはよくなった? 」
もうあんな濁った瞳で、私のことを見たりしない。
「お……っと。なーに。起きたら俺がいなくて、寂しかった? 」
「うん」
いきなりギュッとしがみついても、冗談に本気で返しても。
正面から抱きついておきながら顔を上げられなくても、察して優しく頭を撫でてくれる。
「ごめん。お前、ずっと寝てたからさ。具合悪い時に、食事、コンビニとかで済まさない方がいいんじゃないかと思って。お粥食べれる? 」
病気でもないのに、そんなこと言って。
疲れてるって、体調のせいだってことにしてくれて。
「うん……」
「ほんとかー? そんなくっついてたら食べれないだろ」
食べたいけど、くっついていたいが勝っている。
「ごめんな」
「え……? 」
苦笑いが止んで、撫でていた手を名残惜しく思う間もなく抱きしめられた。
「好きでもない男にキスされそうになったことよりも、俺が怒るかもってことの方がダメージ大きかったんだよな。こんな傷つけて……ごめん」
「違……」
否定しかけて、それもおかしいかもと途中で固まった私に今度は本当に笑って。
「ごめんな。これからは、ちゃんと彼氏らしく、お前のことちゃんと守るから」
「……そ、そういう意味じゃ……」
律がこれ以上過保護になったら困る。
「んな、慌てなくたって。今、監禁されるとか思っただろ。ま、できたら、お前のこと誰にも見せたくないけど。じゃなくてー、俺さ」
そこまで言ってない、断じて。
言ってないけど、言わなかったのは洒落にならないからだ。
「今まで、お前を引き留めなきゃってばっかりだったから。何が何でもお前といたくて、離れていくのが怖くて。どんな方法でも、お前にどう思われても、離したくないのが最優先で……あんなことになったけど」
わざとふざけた調子だったのがすっと真面目なトーンになって、思わずまたキュッと彼の服を握りしめた。
「お前見てて、ちゃんと守りたいって思った。大事にする。小鈴が怖がらなくて済むように、もっと優しくする……」
「……うん……」
安心してって、背中をトントンされるのが心地いい。
素直に頷くと、空気を重くしない為か、敢えてぎゅーっと抱きしめてきた。
「側にいないのにびっくりして、探しに来たの? 確かに、いつもずっと抱いたままだもんな。ごめんごめん」
「……………ほんとだよ」
目を丸めたのは、いつもより素直すぎたからかな。
それとも、まさか本当に心配してたとは思わなかったなんてことは――……。
「……っ」
今日二回目の、自分からのキス。
なのに、すごく驚いた顔をしたのが切なかった。
「びっくりしたし、怖かった。でも、お粥嬉しい」
「……よかった。でもさ、顔色まだ少し悪いから。ちゃんと食べて寝な? 今度は……」
――目が覚めても、側にいるから。
「ん。真っ赤になられるとほっとする。……ほら、冷める前に食べて。元気になってくれないと、ベッドにいても抱っこしかできないんだから」
笑って抱きしめる力を緩めた直後、少し迷うような間が空いてから、もう一度ぎゅっと。
そしてそっと耳を包まれたら、自然と私の顔は上を向く。
律のキスは私よりもずっと上手だけど、でも。
もしかしたら今日だけは、ちょっとだけ不器用なキスだったかもしれない。