再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
「……っ、城田さん! 」
廊下を歩いてたところで、吉井くんに声を掛けられた。
「どうかした? 」
「なに? 」って聞き返すのをどうにか耐えたけど、上手くいったかな。
そう、「仕事で何かトラブルでもあったかな? 」って顔、上手くできてたらいいけど。
少なくとも、当の本人よりも丁度その場に居合わせた同僚の方がぎょっとしてるはず。
今や、私と律、吉井くんの噂を知らない人がどれだけいるのか。
困ったことに、噂はほぼ真実で――ただ、律の歪んだところを誰も知らない点では、吉井くんの分が悪すぎる。
それにしても、いい人である同僚が心配そうに私を見て、気を遣って通り過ぎるか残るべきかで悩むとは。
思った以上に、吉井くんには良くない状況なのかも。
「……ちょっと、説明させてください」
「……何を? 」
どちらかというと、私の方が説明できることがある気がして、素で尋ねてしまう。
何にせよ、それが仕事の話でないことは明白で、吉井くんは最早誰に隠すつもりもないらしかった。
「……それが、いきなりおかしなことに……」
これ以上おかしなことになりようがあるのかと身構えて、慌てて同僚に頭を下げた。
興味津津なのと、心配そうにしてくれながらも軽く頷いて外してくれた。
「俺も何が何だか分からないんですけど……でも、本当にあの噂はデマで……! 絶対、あいつが……」
「あ、いいところに」
「あいつ」にギクリとする間もなく、エレベーターの方からそれを示す人物が現れた。
おまけに今日も彼の上司が一緒で、会釈した後に律を見上げると苦笑して私の頭に手を置いた。
「そ。まだ見張られてるの。奥さんのところに行って、イチャイチャせずにちゃんとお仕事してくるか」
「奥さんは仕事してるのに邪魔してないか、だろ」
婚約したことは、周知の事実らしい。
本当ことだし構わないけど、まだその呼び方は慣れなくて反応に困る。
「真面目にしてますよ、ちゃんと。格好悪いことできないじゃないですか。……っと、そうだった。忘れるとこだった。吉井さん」
ドキッとしちゃいけない。
律が呼んだのは私じゃなくて、吉井くんなんだから。
何かあったらしいのを薄々知ってたなんてバレたら、またきっとこんがらがってしまう――……。
「なんか、うちの会社の人が忘れ物したって言ってましたよ。今日お伺いするって言ったら、伝言頼まれて。……何だろ」
(忘れ物……? )
思ったより不穏な響きじゃなくてほっとして、一瞬不自然さに気がつくのが遅れた。
私と同じ仕事をしている吉井くんのところに、律の会社の人が忘れ物――それは、私の知る限り業務内ではあり得ない。
「……そうですか」
相手は、ただの友達かもしれない。
無理やり出した答えは、吉井くんのその声で不正解だと分かる。
それでも堪えてくれたのは、社外の目があるからだろうけど。
『俺も何が何だか……』
何となく分かったような、分からないような。
でも、知りたくないのだけは確か。
(……吉井くん、ごめん)
私が謝れることじゃないし、謝られても不快だろうけど。
やっぱりもう、これで終わりにするべきだ。
「仕事抜けるなら、上手く言っとくよ。律が書類忘れて帰ったとか」
「何それ。ま、いいけど……俺が預かってもいいけど、プライベートですもんね。詮索しちゃ悪いし。全然、名前使ってください」
こっそり感を出して言うってことは、やっぱり相手は女性。
一体、どう手を回したのか、考えるのも怖い。
でも、もっと怖いのは――……。
「あ。うちの親が、準備手伝いたいって。小鈴の好みと都合最優先だし、お義母さんにも迷惑だからって言ったんだけどさ。連絡きてるよな。ごめん、適当にあしらっといて。小鈴困らせるなって言ってるけど、もししつこかったら教えて」
「ううん。手伝ってくれるのありがたいし。押しつけられてるわけじゃないから」
立ち話が過ぎた。
受付を素通りして、会議室へと二人を誘導する。
「順調みたいでよかったです。もうすぐ、プロジェクト終わられるんですよね。古藤が残念がってて」
「そりゃ、仕事名目で会えてましたから。でも、残念っていうとちょっと違うかな。家で会えるようになるし、それは待ち遠しい」
「……今も会えてるし、担当外れても帰る時間は変わらないよ? 」
「それはそうだけどー。もうちょっと、結婚ってドキドキしてくれてもいいのに」
拗ねてみせる律や、彼氏の上司に照れながらバタバタと部長を呼びに行く感じ、ちゃんと出てるかな。
もちろん、まったくの演技ではないけど、でも。
(……うん。もうすぐ終わる……)
この、幸せなのに、喉に絡むようなモヤモヤした感じも。