再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
「……はい。ありがとうございます。本人気にしてるので、伝えておきます。……はい。失礼します」
律の少し畏まった声が聞こえて、ぼんやりと目を開けた。
無意識のうちに伸びた手が空を切って、一気に眠気が飛んだ。
でも、大丈夫。声が聞こえるんだから、この部屋の中のすぐそこにいるはずだ。
「あ、ごめん。起こしたな」
起こさないように気を遣って離れたんだと思うのに、申し訳なさそうにすぐにベッドに駆け寄ってくれる。
「電話? 」
「うん。お前の会社。LINE、すごい通知来てたからさ。勝手に社員証の番号に架けて、今日まで休むって言っといた。……ごめん、俺が連絡するの悩んだけど、無断欠勤になったらまずいと思って。……嫌だった? 」
律がベッドに戻ったことで、再びぼんやりしてきた頭が覚醒する。
ガバッと起き上がって壁時計を見れば、翌朝、しかも出社時間はとっくに過ぎていた。
「……っ、ごめん!! 律まで遅刻させて」
「俺のことはいいよ。ちなみに、俺もお前も、遅刻じゃなくて休みな。もう休むって言っちゃったんだから。気にしないで、ゆっくり休んでって伝えてくださいって。ってことでー。はい、ごろんしなさい」
指先で、肩をトンってしただけなのに。
言われたとおりに身体を横にしてしまうのは、もう片方の彼の腕が背中を支えてくれてるって安心してるから。
「怒らないんだ。……じゃあ、これは? “城田 小鈴の彼氏です”って名乗って電話したのは、嫌じゃなかった? 」
「嫌なんて……」
事実だし、律としてもそうとしか言えなかったんだと思う。
名乗らないわけにもいかないし、わざわざ家族を騙るのもおかしいし、そもそもそんな必要もない。
「この場合、他にどうしようもないって思ってる? ……違うよ。俺はノリノリで名乗ったの。彼氏気取りどころか、ダンナ気取りで、勝手にな」
その「頭ポン」は何だろう。
怒ってもいいのにって言ってるみたいで、何だか悲しくなる。
「……気取りじゃないよ。ありがと」
そこで、びっくりするのも。
何気なくベッドに座っただけなのに、またくっつかれて戸惑うのも。
「小鈴……」
「楽しかった? ダンナさんごっこ」
――今度は、本当に寂しい。
「……すっごくな。あー、失敗した。怒られないんなら、もっとダンナ感出すんだった。普通に、溺愛彼氏のまま架けちゃった」
「……ある意味、その方が恥ずかしいかも」
冗談ぽく言ってやっと、ぎゅっと抱きしめ返してくれてほっとした。
「……ってかさ。何なの。可愛すぎるんだけど」
きつく腕を締めすぎたかと心配したみたいに、再び隙間の空いた身体を引き留めてしまう。
「もう。お前が病人だから、理性保ってんのよ。そんな可愛いことしてばっかなんだったら、いい子にして、まじ早く治して……」
病人じゃないし。
でも。
「……もう、ほとんど元気だけど……残りも、律が治して」
もう少し、癒やされていたいかもしれない。
「また、お前はそうやって……っ、と」
さすがに、本気で恥ずかしい。
首にしがみついてもまだ触れてくれなくて、寂しくて背中がピクンと震える。
「……律じゃなきゃ、治らない……」
それを見て焦ったのか、慌ててそっと背中に触れて。
「……了解。でも、逆に俺のが癒されてたりしてな。そしたら、ちゃんと教えて」
(いいんじゃないかな、それも)
曖昧に頷きながら、そんなことを思ってる。
私がこんなに頼りきってしまってるように、ちょっと過保護に愛されて癒されるように、律を癒してあげられるのなら嬉しい。
(……そう。ちょっとくらい……)
――このくらいの、ちょっとなら。