再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~








律は大人気だ。
そんなの、どこでもそうだった。
あれから、ちょくちょくうちの会社に来るようになって、ああして囲まれるのを見るのも慣れてきたし。
とはいえ、もちろん複雑な気分――じゃない。

至ってシンプル。
モヤッとするに決まってる。


「小鈴」


会議室を出てすぐのところで捕まったのか、輪になってる女性陣にチラリと目礼して、するりと隙間を縫うように外に出てきた。


「いつになったら、声掛けてくれんの」


まるで、どう脱出するか、輪の切れ目なんてもうずっと目をつけてたみたいに。


「忙しそうだなと思って」


しまった。
適当に言ったつもりだったのに、モテる彼氏に拗ねる彼女そのものみたいな台詞になってしまった。


「ごめん。その反応が見たくて……って、お前ほんと、どこでも殴るね。……(いた)。痛いってば。いいじゃん。結局、根負けしたの俺なんだから」


知ってる。
だから、声掛けなかったのに。


「お疲れ。……頑張りすぎてない? 」

「だ、大丈夫だよ。律こそ……」


その、負けたーって顔、やめてほしい。
くしゃって笑って、なのに、甘すぎてちっとも悔しそうに見えない優しい表情。


「俺? 俺は、仕事で無理なんてしないタイプでしょ。でも、まーな。今日楽しみに来たのに、お前いなくてガッカリで疲れたー」

「う、そ、そんなこと言われても。さすがに、律専属ってわけには……」


何を言ってるんだろう。
これだと、本当は律専属になりたいみたいに聞こえる。


「分かってる。無理しなくていいから。……ってか、しないで。また倒れたりしたら、俺がどうにかなる」

「大丈夫だってば。大袈裟……! 」


笑って、ぽんと頭に手を乗せて。
優しい笑い声なのに、大袈裟だと主張するのには同意してくれない。

いつも、そうだった。
モテる律を見て、モヤッとするのは本当に短い間だけ。
羨望の目で見られるのは、どうしたって居心地悪いけど。
そういえば、これだけモテる彼氏がいるのに、嫉妬らしい嫉妬をした記憶がない。


「意地悪してごめん。お詫びに、仕事終わったら何か食べに行こ」

「意地悪なんて……いろいろ仕方ないし、普通だよ」


そんなの考えたこともなかったくせに、理由は探らなくてもすぐに分かった。


「いろいろ、ね。まあ、そうだけど……仕方なくても、俺はめちゃくちゃ妬いてるよ。吉井さんの立ち位置」

「……な、なに言って……。自分はどうなの……。第一、吉井くんは何のことだかだと思うよ」


すぐ、そうやって「自分の方が好き」を他人の前でも出してくれるから。


「“じゃない”って、分かってるだろ。でも、ありがと。そう言ってくれるから、嫉妬はするけど不安は感じてない。……心配だけどな」

「……だ、だからー!! 」


溺愛してますって。
付け入る隙なんてないよって。
不必要なくらいの牽制をしまくってくれるおかげで、私は今まで嫉妬に狂ったことがないんだ。
おまけに、吉井くんをさん付けで持ち出したのも、わざとだって気づいてはいるけど。


「何食べたいか、考えといて」


必要以上と言えば、恐らくここに顔を出す頻度が増えた分、律も忙しいんじゃないだろうか。
まさか、必要もないのに来てるなんてことはない……とは思いたいけど、最近は私よりも律の方が疲れてるかも。


「あ、本当に意地悪とか思ってな……」

「騙されちゃって。お詫びとか言いながら、俺のご褒美でしかないの。……お願い、空けといて」


(根回し……律なりのやり方で、守ってくれてるんだよね)


「わ……かったけど。普通に誘いなよ……」

「それはー、可愛い彼女に意地悪したい心理だから、どうにもなんないって謝っただろ。ごめん」


あまりにふわふわの、軽い「ごめん」。
ジト目で見上げると、軽く眉を上げて距離を詰めてきた。

キスされると思った私は、なんて恥ずかしいやつなんだろう。
照れて嫌がって、でも心の奥では望んでたのかもしれない。
律の位置から想像して、せめて、前髪か額に口づけられるのを。

反射的にぎゅっと目を閉じたのに、いつまで経ってもその感触がどこにもなくて、きっと落胆して目を開ければ。
律の瞼も閉じていて、ほんの一瞬だと思うのに、羞恥と嬉しさで全身が熱くなる。


「……後でな」


恐らく、誰にも見られてない。
たったこれだけだけど、けして会社では相応しくない秘密の共有。
「後で」に続くのが、食事じゃなくキスなんだと。

それこそ、それだけの約束。
でも、知ってた。何度も思った。
だけど、私、今。


(……一緒にいたら、ダメになる……)


そう思って、ドキドキして。
絶望すら、感じなくなってる。




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