再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
(……律は、もー……)
おかげで、仕事は楽だった――けど、やりづらくて仕方なかった。
『……あのー、城田さん。具合は……』
『大丈夫ですよ! あの、そんな頻繁に様子見に来なくても……』
ここでも「あの、その」としか言い様がなかった。
別に、律を怒らせたからといって、取引が中止になるのでもなし。
まあ、怒らないとしても、律が不機嫌になるくらいで会社間のやりとりが無になるほどの力はさすがの律も持ってない……でいてほしい。切に。
あの後、ずっとそんな調子だったし、それに。
「城田さんの彼氏、一回見てみたいと思ってたんだよね」
「あの電話、受けたかったよー」
(そりゃ、こうなるし……)
部長が私のご機嫌伺いにしょっちゅう来るなんてことがあれば、誰だって何かあったと気づく。
どうかしたのかと聞かれてしまえば、打ち合わせに現れた相手方が彼氏だったんです――そう説明しない理由も、特にはなかった。
となると、帰りはみんなでぞろぞろと下に降りることになり。
エントランスの自動ドアを抜けても、誰一人帰ろうとしない。
「まさか、そんなことだったなんてね。でも、納得」
「え? 」
別に嫌ではないけど、本人すら納得は微妙なところなのにそう言われて聞き返すと、みんな意味深に顔を見合わせた。
「だって。吉井くんの様子、明らかに変だし」
「……あ、あの、それは……」
それも、どうにかしなくては。
吉井くん自身がみんなの前で言ったことではあるし、気持ちの強制なんてする権利もなければ、できることでもない。
「……彼氏が変な嫉妬して、嫌な思いさせちゃったんだと。吉井くんは本当にそんなつもりじゃないのに、彼が過剰反応しちゃって」
だとしても、安全地帯に戻ってほしいから。
「あ……」
律の車を見つけ、注意をそっちに向けて、吉井くんの話題を終了させる。
「お疲れ。こうなっちゃったんだ? 」
「……そりゃ、そうでしょ」
車から降りた律が、私の顔を見て吹き出す。
絶対想定内――寧ろ狙ったくせに、わざとらしく丸くなる目は可愛くてムカつく。
「小鈴がお世話になってます。……って、お騒がせしてるの、僕ですよね」
爽やかな笑顔が眩しい。
彼女である私が、あまり見ることないくらいの好青年ぶり。
「すぐ拗ねる。可愛くて俺を喜ばせるだけなの、まーだ分かんないのかね」
「……っ、その通り、お騒がせしてるんだから帰ろ……! 」
じろっと睨んでも、ちっとも効かない。
律の手を掴んで引っ張っても、びくともしない。
つまり、まだやりたいことがあるらしい。
もう吉井くんはいないのに、一体今度は何のつもり――……。
「はいはい。でも、挨拶くらいしとかなきゃだろ? これから、お会いすることもあるだろうし。仕事でもそうだし……今のところは、お前の彼氏としてもさ」
「今のところ……? 」
何だか不穏な表現に聞こえて、私、どんな顔をしてたんだろ。
「あー、違うって。そんなわけないだろ」
勘違いさせたって焦った顔、わざとだよね。
きっと気づいてたの、イラッとするけど。
「だから。言ったじゃん。……ちょっとは、ダンナ気取りでいさせてねって。そう遠くなく、ごっこじゃなくなるまで。な? 」
必要もないのに見せつけるように言った後、なぜか「ごめんな」だけ小声で優しく囁かれて、イライラになる前に萎んでしまった。
「……だから、言ったじゃない。気取りじゃないって」
「……ん。だったな。ありがと」
そこで心底驚いた後、照れたのは演技じゃないと思う。
実際は分からないけど、そう見えたから怒る気も失せてしまった。
「……し、失礼します! 」
とはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。
もう一度律を引っ張ると、今度は楽に引きずられてくれた。
「はいはい。失礼しまーす」
ということは、律的に用は済んだらしいけど。
「……何だったの……」
車の中で、シートベルトをした瞬間、睨みつければ。
「ね・ま・わ・し。舞台は作っとくもんだろ」
「……何の為によ……」
ああ、しまった。
律がシートベルトしてから、私もすればよかった。
「ん? 可愛い彼女とのハッピーエンド」
「そんなの、もうハッピーエンドだよ」
そう思ったけど、嘘。
どっちにしても私は、律の指が頬に添えられるだけで動きたくなくなる。
――安全装置としては機能しないかも……そう思いながらも。