再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
こうなってしまうと、休憩時間もいる場所がなくなってきた。
別に休憩室にいてもいいんだけど、私がいるとやっぱり変な空気になるし。
気を遣われたりこそこそされたりで、ちっとも気が休まらない。
部長に呼ばれたのはみんなが見ていて、その後吉井くんが入れ違いに席を外せば、理由なんて一つしかない。
「はぁ……」
気にしてくれてるんだろうけど、吉井くんからチラチラ見られているのも分かってた。
気づいてないふりを決め込んでいたし、どんなに居心地悪くても一人にはならないようにしてた。
本当に、これ以上は吉井くんのキャリアが危なくなる。
せっかく今まで頑張ってたのに、こんなことで潰れるなんて――……。
「あ……」
人目を避けてたら、一階のエントランスまで出てしまった。
咄嗟に口を押さえたのは、もう迷惑掛けたくないと思ったからなのに。
「あ、お疲れ」
――律。
「ご、ごめん……」
「なんで。会えたら嬉しいと思ってた。っていうか、来る時はそれどうにか狙おうとしてるのに」
なんでって、だって。
律の隣には、上司らしい男性がいる。
「……あー。うん、そう。ま、あんなことがあったからさ。そっちの部長が、慌てて謝罪の電話入れてくれて。お詫びに……とか言われたけど、プライベートなことでうちまで来られるのはちょっとな。俺にも責任あるし」
苦笑いで留めてくれたけど、律に責任なんてない。
この前のあれは、きっと――発端は指輪のことだ。
何より、プライベート、しかも恋愛のことで、上司まで巻き込むなんて普通じゃない。
「……申し訳ありません……」
律の体裁を考えれば、謝るべきか悩んだ。
彼女が上司に頭を下げるなんて、部下としても彼氏としても不快に決まってる。
でも、こうして会ってしまった以上、謝らないわけにもいかなかった。
「違うよ。お前がそんなことする必要ないから。先輩は、俺のお目付け役で来たの」
「そうですよ。どっちかというと、こいつが何かしでかさないか見張る為です。社内ではクールなので、話を聞いた時は驚いてしまって。どんな感じなのかと思ったら……そんな顔するんだな」
「やめてくださいよ。それじゃ、見張りっていうより面白がってるだけ……小鈴? 」
上司の方が、いい人そうでよかったけど。
でもやっぱり、彼女のせいで噂を立てられたり、終いには上司まで引っ張り出されるなんて、迷惑どころか恥ずかしい思いさせて――……。
「すみません。ちょっと失礼します」
「えっ……? 」
そう断りを入れてから、私の手を引いて奥へと移動した。
「ちょ、ちょっと……」
「だって、人がいたらお前泣かないだろ」
入口から離れて、エレベーターや階段からも死角になった隅っこ。
「仕事中……」
「えー? 俺と二人きりなんだから、プライベートだって思ってよ」
拗ねたように言って、そっと瞼に触れられたら。
「何が辛い……? 俺の上司が出てきたこと? 」
「……律に恥ずかしい思いさせた……」
涙が素直に溢れ落ちてしまう。
「恥ずかしくないよ。資料とかいつも褒められるから、自慢してる」
そんなの嘘だ。
優しくて甘すぎて、一度堪えきれないと諦めてしまえば、もう止まらなかった。
「本当だって。ま、さっきみたいに、多少からかわれてるけど。そんなすごい子が俺の彼女だなんて、嘘じゃないかって言われるくらいだったんだから。今日、証明できてよかった。帰ったら、“あー、この子だったら、そりゃ取り合いになるな”って話になるよ」
「……なるわけ、なっ……い……」
会社で駄々っ子みたいな嗚咽を漏らすなんて、何やってるんだろう。
それこそ、律の評判を下げてしまう。
いくらそう咎めても、律の優しい手には敵わなかった。
「自分のことじゃなくて、俺の為に泣きそうになって、しかも我慢してたの。……ありがとな。そんな心配、本当にいらないから」
仕事中だ。
律はスーツで、すぐそこには彼の上司や他の会社の職員だってうろうろしてる。
うちの会社の人だって、いてもおかしくない。
「……ごめんね。先輩にも申し訳ないって……」
「やだ。お前悪くないって言ったでしょ。ノロケまくるしかしない」
白いシャツを汚しちゃいけないと思うのに、我慢して我慢して、額を寄せるまででどうにか耐えた。
「……ありがとう」
「え……」
お礼言われるようなこと、何もしてない。
それも、そんなに真剣に心の底から感謝してるみたいに。
「……さすがに、キスはダメか」
「だ、ダメに決まってるよ……」
「決まってる」なんていうくせに、声はちっとも確定したようには聞こえなかった。
律が気づいたのが先か、私が赤くなって驚いたのか。
「だったら、可愛いのちょっとはやめてくれたらいいのに。……って、無理だもんな。なら、そろそろ行かないと……大丈夫か? 」
「だ、大丈夫! あんまりお待たせしちゃ悪いから……」
余程酷い顔をしてるんだろう。
からかうことなく、律からそう切り出してくれた。
「ん。何かあったら、すぐ連絡して」
(大丈夫。何も起きない。起きたとしても、対処できる)
頭を撫でた手が下って、肩を包み、そっと背中をトントン叩いて。
それでも動かない律に笑って背中を叩き返すと、ようやく上司のもとに行ってくれた。
(仕事は完璧にやり遂げる。まずは、それから)
律の優しい嘘が、本当になるように。
どうせ注目されるなら、いいことで噂になりたい。
でも、その前に。
コーヒーでも買って、そこの公園でちょっとだけ休んでいこう。
こんな顔で戻ったら、「何かありました」って言ってるようなものだ。それも、もう何度目か。
ラテを片手に、ベンチに座ってほっと息を吐いた。
大丈夫、大丈夫。
こうして少し休憩したら、また何てない顔で頑張れる――……。
「お疲れさまです」
――やっと、そう思えたところだったのに。