再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
それから、ちょっと経って。
仕事帰りの待ち合わせに、律の会社の前を指定された。
あのカフェはもう使えないなとは思ったけど、まさかの会社前どころか、エレベーターの前ギリギリまで引っ張られて。
『いいの……? ……な、わけないよね!? 』
『あるある。何なら、会社の中入っても怒られないと思う』
そんな適当な。
いきなり、「婚約者だし、取引先の社員だからお邪魔します」なんてまかり通るわけない。というか、通らなくていい。
『だとしても、何の為に……!? 』
恥ずかしいし、律が笑われても嫌だし、そもそも意味不明なくらい必要がない――……。
『あ。古藤さん、お疲れさまです。え、彼女さん……婚約者さんですか? 』
『……あ……』
ああ、見つかった……と思った次には、違和感を覚えた。
思わずくるりと背を向けてしまって顔は見えなかったけど、その声は――……。
『そう。俺にまともな彼女がいるわけないって、未だに妄想だと思ってる人いるから。証明しようと思ったんだけど、照れちゃって』
『そりゃ、こんなところまで引っ張って来られたら嫌ですよ。私も、ちゃんと美人の彼女さん実在してるの見ましたって証言しますから』
――あの時、カフェにいた子だ。
(……だから、なに……)
偶然、たまたま。
たったそれだけの単語を、脳が刻む間も与えず。
『そうして。……あ、そういえば』
――忘れ物、回収できた?
・・・
知らなくてもいいことだったと思う。
考えた末だったんだろうし、律が冗談や嫌がらせでわざわざ私に教えたんだとは思えない。
律は私に対して正直で、誠実だ。
ただ、世間一般的にそれが正しいとは言えないだけ。
吉井くんが、あの日何を説明したかったのかは分からないままだ。
でも、その方がいい。
彼が私に釈明しなきゃいけないことは何もないし、気持ちに応えられないのなら、聞かせてもらうべきじゃない。
「城田さん……って、もうすぐ城田さんじゃなくなるんですねー。古藤さん、でしたっけ」
「……語呂悪いですね」
この部署での最終出勤日。
終業後、しばらく有休を取るとはいえ、同じ建物内の部署に在籍してるというのにお花まで貰って恐縮してると、声を掛けられた。
「そんなことないですよ。お疲れさまでした。……大変でしたね」
それが、昔いた部署に異動して……っていう仕事のことだけのことじゃないって含みがありすぎて、苦笑するしかない。
「噂が大袈裟になっちゃっただけですよ。あと、三年遠距離だったから、彼も過敏になってたのかもです。……フロアが違うだけで、また見掛けることもあると思うのでよろしくお願いします」
――あの後、私のことと律の同僚の女性の噂が同時期に広まったせいで大騒ぎだった。
吉井くんはしばらく否定してたけど、否定すればするだけみんなの興味を引いてしまって――そもそも噂とは、本人に面と向かっては言わないものだし――上手くいかず、黙認することにしたようだった。
やっとゴシップが下火になってきて、今日で私もいなくなることだし、今更再燃させることもない。
「……お疲れさま」
終わったんだ。
吉井くんに告白されて、律と吉井くんが認識し合ったのを消せないとするなら、きっと最善の形で。