再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
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「小鈴」
律の声だ。
家の中なんだからそんなの当たり前なのに、律の声だと認識してハッとする。
お風呂から上がってベッドに座ると、一気にへなへなと力が抜けてしまってた。
「疲れちゃった……? だよな。仕事忙しいのに、緊張するようなこと続いてごめん。そろそろしとかないとって思って日取り決めたけど……きつかったよな」
「ううん。確かに、その……プロポーズしてくれたんだもん。そろそろ……なタイミングだったよ。緊張するのは仕方ないし」
お互いの両親への挨拶。
特に、今日の律の実家へのご挨拶はめちゃくちゃ緊張したし、正直憂鬱ではあった。
「俺も。でも、付き合ってる期間自体は長いし……小鈴が戻ってきて、一緒に暮らすようになってからも結構経ったし。これ以上遅らせるのは、どうかなって思ってさ」
こんなイケメンの息子の母親とは……っていう、心配も大きかった。
「律くん、律くん」なんて、溺愛のお母さんを勝手に想定して覚悟してたけど。
「小鈴のご両親は気さくでよかったけど。うちは酷かったなー。小鈴ちゃん、小鈴ちゃんって、今からべったりで。気さくどころじゃなかった」
そうなんだ。
久しぶりに帰った息子よりも、寧ろ私を可愛がってくれた。
「さっきもさ。可愛いお嫁さんを逃すなって……」
全然引っ掛かることなく聞いてたのに、律はそこで区切って。
慌てて首を振ると、力なく笑って私の髪を梳いた。
「……ごめん」
「何が? 」
そう尋ねるなら、その前に首を振るべきじゃなかった。
しまったと噛んだ唇を、律の指が優しく撫でる。
「それにしてもお前、荷物少なかったね。遠慮しなくてもいいのに……まあ、何か足りないものあったら、一緒に買いに行けばいいか。荷物持つし、車あった方が楽だろ。いつでも言って」
「ありがと。あ、でも、もともと少なかったの。三年前に、大分捨てて……」
気にしないでって言ったつもりだったのに、気にしないでいられるわけない余計なことを言ってしまった。
「…………し、知ってたよね。この前も、手伝ってくれたばっかりだもん」
「…………」
上からの視線が痛い。
嫌な思いさせたよね。
でも、本当に嫌味でも何でもなく、言葉に裏なんてなかったから――……。
「やっぱ、疲れてるな。二人とも」
「ん……」
優しく笑ってくれたのに、それが切なくて私は上手く笑えなかった。
それに、もしかしたら。
二人とも、三年前のことが癒えてきたのかも。
どんなにあの頃頭がぼんやりとしてたとしても、律とのことはよくも悪くも覚えてる。
何度も何度も思い出したし、これからも消えることはない。
「なかったことにはできないし、しない。リセットしようなんて、勝手なことは思わない。……出逢った頃も、あの頃もすごく可愛いかったし……本当に好きだった。だとしても許されることじゃないって、絶対に忘れないから」
リセットボタンなんてない。
だからこそ、また積み上げていくんだと。
そんなの綺麗事でしかなくて、そもそも気持ちが一致しないと壊れることすらできないけど。
「話せるようになったのは、悪いことじゃないよ」
ずっと一緒に、側にいる時間が増えるなら。
見て見ぬふりも限界がある。
「……すごいんだよ。お前がな」
誰におかしな顔をされたって、触れ合っていかないと続かない。
「ありがとな。本当に、他の誰にもできないくらい大切にする……」
そう。きっと、そんなこと――そのレベルで愛して大切にするなんて、律にしかできない。
「な、何回も聞いたから……」
この前も言ってくれたし、うちの両親にも誓ってくれて茹で上がったばかりだ。
「指輪だけじゃ、足りないだろ。こんなので、この先ずっとは安心はできないし。まあ、お前が誰かに妬くようなことはないだろうけど……それでも、ちゃんと伝えなきゃ」
額、頬。
丁寧に伝えたいというように、ひとつひとつキスが落ちてくる。
「つけてくれるのは嬉しいし、正直言うと、お前の指見てるだけで堪らなくなる……」
『視覚的な束縛』
律の色っぽい声と、吉井くんの言葉が重なってゾクリとする。
(違う。そんな意味じゃない……)
心の中で否定する声も、キスが進むたび徐々に掠れてく。
「疲れてるよな、って言ったのにな。ごめん。でも、なんか……」
「……っ、あ……」
とろんとしかけたところに、首筋に口づけられる。
いつもなら、ゾクリとしながらも瞼はいっそう重くなるのに。
今日は目を見開いてしまって、ぎゅっと律にしがみついた。
――まるで、そこにやましい痕があるのを隠すみたいに。