再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
「避け方、えげつないですよ」
「……わざとだって、それも分かってるくせに」
目の端で辺りを確認したのを笑って、吉井くんは隣に座った。
「あれは……本当にすみませんでした。掴みかかったのは、完全に罠だったと思うけど。指輪を盗んだのは事実ですから」
「……それは、もういいよ。返ってきたし、律も怒ってない……」
「そう、怒ってないですよね。だって、それ全部思惑どおりで……俺はまんまと嵌まっちゃったんだから。あの人が怒るわけないです」
(……律)
まだ、そうと決まったわけじゃない。
ただ、私と吉井くんの意見が一致してるだけだ。
そして、それは今後も答えが出ることはない。
「盗んだものの、俺が捨てられないのまで見越してるんだから、やばすぎますよ。……あー、でも。彼女さんは、そんなの知ってるんですもんね? 」
怯むな。
そのとおり私は律を知ってるし、その上で好きだし、彼女だ。
「……だから? そんな頭おかしい女、放っとけば」
狂ってると言われれば、否定できない。する気もない。
それでも、今の律との関係は、世間一般の恋人同士とそこまでの差はないと思ってる。
確かに爽やかな甘さとは距離がありすぎて、たとえるなら、毒々しい色にデコレーションされたような甘さを連想するけど。
でも、まだ健全な気がするんだ。
あの時、私が「まともだった」頃の関係と比べるなら。
「そうですよね。他の男に狂っちゃった子なんて、もうどうしようもないのに。……どうして、苦しんで、辛そうで、逃げたがってた時に側にいなかったんだろ」
掌を見せられて、ギクリと自分の薬指を確認してしまう。
もちろん、ぴったりの指輪が勝手に外れるはずもなく、そのまま軽くキュッと指を締めつけさえしている感覚。
「弱ってるところに言い寄るなんて、最低だって。あの時、そんないい人めいたこと思わなきゃよかった。異動できるって、ずっと真っ赤だった目にやっと色が戻ってよかった……今は、ゆっくり休んでほしいなんて、心の奥底では思ってもないことを、自分に言い聞かせなければ」
『ここのことは気にしないで、のんびりしてきてくださいね。……お疲れさまでした』
最終出勤の日、吉井くんはそう言ったっけ。
そうだったね。あの時も。
「食べません? コーヒーだけなんて、身体に悪いですよ」
そうやって、チョコひとつだけくれてた。
「チョコ一個で、固まらないでくださいよ。奢りにも入らないし、あ、毒なんて入ってませんから。一緒にしないでください」
まるで、後でそう言う為に。
「……律だって、毒なんか盛らないよ」
「え、そうなんですか? まあ、毒というか、怪しい薬とか持ってそうなんですけどね」
「変なの見すぎじゃない。……ありがと」
あの時が初めてじゃなかった。
このチョコが好きだって、吉井くんが知ってたのも不思議じゃないくらい。
なのに、私は三年前の記憶が曖昧すぎて、そんなことも忘れてた。
「婚約指輪盗まれて怒りもしないどころか、100円くらいのチョコのお礼言うんですか。本当に、あなたは……」
「……っ」
抱き寄せられると身構えて、カップを握り締めるのにクスッと笑って。
横からそっと、私の頭を自分の肩に乗せた。
「諦めさせてくれないんですね。……あいつは俺のことお見通しだって言うけど、俺だって分かってる。……ずっと、見てきたんだ」
律とは違う、肩の高さ。骨の感触。
私の頭や、耳が触れる位置。
違いを感じた瞬間に押し退けたけど、片手じゃ上手くいかなかった。
「いっそ、俺の頭も完全に狂いきらせてよ。あの男みたいに、悪魔か狂人かみたいに病みきってしまえたらいいのに。今の俺はまだ……っ」
――まともなあなたの方が、絶対可愛い。まだ、そう思ってる。