再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
「ゔっ……痛……普通、この状況で肘鉄とかします!?」
「……この状況だからしたんです」
普通がどうとか言いながら、「さすがだなー、もう……」なんて文句を言ってる吉井くんは、やっぱり私の知ってる彼だけど。
『……え、先輩って彼氏いるんですか? 』
『最近できたんだけど……何気に失礼な言い方だね』
……あれは、いつだっただろう。
律と付き合い始めた直後だったから、もっとはっきり覚えていそうなのに。
「最初から、そうでしたもんね。俺のこと、城田さんは無害だって思いすぎてて……動くのが遅すぎたんです。たぶん、あの人より先に好きになったはずなのに……もうちょっと、距離が近づいてから……とか思っちゃって」
『あ、いや、そういうんじゃなくて。いなかったらいいなーって希望です』
『ひどいなー、もう』
あの頃は、仕事も単純に楽しかったな。
今より業務量が少なくて、余裕があったのもあるけど。
「それでも、結構分かりやすく、押してたつもりなんですけどね。城田さん、鈍い……いや」
『……城田さん』
『え? 』
『って、呼んでもいいですか。なんか……先輩って感じじゃなくなってきちゃった』
「俺があまりに、恋愛対象から外れすぎてたんですよね。でも、あの時は」
『……?? まあ、苗字城田だから……』
『何すか、その返事。そりゃ、そうでしょうよ。……ったくもう……』
「遅かったーって。諦めようとしたんですよ。好きな気持ちはどうしようもなかったけど、いい子の俺は口説こうなんて思ってもなかった」
可愛い後輩というより、最初から仕事もできてしっかりしてる同僚だったから。
いきなり名前を呼ばれたら驚いただろうけど、あの時は純粋に不思議だなと思ったくらいで、それも一瞬のことだった。
「城田さんがキラキラしてるの見て、入り込める状態じゃないって思えてた。聞きたくもないのに噂が聞こえてきて、そんなに格好いい男に溺愛されてるなら、俺なんかが付け入る隙なんてあるわけないって納得できた。……なのに」
『……顔色、悪いですよ。休憩しましょう。ね? 』
『大丈夫……それより、今度のミーティングで使う資料、遅れてて……。ごめん、私必要事項抜かしてたみたい。もう少しやってくから、吉井くんは先に……』
『……っ、もうコーヒー買ってきたんで! 冷めないうちに飲んでくれないと。これも……甘いの、好きですよね』
チョコ。
もしかしたら、ひとつだけ。
律の知らない、私の好み。
『あの……最近、寝てます? ふらふらじゃないですか。身体、全然力入ってない……っ、ほら』
私自身すら、忘れてた。
意識すら、してなかった。
『……どんな恋愛したら、そんなことになるんですか。俺なら……』
――なんてないけど大切なことを、ずっと、吉井くんだけが知ってた。
「あの時、ちょっとだけ抱きしめたんですよ。ふらついてる身体を支えるふりして、ほんの少しだけ。力なんて全然入ってない、細くてふわふわした身体から、髪から。……あんなにふらふらだったのに、以前は感じなかった香りが強くなってたの知って。本当はその一瞬で、俺はもうおかしくなってたんです」
記憶がないのは、ほとんど意識がなかったから。
起きて、目を開けて、ちゃんと笑って。
めちゃくちゃ大きなミスはなく、仕事もできてた。
「だから、何となく分かった。まともになりたいって気持ち、優先させてあげたかった。そこに、恋愛感情がある男が入るべきじゃないって、そう思って」
でも、それは吉井くんがカバーしてくれてたんだ。
「三年経っても、またあいつを選ぶんだ。告白もデートすら誘う暇もなかった」
「…………」
その優しさに応えることができないのなら、すべきことは決まってる。
「知らなかったんですもんね。あんなボロボロの身体に酷いことされ続けて……当然です」
「……どう思われてもいいよ。何言われても、されても、何も変わらない。律が好きなの」
突っぱねるだけだ。
受け取ってしまえば、吉井くんがいつか前に進むのを余計に遅らせてしまう。
「分かってます。もう、今更急ごうなんて思わないし。仕事も、とりあえずこのプロジェクトはちゃんとやりましょう」
「そうして。……じゃ」
なかった記憶を貰えても、切なくはなってもドキドキはできない。
それを三年後の今再現することは不可能で、禁忌ですらある。
「考えたら、今更なんですよ。指輪なんて。あの人、意外と古風ですよね。そんなもので、視覚的な束縛って。俺はもう、そういうモラルみたいなのどんどん消えてってる。……だって、ね。好きなんです」
――小鈴、さん。