再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
消失





まだ少し違和感のある薬指を見ると、ニヤニヤというより赤面して仕方ない。
それも当然だと思う。
何と言ったって、渡されたのがホテルで――あれからはまさしく、蜜月とも言ってもいいくらいの時間を過ごした。


『小鈴……』


ちょっと窮屈な、僅かな締めつけを感じて指に視線が行けば。
自然とというか、強制的に律の逆上せた声を脳が思い出そうとする。

声が耳奥で鳴ってる気がしたら、もうアウトだ。
律の吐く息や、焦れるように鳴る喉、きっと私に聞かせないように我慢したんだろうなっていう、何とも言えない音、音、音。
耳がそれらの記憶を辿ったら、肌が疼くまで時間はかからない。


(……だ、ダメだって……仕事中……!! )


『怖くないか……? 』


進まれるたび、都度確認されて恥ずかしくて死にそうだった。
いつもだったら絶対からかってくるような反応にも、愛しそうに笑うだけ。
それが余計に耐えられなくするのに、顔を背けるのだけは、やっぱり許してもらえなくて。


『……俺は怖いよ。好きすぎて可愛くて……自分で怖いくらい、お前に触れるたび、頭馬鹿になってく……』


(〜〜〜んがっ……!! む、むり……!! )


自分の記憶と想像と、妄想に耐えられない。
デスクで顔を覆ってる時点で、既に怪しすぎる。


「……あ……」


乱暴に手を動かしたからか、少し緩い指輪が指から浮いてる。
このままだと、いつか落としちゃいそう。


「城田さん? ミーティング始まるよ。もしかして、具合悪い? 」


(……やば)


そうだった。
最近、ちょっとぼーっとしてるだけでも心配してくれるし、何しろ注目を浴びやすい。
いや、仕事中にぼーっとするなって話だけど。
体調不良が続いてると思われたり、逆に恋人が取引先だからって浮かれて仕事してないと思われるのも困る。
どっちにしても、担当を外されでもしたら律に迷惑がかかるし、私だって最後まで全うしたい。


「いえ! すみません、今行きます」


慌てて立ち上がって、机に手をついた時にまた指輪がズレる。


(……失くしちゃったら……)


それは絶対嫌だ。
買ってくれてたなんて、渡すタイミングを探ってたなんて嬉しかった。
指輪も、その気持ちも受け取って大切にしたい。

袖机の引き出しに、そっと忍ばせる。
帰り、律に会う時には絶対着けておきたいから。




・・・




幸い、ミーティングが始まってそんなにしないうちに、脳が正常に動いてくれた。
当たり前なんだけど、そんな自分にほっとして席に着いた。
そりゃ、そうだよね。っていうか、そうでないと。
わざわざ異動してきたのに、恋愛にかまけて全然役に立ちませんでしたじゃ話にならない――……。


(……あれ……? )


机の引き出しを開けて手を突っ込んだのに、思っていた感触がなくて、更に奥まで手を入れる。
でも、何度ペタペタと底を触っても、隅っこを指で探っても。
最後にはガタンと思いっきり引き出しても、ないものはない。

――指輪、失くなってる。




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