再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
幸福実現





朝、かなり早く。
いつもはまだ通勤中の時間に会社に到着したのは、心配性の律が送ってくれると言って聞かなかったからだ。


「こんな早く着いてどうすんのよ。真面目なんだから……」


車の助手席、シートベルトを外そうとした手が捕まる。


「私の出社時間に合わせて送ってくれてたら、律が遅刻するでしょ……」

「そんな心配いらなーい。病み上がりの彼女の送迎って、じゅうぶん遅刻早退の大義名分になるから」

「ならないから!! ……って、迎えにも来てくれるつもり……しかも早退!? 」


熱出した子どものお迎えじゃないんだから。
第一、私のは体調不良ですらない。
だがしかし、律が本気で実現しようとするなら、どう止めていいやらいい案が思いつかないし、たぶんそんなものはない。


「んな、本気で悩まなくても。さすがに早退は冗談だけど、お前も残業とかするなよ。終わり次第、すぐ迎えに行く。もし、俺が着いても下りてこなかったら、溺愛過保護ダンナごっこ継続して乗り込むからな」

「……洒落にならん」


律の想像どおりの反応をしてしまったことが悔しくてむくれると、それすらお見通しだったらしく。
ククッと笑った後、愛しそうに目を細めた。


「だって、本気だもん。役所に紙出したか出してないかだけの違いだろ。それも、まだってだけ。……心配に決まってるじゃん。あんなに震えてるお前見るの、もう嫌だ」


何に、どこにどう反応していいのか分からない。
でも、大きな手に包まれた指先が抜け出して、逃げるどころか絡めたがって。
いつの間にかもう片方の親指で撫でられた頬は、その跡を辿るように熱くなる。


「嬉し。……その反応、すごいほっとした。次は、もうちょっとロマンチックにするな」

「……え……」


意味を理解してるくせに、今頃尋ね返そうとする私に笑って、軽く口づけられた。


「頑張ろー。俺は、仕事よりお前関係に全力注いでんの。だから、気遣わなくていいから。頼れるとこは頼って。溺愛彼氏、有効活用しとけ。な? 」

「……う、うん。ありがと。くれぐれも無理と無茶はしないで」


優しいのは嬉しいし、あんなことがあった今は余計に助かる……けども。


「……くれぐれも、本当に、滅多なことは……」

「ん、りょーかい。プロポーズの真似事しといて、本番の前にクビになるようなことはしないって。お前こそ、本当に何かあったらすぐ教えて。できるだけ、様子見に来るようにはするけど」


お小言にもお願いにも相応しくないくらい、胸が鳴ってる。

喜んでる。期待してる。
何なら、車から出たくなくなってるでしょ。

――シートベルト、外さないの?


「大丈夫。すぐ会いに来るから。あ、極力一人になるなよ? まさかとは思うけど、人間、思い詰めたら何やるか分かんないんだから」


少し跳ねた指を引っ掛けて、掌を唇まで。
恋人でしかあり得ない口づけは、愛情はもちろん、おまじないや魔除けのようにも感じる。


「……うん。気をつける」


もしくは、リマインド。
言った本人は無意識なのか、思惑があるのか不明だけど。

人間、追い詰められると何をするか分からない。
私は、それを既に知ってる。
それに。

それでも側にいることを選ぶのは、一生のうちに律だけ。






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