再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~




「あの……ええと……」


私も部長も、「あの、えっと」としか言い様がない。
ここで台詞が被るのも変な話だけど、寝耳に水なことだけは一致しているのだから仕方なかった。


「失礼しました。実は、昨日彼女の欠勤の連絡を入れたのも僕で」

「ああ! ちょっと噂になってましたね。いや、まさかそれが……」

「はい。噂になっちゃいましたか。……恥ずかしいな。重病くらい騒いでしまったので」


(……すごく、落ち着いた声だったけどなー)


その、照れた演技も、絶対吉井くんへの牽制だけの為だよね。
律の会社がうちの顧客だったのは偶然としか思えないし、そうとしか思いたくないけど、私と吉井くんが現れたのは多少の小細工があった可能性もなきにしもあらず。
というか、予想はじゅうぶんできたはずだ。


「そういうことで。改めて、よろしくお願い致します」


それくらいで話を切り上げたのはお仕事モードだったけど、部長が律に椅子を勧める前に、ちゃっかり私を先に座らせたのは、吉井くん牽制モードと心配性彼氏の続行を意味していた。




・・・




「本当は、お時間ありがとうございました」

「こちらこそ」


打ち合わせは滞りなく進み、当たり前とはいえ、何事もなく終わってほっとする。
お見送りでエレベーターの前まで来た時には、誰がいようとお構いなしで、既に普段の律のだった。


「なーに、その顔。俺だって、仕事は真面目にするよ」

「そ、そんなんじゃない」

「そ? ま、俺もお前のそんなとこ見れるのは新鮮だけど。でも、小鈴が真面目なのは想像どおり、かな。ほら、怒んないの。ごめんって。だって、驚かせたかったんだもん」


クスッと笑って頬をツンと突いたのが、部長の目に入らなかったのをひたすら祈――

――ってると。


「(なに。もっと暴れてよかった? )」


って、いきなり耳元で囁いた。


「……っ……!! 」


私が暴れる……じゃなくて、発狂しそう。


「元気そうでよかった。何かあったら、すぐ言えよ」


頭は真っ白なのに、とりあえず拳を繰り出そうとする私ににっこりして、余裕で手首を捕まえてしまう。


「いやあ、城田さんにお願いしてよかったな」


よくないです。
こんなことなら、まだ具合が悪いって引っ込んどくんだった。


「あはは。そうですね。営業も彼女だったら、もっと早く落ちてたかも……なんて。まるきり冗談とは言えないけど、嘘だよ。お前の仕事の出来は、そんなじゃないもんな」

「ちょ、ちょっと……」


部長への相槌がてら、頭撫で撫ではちょっと。
いや、非常によろしくない。
打ち合わせが終わったとはいえ仕事中で、他社の、しかも取引先って立場が――……。


「……当たり前ですよ」


大きな溜息と、乱暴にエレベーターの「▽」のボタンを押した音に掻き消されそうなくらい、吉井くんの声は小さかったけど。
すごく低くて、もちろん律の耳にも届いていた。


「……彼女がお世話になってます。一緒に仕事されてるんですよね。あ、お願いなんですけど」


――あんまり、無理させないであげてくれます?


知ってるとは思うけど(・・・・・・・・・・・)、僕の彼女、仕事だときついの言い出せずに頑張っちゃうタイプなので。小鈴が早退なんてよっぽどだって思ったら……あんなに辛そうで。な。見てらんなかった」

「……だ、大丈夫だってば! そんなの、吉井くんに言われたって困るでしょ。吉井くんが仕事持ってきてるわけじゃないんだから……寧ろ、これからは律が仕事振ることになるかもなんだし。ほ、ほら。エレベーター来たから……!! 」


『知ってるとは思うけど』が、私じゃなくて『僕の彼女』に係ってるんだろうことを吉井くんが気づく前に、どうにか律をエレベーターに乗せようと無理やり押し込む。


「確かにな。すみません。吉井さんには関係ないのに、つい。だからー、本当に無理するなよ。分かった? 」

「わ、分かった! ……って、何回も言ったじゃない」

「はいはい。朝も聞いたばっかでした。ごめんな、溺愛しすぎて」

「〜〜いい加減、帰らないと怒られるよ! 」


発言に、牽制を詰め込みすぎ。
これ以上は、吉井くんどころか部長にも怪しまれる。
エレベーターのドアが閉まって、ほっと一息ついて。
視線を感じて、羞恥よりも冷や汗で背筋が冷たい。
めちゃくちゃな牽制に、効果があればいいなと思うほどに。


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