再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
出社してひと息吐くというのはおかしな表現で、それもぴったりくるとは思ってないけど。
しっくりくるのに腑に落ちないというか、すごくモヤモヤして律の――家を出たから。
衝撃だったけど、「ああ、そっか」と思う矛盾。
いつも仕事用に使ってるバッグにポーチを押し込んだ時、あっさりと見つかるなんて。
――律から貰った、失くした方の指輪が。
『どうした? 遅刻するー! じゃなかったっけ。俺は全然余裕だと思うし、やっぱもうちょっとゆっくりする? 』
『……り、つ』
そんなはずない。
だって、確かに会社の机の引き出しにいれたんだもん。
何より、そう思ってはいても、念の為このバッグは何度も見たんだ。
ひっくり返してみたり、くまなく探ってみたり。
バッグだけじゃない。
その日着ていた服だって、何度も確認した。
(……それでも、絶対どこにもなかったのに)
『小鈴……? 具合悪い……? 』
『ちが……』
ダメだ。
何はともあれ、指輪が出てきたことは事実。
真っ青になるところじゃない。
『ゆ、指輪……あった』
『え、まじ? どこにあった? 』
ほら。
律は、こんなに自然なんだから。
『……バッグの中……ごめん……』
「本当にごめんね!! 」って、慌てて言ったつもりだった。
ううん、そんなトーンになろうって頑張ったはずだった。
『謝ることないって言ったろ。お前は何も悪くないよ。ごめんな、嫌な思いさせて。でも、俺は本当にこれでよかったって思ってる。おかげで、もう一個渡せる日がこんなに早くきたんだから』
『……ありがと……』
どうにかお礼を口にして、恐る恐る見上げたら。
(律こそ、何も悪くない。どっちにしたって、何もかも私の為だ)
絶対に、バッグの中に指輪はなかった。
それは、考えれば考えるほど確信してる。
だとするなら、今ここに指輪があることで――……。
『俺こそ。受け取ってくれてありがと。これは、着けなくてもいいから……そのまま、貰ってくれたら嬉しい』
『うん……』
――どうして失くしたのか、今になって見つかったのか。そのすべてを説明してる。
後ろから抱きしめられても、何も言えない。ううん。
(言わなくていい……)
律のおかげで、指輪が返ってきて嬉しい。
ただ、それだけのことだ。
・・・
始業後、一時間くらい経った頃。
まるで、少し業務が落ち着くまで我慢したというように、部長から呼び出された。
「その……吉井くんとはどうかな」
いつ言われるかと思ってた。
だから、準備はいくらでもできたはずなのに、何とも答えようがなくて無言になる。
「いや、こういうことに口出ししたくはないんだけどね。如何せん、相手がその……」
「……ご迷惑をお掛けしてすみません。でも、本当に何も……」
そんな嘘さえ、上手くつけない。
「も、もちろん。分かってるけど、その……もし、仕事がしにくいなら、吉井くんには外れてもらおうかと」
「そ、それは……! 」
「そこまでしなくても大丈夫」も、今日に備えてシミュレーションしたのに。
「城田さんが、仕事に持ち込むってことじゃなくて。先方が気にされるんじゃないかと思ってね。うちとしても、ずっと口説いてた先だから。吉井くんの社内での立場もあるし」
「……それは……」
そのとおりだと思う。
律自身が私情を挟まなくても、会社のイメージもある。
それが損なわれれば、この関係のせいだと思われるだろう。
律と付き合ってることが周知の事実である以上、吉井くんの方が不利だ。
「吉井くんが外れたければ、止められません。でも、私が来るまでは、メインで携わってましたし。私も、できればこの仕事までは全うしたいです。彼が来る日に同席はできなくても……業務だけは、ちゃんと最後までやらせてください」
「……そうか。でも、もしあんなことがあれば、吉井くんには別業務をお願いするよ。評判云々だけじゃなく、城田さんも危ないからね」
「……すみません……」
(……しっかりしなくちゃ)
この後は、もう一緒に仕事はできないかもしれないけど。
せっかく戻ってきたのに、こんな有様のまま終われない。それに。
――今後のことも、目を逸らさずに考えなくちゃ。