再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~




言語能力が弱くなるのは、既に自覚していた。


『りつ……』


名前と好きの他に、私は一体いくつの言葉を繋げられたのか。
疑問が浮かんでは消えていくのに、「上手くできる気がしないとか、大嘘」とか、そんなどうでもいい文句はちゃんと考えられて、心の中で悪態を吐く。


『懲りないね、お前』

『ん……っ……? 』


何だろう。
私、もう呆れられるようなことしたっけ。


『そんな可愛い声で呼んだせいで、今、どうなっちゃってるんだっけ』


不安になったのは一瞬だけで、「どうしよう」と思う間もなかった。
甘い囁やきを理解できないまま、耳に触れた熱さに翻弄されてしまう。


『初めて話した時も、可愛いかったけど。彼氏相手だとこうなるの。可愛いすぎるだろ』


ギャップに驚愕してるのは、私自身の方だ。


(私、好きだとこうなるんだ)


律は彼氏相手だと言ったけど、ちょっと、全然違う。


(律だとこうなる……)


嘘っぽいと思ってた「可愛い」も、これだけの「好き」とともに触れられると、本気で言ってくれてるんだと信じられた。
今まで誰に言われたそれらの言葉よりも、ずっと本心から出たものに感じた。

ううん、きっと。


『……律が……』


言葉にしたのが律だったから、私のなかでこんなにも本当になった。


『ん。俺もなってる。……これ知っちゃったら、もう小鈴がいないのに戻れない……』


今までの相手も、こうだったかもしれない。
大切にしてくれたと思う。
ただ、律じゃなかっただけ。
これが律だから、キスひとつ、指が肌を滑る一筋、埋まりきらない身体の少しの空間に愛されていると思える。

ただ、あまりに律が特別すぎるの。

律はモテるし、いろんなことが起きるだろうな。
でも、律自身に傷つけられることはないとすら思った。
裏切らないって言ってくれたのも、嘘じゃない。
だから、もし何かあったとしても、きっと大丈夫――……。





「お待たせ。ごめん、かなり待ったよな」


申し訳なさそうに言う声が聞こえてハッと顔を上げると、向かいに律が座ってた。


「どうした? ぼーっとして」

「あ……ううん」


どれくらい記憶を遡っていたのか、もうあの子たちはいなくなってた。


「小鈴……? 」


心配そうに顔を覗き込まれて、思わず自分の頬の温度を確かめる。
律が入ってくるのも気づかずに、一体私は何を思い出していたんだろう。
それに、こんなに頬が冷えてるなんて。


「あ……。さっき、律の会社の女の子たちがいて。ちょっと気まずくて隠れてた」


とても、「昔のこと思い出してたの」って言える頬の温かさじゃなかった。
下手に取り繕うと良くないって知ってる――そう思って事実を話すことにしたのは、いつの経験からだろうか。


「ってことは、俺のことが話題になってたってことね。……嫌な思いさせたな」


律の名前が出ないと、同僚かどうかなんて分かるわけない。
しまったってフリーズしたのを見て、律が笑ってくれて安堵で力が抜けてしまいそうになる。

上手くごまかせたのか、判断に迷うから怖いんだ。
万一気づいていても、律は問い詰めたりしない。
その場でも、時間が経っても責めたりしないし、いつもどおり優しい。


「ううん。……その、おかげで嫉妬しないで済んでるから」

「それは絶対ないから、安心して。ほらな。小鈴ちゃんより可愛い子、いなかったでしょ」


今、律を睨めてるかな。
また、そういうこと言ってって、拗ねた顔してるかな。
ねぇ、間違っても。


「今までは、あんなのどうでもよかったけど。俺だけならまだしも、お前の評判にも関わってくるもんな。何より、嫌な思いさせるし。ごめん。もうこんなことないようにする」


律の瞳が濁ってないか、必死で探ってるように見えてないよね……?


「だ、大丈夫だよ。噂なんて、どの会社でもあることだし」

「そうかもしれないけど。不安材料残して結婚したら、モヤモヤするだろ。お前にそんな思いさせたくないの」


律の甘さと優しさが異常すぎて、判断がつかない。
――私にはけして見ることのできない水面下で、何かしてないかな、なんて。









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