再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~




ああ、これは何ていう名前の幸せなんだろう。
好きで好きで、気持ちいいのに苦しい。
手を伸ばす必要もないほど近くに律がいてすごく安心するのに、背筋がゾクゾクして言い様もない不安に襲われる。


「痛かった……? それとも怖い?」


ビクンとして、思わず繋いだ手に力が入ってしまった。
痛かったのは律の方じゃないかと思うのに、ものすごく申し訳なさそうに謝ってくれて。


「ちがっ……う……」


キスも止んじゃった。
怖がらせないように、頭や頬を撫でるのも。


「そっか、違うの。……ん、分かった」


「やめないで」よりも強く主張した、嫌嫌と首を振るのもみっともない。
求めすぎてしがみつくのが恥ずかしいと思いながら、引き止める指の方がよっぽど淫らだ。


「よかった。でも、何かあったら我慢しないで教えて。せっかく受け取ってくれたのに、ぶち壊したくない……」


もちろん填めたままの指を嬉しそうに撫で、もう一度こっに傾いて。


「……なんか、これはこれで怖いわ」


簡単に開けたバスローブを、寧ろ整えてしまった。


「あの時も怖かったけど、今の方がもっと怖いかも。お前に本当に愛されてるって実感がまず理解できてないのに、幸せだってことだけは強烈に感じてるから……お前が嫌なことしてないか不安」


ねえ、紐なんて、あってないようなものだよ。


「あの時……お前を苦しめてる時に怖がっとけよって話。ってか、再会した時だって強引に手に入れてるから不安になるんだよな。お前が腕にいて……自分で捕まえといてクズすぎ……ん……」


ほら。
私ですら、目を閉じて下から唇を重ねれば、律のだって簡単に解けてしまう。


「……お前見てるとさ。手に入れたい可愛いがりたいって思う一方で、心配になるよ。犯罪者に情が湧いた被害者とか、狼に懐いた小動物とか見てる気分になる」


同情じゃない。
それはさすがに、優しい思い上がりだ。


「分かってるって。聞こえてたでしょ。……堕ちてんのも沼ってるのも俺の方。責任取って、俺にお前を幸せにさせて」


それだと、責任取ってるのは律の方だけど。


「よろしくお願いします……」


(律の幸せは……? )


私といて、成立するんだろうか。
これほど好きだって、側にいてって願われて、尋ねることなんかできない。


「ありがと。承諾してくれるだけじゃなくて、お願いなんて言われたら、下からくっつかれるだけで幸せすぎ……。頭くらくらする……」


また心配そうにしてたんだろう、律はそう言ってくれた。
律自身はそれが幸せだと認識して信じていても、実際の幸福とは――……。


「……ん……」


ううん。他人には測れない。
今のところ、私たちの本当の関係を一番知っているのは吉井くんだけで、彼にしたら二人堕ちてダメになったと思うだろう。
でも、それにしたって、私たちの一部のことなんだ。
ただ、他には見せていない部分を知られてるってだけ。


「いきなり意地悪? それは小鈴の方でしょ。他の男のこと考えちゃったりして」


いきなり首筋に口づけられて、肌を撫でられたら。
意識が行くところが多すぎて、思考力を奪われる。


「分かるよ。俺にはお前しか見えてない分……な」


希望どおりだ。
律の指が簡単に脱がせていくのも、脱がせておきながら優しく肩を包むのも。


「他に興味なさすぎてごめんな」


変なことを謝られて、恥ずかしすぎて手の甲で目を覆う。
でも、それだけは許してもらえなかった。


「お前はそこまで狂わなくていいけど……ここにいる時は、俺のこと見ててよ」


髪を耳に掛けながら、よしよしされて、のち、辛くないように持ち上げられてキスされる。
ゆっくりなのに流れるような動きに、言われたとおり完全には瞼が落ちず、また褒めるように掌が下がってく。

ねえ、私だって。


(……どうかしてるくらい)


「……律しか見てない……」


会社で会う律も。
プライベートで一緒にいて、からかった直後に甘やかしてくる律も。
こうして至るところに口づけながら、急ぎそうなのを堪えるような、優しくて怖いくらいの律も。

――好きだから見てるの。見ていたいの。


「相変わらず俺を喜ばせるの上手だね、小鈴は。……お返ししなくちゃ。……な、小鈴」


更なる刺激を待ち焦がれてるのがバレバレなのに、そこはからかうことなく、寧ろ本当に嬉しそうに愛しそうに目を細めるだけ。


「俺もそう思ってる。小鈴を喜ばせたいって。でもさ、したことは消えないし、お前はずっと怖がらなきゃいけないんだろうな。せめて薄めて、一瞬一瞬でも幸せが勝つようにする。……ごめんな」


幸せ。
今、この瞬間がそうなの。
律の耳には、一番にその言葉を届けたいのに。
そっとキスされた後始まった喜ばせ方に、もう「律」以外の言葉は出てこなかった。







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