再会彼氏〜元カレは自分を今カレのままだと誤認しているようです~
「お前、変わんないね。もっと綺麗になった……痛、本当だってば」
律は優しかった。
「実際見たらさ。嫉妬して狂って、ぐちゃぐちゃにしちゃうかもなって思わなかったわけじゃないよ。でも、見て。俺、そんな余裕ない……。モゾモゾする? ごめん、俺が緊張してるせい」
ベッドの上、落ち着かない私の頬を撫でる。
モゾモゾできるのは、まだ空間があるからだ。
なぜか気を遣って、完全には覆い被さってこない。
こんなの初めてで、落ち着かない――……。
「なんか、初めてみたいだな。小鈴もだけど、俺が。それくらい緊張してるよ」
――初めて。
そう、付き合ってしばらくして、初めての時もこうだった。
あの頃の律は、まだあんなふうじゃなくて。
もっと自然で、きっと普通で、でも変わらず格好よくて、優しくて甘くて。
『……りつ……っ』
私の方が、好きで好きで好かれたくて、堪らなかった。
「……あれ。いいの? そんなに元彼に甘えちゃって」
そう言われて、彼の視線を追って愕然とする。
脳も目も今をあの時と錯覚して、いつの間にか彼の腕に掴まってるなんて。
「律、律……って。嫌嫌しながら離さないの、思い出しちゃうじゃん。そんななっちゃったら、もっと甘やかしてやりたくなるの抑えられなくなるけど、いい? 」
そうだよ。
あまいの。
甘くて、甘くて。
「可愛い。やっぱ、そっか。いいんだ。だって俺、元彼じゃないもんね? 」
きっと、最後のチャンスを見て見ぬふりして。
「俺も、お前のこと“元”なんて思ったこと一度もなかった……」
沼に沈みかけてもまだ手を伸ばせる位置にあった、大切な何かをぼんやり見てただけ。
「うん。おかえり。大丈夫、何も怖くないから」
私、今、呼んだの。
「でも、ごめん。お前にそんな何回も呼ばれたら、可愛いすぎて今日はいじめてあげらんないわ。……った、痛いって。うーそ、じゃなくてほんと。だから、ね? 」
何回も?
昔みたいに『律、律』って。
「そんな縮こまらないで。腕、回してよ」
――それならもう、戻れる気しない。
「いいこ」
目を瞑ったのは、唇が重なるずっと前。
思い出すように、確かめるように耳の縁をなぞられ、耳朶を触られる。
ただそれだけで、唇が開いて受け容れてしまう。
「怖いの嫌って言うから。今日は意地悪しない。でも、そうだな……いつかね? 」
――小鈴の「いや」が嫌じゃなくなったら。
「ちゃんと教えてよ。言ったじゃん。お前の好きなことはしてあげたいの」
嫌でいたいから。
嫌だと感じるまともな感覚を、もうこれ以上失いたくないから。
「ま、もちろん、俺は覚えてるんだけど。お前もでしょ。なら、せっかくだから比べてよ。……そいつとさ」
日に日に薄れていく、何か人として大切な感覚をそっともぎ取られていくあの感じ。
三年かけて、ようやく取り戻してきたものを、また今。
こんなにも優しく触れられながら、麻痺させられて。
――再び、奪われようとしてる。