再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
「友達から始めよう」なんて、律は言わなかった。
もちろん、最初はごはんに行ったり、映画を見たりして何てない会話から始まったけど。
それはただの他愛のない話ではなかったし、お互いを知るという目的の下だと二人とも理解していた。
『小鈴のその顔。いつになったら、やめてくれんのかなー、もう』
デートの帰り。
何度遠慮しても、最寄り駅から歩いて送ってくれることだけは、いつも強引に押し通されていた。
『もともと、こういう顔だから治らないし、やめようがないんですけど』
車持ってるはずなのに、それは一度も言われたことない。
車内で二人きりになるという、ごく当然にできる密室をまだ作らないでくれているんだろう。
『そうなんだ。もともと、な』
思ったとおりの反応をしてくれたと言わんばかりに、律の声がちょっと意地悪に弾む。
『騙されるもんかって、すごい気迫も? 』
『そ、それは……』
悔しいけど、当たりだ。
律は、いい人だ。
恋愛面だとイマイチ言い切れないけど、こうして話して遊んだりする分には楽しいし、面白いし、なんだかんだ優しい。
だからこそ、ふと「今、何か言われたらヤバい」瞬間が何度も訪れて、全集中していないと危険だと自分の中でアラームが鳴る。
『あ、そ? もともと、そんな可愛いのね』
『……そ、そんなこと言ってない。それに、律は本当にそういうのやめた方がいい……。だから、誤解されるんだよ』
クスッと笑われて、暗がりでも分かるくらい真っ赤になってると思う。
それも仕方ないよ。
だって、単に楽しいだけじゃない。
友達と出掛けただけだとは、けして思わせてくれないデート終盤の「可愛い」は狡い。
こんなに警戒しててもそうなんだから、きっと誰だって落ちる――……。
『……あのさ。いろいろ、訂正させて』
急に声のトーンが下がって、ビクッとする。
思わず反応した肩を、少し迷う素振りを見せた後そっと包んだ。
『他には言わない。誤解されたくないし、下心もないのに、思ってもないことを言う必要ないだろ』
下心あったら、思ってなくても言うんだ。
がっかりしなかったと言うと、嘘になるけど。
あっさりと言ってのけるのは、ある意味誠実なのかも。
程度の差はあれ、きっと男女ともにそういう部分は誰しもある。
『口説いてるんだよ。だから、言ってる』
分かってたことだった。
最初に、はっきりそう言われた。
女だって、そんなに思ってなくても「優しい」とか「格好いい」とか言えたりするでしょ?
『言えば言うほど、本気だと思ってもらえなくなる。既に警戒されて疑われてるのに、もっと印象悪くする。……知ってるよ。それでも、思ってること伝えたくて』
立ち止まってくれてよかった。
何だかもう、一歩も歩ける気がしない。
気を抜いたら、ガクガクした足が崩れ落ちてしまいそう。
『最初は、小鈴なら俺でも好きになりそう……こんな俺でも、好きになれるんじゃないかって近づいたし、正直あの時はまだ、自分にまともな恋愛できる自信はなかったけど』
私は、何に震えてるんだろう。
上から降る、熱を孕んだ視線だろうか。
それとも、考える力を一切停止させるような低くて甘い声だろうか。
それとも。
『可愛いよ』
もうどうなってもいい。
真っ白な頭の中に唯一浮かぶのが、危険な思考だと自覚したからか。
『好きとかいう感情、俺にはないんだと思ってた。でも、同じくらい可愛いもなかったのに……小鈴は本当に可愛い。もちろん、誰が見ても可愛いのはそうなんだろうけど……俺はもっと小鈴のことが可愛い』
ダメ。
彼は危険すぎる。
律の意思も、善悪も関係ない。
理由も意味もいらないくらい、アブナイ――……。
『本気で好きだからだって、小鈴に会うたび思うようになって……会えないと余計思い知った』
ああ、そっか。
警鐘は、最初からずっと鳴っていた。
『好きだよ。俺のこと、信用できないのは分かってる。仕方ないとも思う。でも、俺は絶対裏切らないから、だから……』
ただ、それがあまりに日常で、いつしか慣れて。
――心地よくすらあっただけ。